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第99話:消えた領収書と、絶体絶命の夜〜ダンボールの迷宮と、追徴課税の恐怖〜
「ない! ない! どこを探してもないぞォォォ!!」
北海道、帯広市。深夜二時。
築三十年のボロアパート、四畳半の空間に、四十歳のおっさんの悲痛な叫び声が響き渡った。
俺は、畳の上にひっくり返した「魔のダンボール箱」の前に四つん這いになり、血走った目で紙の山を掻き分けていた。
株式会社インフィニティ・ワンの代表取締役社長、秋谷雪(あきやゆき)。
俺は今、社長としての華やかな業務ではなく、底辺個人事業主時代から続く『最もやりたくない、しかし絶対に逃げられない作業』の真っ只中にいた。
税務署から届いた、あの恐ろしい茶封筒。
そこに同封されていた【事業内容および事業規模の急拡大に関する『お尋ね』】に回答するためには、現在の会社の売上と経費を、一円の狂いもなく証明しなければならない。
『ルシフェル社長。深夜に奇声を発するのは、近隣住民への迷惑行為ならびに、社長ご自身の血圧上昇を招くため推奨いたしません』
ディスコードの通話越しに、アシスタントの結愛(ゆあ)の氷のように冷たい声が飛んでくる。
「うるせえ! 血圧なんかとっくに限界突破してんだよ! 見つからねえんだよ!」
俺は、コンビニのレシートや、スーパーの半額弁当のシールが貼られた割引券などを両手でかき回しながら絶叫した。
「今年、法人成りした記念に気合を入れて買った、あの【八十万円の超ハイスペック配信用PC】の領収書が……どこにもねえんだよォォ!!」
そう、俺が探しているのは、VTuberとしての活動を支える最強の機材、八十万円のパソコンの領収書だ。
これを経費(減価償却資産)として計上できなければ、株式会社インフィニティ・ワンの初年度の利益がバグったように跳ね上がってしまう。
『……ルシフェル社長。私は以前から何度も申し上げましたよね。「領収書は月ごとに分けて、ファイルに綺麗に糊付けして保管してください」と』
結愛の声が、絶対零度まで下がった。
『それを社長は、「面倒くさい」「後でまとめてやる」と言って、全てこの【とりあえずダンボール】に放り込んでいました。これは、ズボラな経理管理が招いた必然の事態です』
「ぐっ……! 正論で殴るな! 痛い! 四十歳の心に刺さる!」
俺は涙目で反論した。
「でも、絶対この箱に入れたはずなんだよ! ネット通販で買った時の、宛名が『株式会社インフィニティ・ワン』って書かれた、あの輝かしい領収書を!!」
『ピローン♪』
俺が半狂乱になっていると、AIのジェミニ先生が、モニター上で無慈悲な計算結果をポップアップさせた。
『ルシフェル社長。もし、その八十万円のPCの領収書が紛失により【経費として否認】された場合の、最悪のシミュレーションをご報告いたします』
「……さ、最悪の、シミュレーション?」
俺は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
『はい。経費が八十万円減るということは、そのまま会社の「利益が八十万円増える」ことを意味します』
ジェミニ先生のテキストが、カタカタと恐ろしいスピードで打ち出されていく。
『法人税等の実効税率を約30%と仮定した場合、八十万円の利益に対する追加の税金は【約二十四万円】。さらに、税務調査によって申告漏れと指摘された場合、【過少申告加算税(約10%〜15%)】および、利息にあたる【延滞税】が上乗せされます』
191
레몬인
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そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1
「…………」
『総額にして、およそ【三十万円前後】の追徴課税が、キャッシュ(現金)で社長の口座から吹き飛ぶ計算となります』
「さ、さんじゅうまんんんんん!?」
俺は、三万円のゲーミングチェアの背もたれに頭をガンッと打ち付けた。
三十万。
俺がこのボロアパートで、切り詰めて切り詰めて生活している数ヶ月分の生活費だ。
