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リビングが静まり返り、隣室から聞こえる穏やかな寝息に安堵したのも束の間、目黒は深い眠りの底へと落ちていった。そして、夢を見た。
真っ白で、何もない空間に、康二がぽつんと立っていた。その体は半ば透けていて、今にも消えてしまいそうだ。康二はこちらを見て、何かを必死に訴えかけている。唇は動いているのに、声はまったく聞こえない。
『康二!』
目黒は叫ぶ。喉が張り裂けんばかりに大声を張り上げるが、その声は康二には届いていないようだった。康二はただ、悲しい瞳でこちらを見つめ、やがてその輪郭がゆっくりと薄れていく。
『行くな!康二!』
手を伸ばすが、体が金縛りにあったように動かない。消えていく康二の姿に、どうしようもない恐怖と焦燥感が全身を襲った。
「…っ、こ…じ…、やだ…っ」
現実の世界で、目黒は苦しげに魘されていた。そのくぐもった声は、静かなリビングには不釣り合いに響き渡り、隣の寝室で眠っていた深澤の耳にも届いた。
(…ん?なんかあったか?)
夢現つのまま、深澤はベッドから体を起こす。何か物音がしたような気もする。胸騒ぎを覚え、そっと寝室のドアを開けてリビングを覗き込んだ。
そこに広がっていた光景に、深澤は息を呑んだ。
ソファから転げ落ちた目黒が、フローリングの上で蹲っている。その体はびっしょりと汗に濡れ、「はっ、ひゅっ」と浅く速い呼吸を繰り返していた。過呼吸に近い状態だ。そして、何よりも深澤の目に飛び込んできたのは、目黒が自身の首を無意識に、しかし強く引っ掻いている姿だった。
「おい、目黒!」
深澤は急いでリビングの常夜灯より少し明るい間接照明のスイッチを入れた。そして、蹲る目黒のそばに駆け寄り、その両手首を掴んで引っ掻くのを止めさせる。
「目黒、起きろ!しっかりしろ!」
肩を揺さぶり、声をかける。すると、目黒ははっと目を見開いた。しかし、その瞳には光がなく、焦点が全く合っていない。虚ろな目が、ただぼんやりと深澤の顔を捉えているだけだった。
「大丈夫か?酷く魘されてたぞ?」
深澤は、掴んだ手を少し緩め、呼吸を促すように背中をゆっくりとさする。
「吸って、吐いて…俺に合わせてみろ」と声をかけ続けるが、目黒の虚な瞳は変わらない。
まるで、魂がどこか別の場所へ行ってしまったかのようだった。
そのただならぬ様子に、深澤の背筋を冷たいものが走った。これはただの悪夢じゃない。