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第二話「月の源」スタジオの明かりが、ゆっくりと灯る。
司会のさくらが、静かに微笑んだ。
「こんばんは。“もっと聞きたい怖い話”の時間です」
その隣で、しっぽを丸めたしゃべるネコ――ニャロが、天井を見上げる。
「今日は満月だにゃ……月がきれいな夜は、何かが起こりやすいにゃ」
さくらがうなずく。
「今夜のお話は、“月の源”。体験者の雄大さんです」
スタジオのライトが少し暗くなる。
そして、低い声が響く。
雄大の話
「俺は雄大。
これは……俺が体験した、怖い話だ」
あれは、中学二年の夏休みだった。
祖父の家に、ひとりで泊まりに行った。
祖父の家は山の奥にある、古い木造の家。
夜になると、虫の声しか聞こえない。
初日の夜、祖父がぽつりと言った。
「夜中に山へ行くなよ。特に満月の日はな」
俺は笑った。
「何それ、怖い話?」
祖父は真顔だった。
「“月の源”を見てしまうからだ」
“月の源”。
それは、山の奥にある小さな泉のことらしい。
満月の夜だけ、水面に月が沈むという。
「沈むって、映るだけじゃなくて?」
「違う。本当に、沈むんだ」
祖父はそれ以上、何も言わなかった。
その夜。
俺は眠れなかった。
窓の外には、丸い満月。
まるで、何かに呼ばれているようだった。
気づけば俺は、懐中電灯を持って家を出ていた。
山道は暗く、ひんやりしていた。
やがて、ぽっかりと開けた場所に出た。
そこに、泉はあった。
小さくて、静かな水たまりのような泉。
そして。
水面には、満月が映っていた。
いや――
違う。
ゆっくりと、月が沈んでいった。
まるで、水の中に吸い込まれるように。
俺は息を呑んだ。
その瞬間。
泉の水面が、波立った。
ぼこり、と。
水の中から、白い手が出てきた。
そしてもう一本。
何本も。
月を掴もうとする手。
いや、違う。
月を押し上げている。
「やめろ……」
思わず声が出た。
すると、水の中から顔が浮かび上がった。
青白い顔。
目は閉じている。
口が、ゆっくり開いた。
「……かわって……」
低く、濁った声。
次の瞬間、俺の足首が冷たい何かに掴まれた。
懐中電灯が落ちる。
暗闇。
月だけが、異様に明るい。
俺は必死に足を引いた。
すると、泉の中の顔が、ゆっくり目を開いた。
その目は――
真っ黒だった。
「次は……おまえが……」
水が激しく揺れた。
俺は転びながら、必死に山道を駆け下りた。
後ろから、水音が追いかけてくる。
ばしゃ、ばしゃ、と。
振り返らなかった。
振り返ったら、終わる気がした。
家に戻ると、祖父が玄関で立っていた。
「……見たな」
俺は震えながらうなずいた。
祖父は深く息をついた。
「あれはな、昔、あの泉で身を投げた者たちだ。
月に連れて行かれると思ったらしい」
「連れて行かれる?」
「月の源はな、“月に近づきすぎた者”を引きずり込む」
それから、祖父はこう言った。
「泉はな、毎年一人、誰かを選ぶ」
俺の背筋が凍った。
「選ぶって……」
祖父は、俺の足首を見た。
そこには、くっきりと手形の跡が残っていた。
青黒い、指の跡。
それから一年。
俺は山に近づかなかった。
でも、今年の夏。
また満月の夜が来た。
窓の外。
遠くの山の方から、水音が聞こえる。
ちゃぷ、ちゃぷ、と。
そして、耳元で。
「かわって……」
振り向くと、窓ガラスに映る俺の顔の後ろに。
青白い顔があった。
真っ黒な目で、俺を見ている。
その瞬間、俺の足が勝手に動いた。
玄関へ。
外へ。
山へ。
止められない。
まるで、呼ばれている。
泉の前に立った。
水面には、月。
そして。
水面に映る“俺”が、にやりと笑った。
その笑みは、俺じゃなかった。
水の中から、白い手が伸びる。
俺の足を掴む。
「次は……おまえだ」
月が、ゆっくり沈んでいく。
俺の体も、一緒に。
冷たい水。
暗闇。
そして。
最後に見たのは、水面の上に立つ“もう一人の俺”。
そいつは、静かに笑っていた。
それからというもの。
山の近くでは、こう噂されている。
満月の夜、泉のそばに立つ少年がいる。
青白い顔で。
じっと、誰かを待っている。
「次は……だれだ……」
「……これで、終わりだ」
スタジオに静寂が落ちる。
ニャロが小さくつぶやく。
「月はきれいだけど……近づきすぎると、連れていかれるのかもしれないにゃ」
さくらが、ゆっくりカメラを見つめる。
「今夜、あなたの足元は……濡れていませんか?」
窓の外には、丸い月。
ロウソクの炎が、ふっと揺れた。