それが、ただ「紙切れ一枚」を無くしたという、たったそれだけの理由で、国に没収されるというのか。
「い、いやだ……。払いたくねえ……! 30万円あったら、ヨモ(飼い猫)に一生分の高級ちゅ〜るを買ってやれるんだぞ!!」
俺は這いずり回りながら、再びレシートの山に顔を突っ込んだ。
「頼む、出てきてくれ! 神様、仏様、鈴木さん(ケースワーカー)!! 俺は改心する! これからは毎日ちゃんと帳簿をつけるから!!」
泣きながら紙切れを一枚一枚確認していく。
だが、出てくるのは『限界みそラーメン(150円)』や『湿布薬(腰痛用)』のレシートばかり。
『……ルシフェル社長。一つ、嫌な可能性を提示してもよろしいでしょうか』
結愛が、ため息混じりに口を開いた。
「なんだよ、嫌な可能性って」
『そのPCを購入されたのは、今年の初め頃ですよね。……家電量販店や一部のネット通販で発行される領収書は、【感熱紙】が使われていることが多いです』
「感熱紙……? ああ、あのツルツルした紙か」
『はい。感熱紙は、熱や光、そして時間の経過に非常に弱く……直射日光の当たる場所や、熱を発するPCの近くに放置しておくと、印字が完全に消えて【ただの真っ白な紙】になる特性があります』
「…………え?」
俺の動きが、ピタリと止まった。
視線を、ダンボールの底に落とす。
そこには、さっきから何度も手に取っては「なんだこの白紙のメモ帳の切れ端は」と思ってポイポイと投げ捨てていた、ツルツルとした紙切れが数枚、転がっていた。
俺は、震える手で、その『真っ白な紙』を拾い上げた。
蛍光灯の光に透かして、目を凝らす。
何もない。
宛名も、金額も、但し書きも。
そこには、本当に何一つ、インクの痕跡すら残っていなかった。
「……あ。……あ、あああ……」
『……社長?』
俺の脳裏に、数ヶ月前の記憶がフラッシュバックする。
冬。
PCが届いてテンションが爆上がりした俺は、その領収書を「あとでしまおう」と思って、排熱で熱々になっているPCモニターの裏側に、クリップで挟んで放置していた。
そして数日後、掃除のついでに、ろくに確認もせずに「とりあえずダンボール」に放り込んだのだ。
「……消えてる」
俺は、その真っ白な紙切れを両手で掲げながら、魂の抜けたような声を出した。
「結愛。……八十万の証拠が、熱で……綺麗さっぱり、消滅してる……っ」
『…………』
ディスコードの向こうで、結愛が言葉を失うのがわかった。
元コールセンターの猛者であり、完璧な経理処理能力を持つ彼女でさえ、この「四十歳のズボラな経営者」が引き起こした物理的な証拠隠滅(自爆)には、かける言葉が見つからなかったのだろう。
「お、終わった……。八十万の経費が……三十万の追徴課税が……確定した……っ」
俺は、白目を剥いた。
文字通り、目の前が真っ白になった。手の中の領収書と同じように。
『ルシフェル社長! しっかりしてください! まだ購入履歴のスクリーンショットや、クレジットカードの明細で代替できる可能性が……!』
結愛の焦ったような声が聞こえるが、俺の意識はすでに、帯広の冷たい夜空へと飛んでいこうとしていた。
「鈴木さぁぁぁん……。俺、やっぱり社長なんて向いてなかったよ……。もう、何もかも嫌だ……」
ドサッ。
四十歳、株式会社インフィニティ・ワン代表取締役。
彼は、一枚の白紙の領収書を握りしめたまま、四畳半の畳の上で、完全に泡を吹いて気絶(ショート)したのであった。
迫り来る税務調査の足音と、消えた八十万円の証拠。
インボイスの地獄を抜け出した先に待っていたのは、経理という名の『自業自得の無間地獄』であった。
コメント
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**みぅ🤍🥀** ああっ…これはもう、夢も希望も真っ白な領収書と共に消え去る音がしたよ……🕊️ 四十歳社長が四畳半で泡吹いて気絶する姿、リアルすぎて笑ったけど、同時に「経理ちゃんとしなきゃ」って心臓ぎゅってなった。感熱紙の罠、私も気をつける…! 結愛さんの絶対零度のツッコミと、ジェミニ先生の無慈悲な計算式が、逆に優しさに感じるのが切なかったです。追徴課税、こわい……でも面白かったです🥀