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昼休み、教室の隅。村瀬悠真は、窓の外を見ていた。
口数も笑顔も、少しだけ減っていた。
誰かが話しかけるたび、彼は笑う。
けれど、その笑みの奥にあるものは――“迷い”だった。
(あれ、俺……何か間違ってたのかな?)
最近、ふとした拍子にそんなことを考えるらしい。
それは、いい傾向だった。
“自分の言葉を疑う”ということは、自分自身を削るということだから。
⸻
私はそれを、離れた席から見ていた。
特に声もかけないし、関わろうともしない。
でも、視線だけは、ゆっくりと向けておく。
“他人の眼差し”がいちばん人を壊す。
村瀬悠真も例外じゃない。
⸻
放課後、下駄箱で彼が話しかけてきた。
「なあ……俺さ、最近なんか、みんなの反応が冷たくてさ」
私は靴を履きながら、軽く目を向ける。
「気のせいじゃない?」
「……そうかも。でも、なんか俺、もしかして……嫌われてる?」
私は一瞬だけ黙ってから、小さく笑った。
「もしそうなら、それって“嫌われるようなこと”したってことでしょ」
彼の顔が引きつる。
けれど、私はそれ以上、何も言わない。
沈黙が答えを突きつける。
それがいちばん、効く。
⸻
夜、ベッドの上。
スマホをぼんやり見ていたとき、通知が鳴った。
《西園寺》
《ねえ、悠真くんってちょっと元気なさそうだったね》
……西園寺?
LINE、交換したっけ?
記憶を辿るが、思い出せない。履歴もない。
《どうやって連絡先知ったの?》
すぐに返事が来た。
《知り合い経由で。君のこと、ちょっと前から興味あったんだ》
《気づいてないかもだけど、君って結構目立つから》
“知り合い”。
その言葉に、胸の奥がざわつく。
あの子?
私が――黙らせた子。
LINEもSNSも、ある日を境にピタリと止まった、あの静かな空白。
まさか。
でも、偶然にしては気持ち悪い。
⸻
《悠真くん、ちょっと気を張りすぎてるかもね》
《全部、自分のせいって思い始めると危ないよ》
《優しかっただけなのに、ってやつ》
文章は、妙に軽かった。
でもどこか、核心を突いてくる感じ。
まるで――全部、見られているような。
私はスマホを伏せた。
画面が消えても、なぜか心が落ち着かない。
⸻
翌朝、教室。
村瀬はまた、誰かの言葉に小さくうなずいていた。
前より、口数が減っている。
話すときも、“この言葉は大丈夫か”と確かめるように。
そうして彼は、“良い人”を演じ続けて、
その仮面に、自分の素顔を飲み込まれていく。
私は、その様子をただ見ていた。
何もせず。手も出さず。
ただ、「空気」を支配するだけ。
⸻
ふと、視線を感じて廊下を見ると――
教師が、教室の窓越しにこちらを見ていた。
担任。
お手本のような教師、そしてやたらと生徒の変化に敏感な人。
…それが、やけに不愉快だった。
“教師のくせに、こっちを覗いてくるな”
大人のくせに、知ったような目で。
⸻
(――ある教師がいた。
真実に近づいてしまった教師が)
私は目を逸らした。
そのうち、黙らせればいい。
過去の“あの子”のように。