「ね、今日ってお月見らしいよ」
いつも通り授業中に話しかけてくる畑葉さん。
これのせいで何度先生たちに怒られたことか。
「聞いてる?」
繰り返し聞いてくる。
聞いてるよ!!
聞いてるに決まってる…
だけど僕がここで返事したら結局先生に怒られて終わり。
今日こそは無視を続けよう。
そう思い、畑葉さんを無視してし続けてだいぶ時間が経った。
始めたのは2限目。
今は6限目。
これが終われば放課後。
=畑葉さんと話せる。
僕の中では一種の罰ゲームのようにもなっていた。
4限目くらいから畑葉さんは拗ねてしまったのか、話しかけてこなくなった。
それどころか机に突っ伏している。
分かりやすい拗ね姿。
もしくは寝てしまっているのかもしれない。
泣いては…
いないだろうな?
「畑葉さん、帰ろ?」
そう話しかけると机に突っ伏していた畑葉さんは、顔を上げる。
その目には微かに涙が浮かんでいた。
「なんで無視したの…?」
今にも泣きそうな声で聞いてくる。
「流石に授業中にお喋りはダメだよ」
「散々先生達に怒られてきたじゃん」
そう正直に答えると
「だからといって無視しなくてもいいじゃん…」
と言う。
確かにノートの端とかに理由を書けばよかった。
でも、それでも畑葉さんは僕に話しかけてきていただろう。
どうするのが正解だったのだろうか。
「ごめん」
そう謝るも、
「私、古佐くんに嫌われたら生きてけないよ…」
と言いながら瞳から大粒の涙をぼろぼろと零す。
「本当にごめん…」
『嫌われたら生きていけない』そんな言葉が頭に響く。
畑葉さんは僕のことをどう思っているのだろうか。
それは恋愛的という意味で言っているのだろうか?
もし畑葉さんが僕のことを好きなら、
前に言った言葉の責任はどう取ってくれるのだろうか。
「ね、ずっと教室にいるのもあれだから…」
そう言って無理やり学校の外まで連れて行く。
もし誰かに見られたりでもしたら面倒くさい。
いつもの場所、桜の木の下に着く。
先程から鼻のすすり声が聞こえていたが、
今はもう聞こえない。
落ち着いたのだろうか。
「ね、お願い聞いてくれる…?」
「なに?」
お願いとは何だろうか。
何か奢ってくれるならだろうか?
桜餅とか。
そう思っていたら
「今、私がすることは忘れて欲しい」
そう言ったと同時に畑葉さんは僕に抱きついてきた。
僕の背中を両手で包み、
頭顔は微かに僕に擦り付けている。
幼い子供のように。
甘える子供のように。
「ありがとう」
しばらくして畑葉さんは離れる。
というか、これを忘れるなんて無理に決まっている。
「それで今日お月見なんでしょ?」
「うん…」
変わらず落ち込んでいる畑葉さん。
だからか僕はいつもより優しい声で話しかけていた。
無意識に。
「お泊まり会最後の日だから一緒にお月見でもする?」
そう言うと何故か畑葉さんはまたもや涙を流し出す。
今日の畑葉さんは涙腺が崩壊でもしているのだろうか。
だとしてもその原因は僕なのだが…
「ぇ、え?どうしたの?」
困惑した声が出るも、畑葉さんは
「なんでもない…」
と呟き声を漏らすだけ。
絶対何でも無くはないと思うけど…
「もう少しで夜になっちゃうよ?」
「家にススキは生えてるし丁度いいよ?」
そう励ますように言葉をかけ続けていると急に畑葉さんがどこかへ向かって走り出す。
「え、ちょっ…」
そう僕が声を漏らしたのとほぼ同時に
「置いてっちゃうから!!」
「全部お団子食べちゃうから!!」
なんて言う。
まぁ、元気が出たなら何でもいいが。
家に帰ると母さんがお月見用の団子を準備して待っていた。
畑葉さんは真っ先に縁側に座って待っている。
僕も畑葉さんの方へ行こうとするも、
母さんに呼び止められる。
「ちょっと、あんた凛ちゃん泣かせたの?」
「女の子は大事にしなきゃダメでしょ!」
「母さん声が大きいよ──」
「男の子は女の子を守るためにいるのよ?あんたが泣かしてどうすんのよ!!」
『声が大きい』と言ったばかりなのに、
声は大きくなるばかり。
絶対畑葉さんにも聞こえている…
やっとのことで抜け出せたまま、
畑葉さんの隣に座る。
と、畑葉さんはクスクスと笑っていた。
やっぱり聞こえていたらしい。
あぁ、恥ずかしい…
「ねぇ、食べ過ぎじゃない?」
母さんが運んできたお月見用団子を頬張っている畑葉さんにそんなことを言う。
「まだいっぱいあるからいいじゃん」
確かに食べ切れるのかなって不安になるくらいの量はあるけど…
「あんま一気に食べたら喉に詰まるよ?体にも悪いし…」
そう僕が言う。
と
「う”…」
と言いながら畑葉さんがうずくまる。
「ちょっと!?言ってる側から詰まったの?!」
横で慌てていると
「えへっ、冗談だよ〜!」
「びっくりした?びっくりしちゃった?」
と言いながら馬鹿にする。
本当に腹立たしい。
「心配したんだからやめてよね…」
と言うと
「今日私を泣かせたお返しだもん」
なんて言う。
まぁ、確かにあの時は神の怒りを買った気分だった。
これが自業自得ってやつだろうか。
「私、月に行って月の兎に会うのが夢なんだ〜!!」
急にそんなことを言ってくる。
もしかして月に兎が居るという迷信を信じているのだろうか。
「何、その顔」
「いや…」
「何さ!!言いたいことあるなら言ってよ!!」
「…月に兎は居ないよ?」
「え?」
「居ないの…?」
眉を下げて悲しむ畑葉さん。
そんな姿を見て僕の胸はチクリと痛む。
「いや、嘘」
「え、嘘?」
咄嗟に嘘だという嘘をつく。
ややこしい。
でも、これ以上悲しませたら僕の胸がはち切れてしまいそうだったから。
「な〜んだ!!じゃあ月に兎は居るんだね?」
「うん…」
ルンルンな気分に戻って良かったが、
なんだか複雑な気分…
そんな中、
庭の端では秋を巻き込んだ小さな竜巻が吹いていた。
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初コメ失礼します!タイトルセンスと登場人物に惚れました! フォロー失礼します!陰ながら応援しています。