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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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「どうしたの?」
「毎日のように自分の知らない自分の事を聞かされると、俺って何者なんだろうって考えちゃうんですよね……」
「そうか……ごめん、焦るよね。記憶を取り戻すのに良いかと思って……」
「あ、いえ、明菜さんが悪いんじゃなくて、自分の問題ですから」
申し訳なさそうな顔をした明菜を見て、拓馬は慌ててフォローする。
「よし! ちょっと待っててね」
明菜はそう言って立ち上がると、コーヒーをまたお盆に乗せてキッチンに戻ってしまった。しばらくして明菜は、缶ビール数本とグラスを二個、他におつまみを持って戻ってきた。
「さあ、飲もう」
明菜はクッションに座ると笑顔でそう言った。
「えっ? 俺、ビールを飲んだ事がないんですが……」
「大丈夫。飲めない体じゃないから」
明菜はグラスにビールを注いで拓馬に渡した。
「じゃあ、乾杯!」
「乾杯!」
二人は乾杯してビールを飲んだ。
「そう言えば、実家に帰ってたんだって? 高校生の頃からすると、あの辺りは結構変わってたでしょ」
「そうですね、潰れた店があったり、逆に知らない店が出来ていたり。でも、明菜さん俺の実家の辺りを知っているんですか?」
「私は三中出身なのよ」
「ええっ! すぐ隣町じゃないですか」
拓馬は盛田市立第四中学出身で、三中は隣の校区であった。
「三中だったら、通学路ですれ違っていても不思議じゃないですよね」
「あー通学路か……私、抜け道を探すのが好きで、通学路も普通の人と違うルートだったからな……」
「えっ、そうなんですか?」
「よく友達と競争したりもしたのよ。自転車でどちらが先に目的地に行けるかって」
「えー明菜さんみたいな美人が必死で自転車漕いでる姿なんて想像出来ませんよ」
「まあ、あの頃は若かったからね」
外見と凄くギャップのある明菜のエピソードに拓馬は驚く。
「あと、カラオケとか行きませんでした? 駅前商店街の『オンステージ』とか」
「懐かしー、よく行ったよ。そうだ、今の拓ちゃんは高校の記憶はハッキリ覚えているのよね?」
「覚えていると言うか、今の俺の中ではリアルタイムですからね」
「じゃあ、高校の時の私や彩の写真見たら、会った事があるかわかるんじゃない?」
「ああ……そうですね、それは面白そう」
「ちょっと待ってて」
そう言うと明菜は寝室に行って、アルバムを片手に戻ってきた。テーブルの上にアルバムを広げ、一枚の写真を明菜は指さした。
「ちょっと恥ずかしいな……これが高二の時の私」
写真には制服を着て校門前で微笑むショートカットの明菜が写っている。
「うわっ」
「何? 会った事ある?」
「あ、いや、思ってたより、凄く可愛くて……」
「何よそれ。今の私は劣化したとでも言いたいの?」
明菜は冗談のつもりで、少し拗ねたように言う。
「いやいやいや、今の明菜さんは凄く綺麗系なのに、この頃は可愛かったんだなあって」
拓馬は慌ててフォローした。
「まあ、良いわ。褒めてくれているのよね」と、明菜は意地悪そうに笑うと「もちろんですよ」と拓馬が返した。
「彩の写真もあるんだけどな……あっ、これ……」
と言い掛けて明菜は言葉に詰まる。
「彩さんの写……」
拓馬の言葉も途切れた。明菜の指さした写真には、制服姿で微笑む彩の横に、同じく笑顔の和也が写っていたから。
「ク、クラスメイトですよね?」
拓馬が引きつった笑顔を浮かべて聞く。クラスメイトかと聞いたが、それにしては距離が近過ぎると拓馬は感じた。和也は少し膝を曲げて、自分の顔を彩の顔に近付け、両手は肩に乗せている。どう見ても普通のクラスメイト以上の関係にしか見えない。自分と付き合い出したのは社会人になってからだと聞いていたので、高校生時代の彩に彼氏が居ても何の不思議も無いのだが、少なからずショックを受けていた。
拓馬は返事を待っていたが、明菜は考え込んでいるような思い詰めた表情で、和也について何も言わない。
拓馬に和也の事を聞かれて、明菜の心は揺れていた。自分の立場では適当に誤魔化すべきだとはわかっている。元々拓馬と彩が喧嘩した原因なのだから、第三者の明菜から和也の事を教えるのは踏み込み過ぎだ。この場では「そう、ただのクラスメイトよ」と曖昧にして、彩が打ち明けるのに任せる方が良い。後から誤魔化したとわかっても、拓馬は明菜を恨まないだろうし。だが、明菜はすんなりとそれが出来なかった。間を空ければ空ける程、何かあるのだと拓馬は疑う事は分かっているのに言葉が出ない。今の拓馬に和也の事を話せば、気持ちが自分の方に傾くかも知れない。その誘惑を断ち切れないのだ。
「この人の事を知りたい?」