グランツ・グロリアス――
(やっぱり……!)
予想的中といった感じで、私はおばあさんの話を聞いていた。
そんな偶然ってあるのだろうか。でも、まずそもそも、グランツが何処にすんでいて、どんな風に暮らしてきたか分からない。ラジエルダ王国を追放されてからの彼のことはよく知らなかった。グランツの事を全て理解しているかと言われたらそれも違うし。
(でも、これはチャンスかも知れない)
どの攻略キャラも好感度が0%になってしまった以上、私はまた一から上げないといけない。それも、攻略キャラと関われるような身分ではない。聖女であると言えば、また罪に問われるし、何よりエトワール・ヴィアラッテアの目がある。そんな中で私は、彼らの好感度を上げないといけないのだ。上げて、100%に戻したとしても、そこからどうすれば良いか分からないし。
私が一人思考しながらおばあさんを見ていると、おばあさんは、少し困ったように私を見て微笑んだ。
「それで、どうしたの。グランツがどうかしたのかい」
「ええっと……少し気になったことがあって。その息子さん……が、騎士に」
「そうだよ。ずっと前から、聖女に仕えることが夢だったって言っていたからね。その夢がようやく叶って喜んでいたよ」
「よろ……げふんげふん。そうなんですね。って、赤の他人の私が、いうのも何ですけど、息子さん、良かったですね」
何となく他人行儀になってしまったのは申し訳ないと思った。知っているけれど、何処でエトワール・ヴィアラッテアの耳に入るかも分からない状況。そんな状況下に置かれているからこそ、私は簡単に口を割ることができなかった。誰も信じていないわけじゃないけれど、委ねていいかどうかは考えないといけない。
おばあさんはにっこりと笑っていた。こんなに優しそうなおばあさんに拾われて、グランツはさぞ幸せだったことだろう。おばあさんは、この髪色や容姿を見て別に変な気を起こしたりもしなかった。普通はそうなのかも知れない、何て思ったが、ラスター帝国の聖女に対する神聖視心は普通じゃないから。もし私が、聖女のことを悪く言えば、おばあさんもきっと私のことを敵視するだろうと。
(というか、グランツが喜ぶねえ……)
あり得ない話ではないのだが、グランツは顔に表情が出ないため、喜んでいるのか分からない。唯一分かりやすい感情と言えば、アルベドへの怒りだろう。でも、それは誤解だけど、誤解じゃないみたいな昇華の仕方をしたし……
今のグランツは、私と、出会う前のグランツということ。確かにグランツは、聖女のことを神聖視していた一人だった。でも私のことを受け入れて、私の騎士になってくれた。何で私に、そこまで心を許してくれたのか、今思うと不思議である。根付きすぎた聖女への神聖視をどう変えたのか、今でも分からない。
「それで、あんたはどうしてあんな所で倒れていたんだい?」
「え、ええっと……分からないんです」
「そうかい。思い出すまでゆっくりいればいいよ」
「……そんな、迷惑じゃないですか。その、グランツ……さんも、戻ってくるかも知れないし」
さん付けなんてしかたことない、と私は心の中で噛み殺しつつ、笑顔で答えた。おばあさんのそれは親切心で、下手に蹴り飛ばすわけにもいかなかった。何よりもその優しさが痛い。死ぬ前までは私に皆が憎悪や怒りをぶつけてきたから。久しぶりに触れる人の温かさに、私はどう反応すれば良いか分からなかった。
(でも、私の目的は、皆の記憶を取り戻して、身体を取り戻すこと……そして、まき戻ったこの歪みのある世界を元に戻すこと……)
私の魂を使ったといっていたが、同じ魂を使って戻した世界は、不安定で脆いと言っていた。ということはまだ巻き戻された世界を元の時間軸に戻すことが出来ると。そのためには、攻略キャラの記憶を取り戻すしかない。
「大丈夫だよ。それに、グランツは宿舎に泊るって言っていたからね。これから、聖女様の護衛になるんだ。こっちには戻ってこないよ」
「聖女……聖女って」
私は思わず前のめりになってしまった。もう既に、聖女が召喚されているのだろうか。いいや、召喚されているのだろうが、思えば、今がどの時間なのか分からなかった。エトワール・ヴィアラッテアが召喚された時期なのか、それとも、トワイライトが召喚された時期なのか。でも、グランツが出ていってすぐと言うことは、エトワール・ヴィアラッテアが召喚されたとき?
(……いや、けど、そこもねじ曲げられているかもだし……)
何処まで彼女の力が及んでいるのか分からないけれど、兎に角、状況を整理するのが一番だと思った。そのために、この家に住まわせて貰うっていうのも……
そこまで考えたが、やはり迷惑をかけるんじゃないかって私は踏みとどまってしまった。その優しさに甘えて、おばあさんを巻き込んだら……また同じことになるんじゃないかと思った。それだけは絶対に避けたい。
「取り乱してすみません。えっと、で、その聖女の名前、とか分かりますか」
「大丈夫だよ。あんな所で倒れていたんだ。気が動転していてもおかしくないよ。記憶が無いんだもんねえ。それで、聖女の名前かい?聖女の名前は確か、エトワール・ヴィアラッテアって言ってたかな。銀色の髪の美しい聖女だよ」
「エトワール……」
銀色の髪なのに聖女、というのが私の中でどうにも響かなかった。だって私はその髪色のせいで、聖女じゃないって言われ続けていたから。おばあさんは、不思議そうな顔もしないし、その認識も改められた世界なのかも知れない。自分が愛されるためだけに作った世界。
私は拳を振るわせた。どうにかして、この偽りの世界を壊さないとと。
「ありがとうございます。教えてくれて……その、私はここにいてもいいんでしょうか」
「いいって言ったじゃないか。だって、行く宛てはないんだろう?」
「そう、ですけど……私、多分迷惑かけます。から、その、おばあさん、優しいから、私迷惑かけたくなくて」
私は言葉が詰まって上手く言えなかった。本当のことを言ったところで信じてもらえないだろう。それがどう影響するかも分からないのだから、下手に声を発することは出来ない。
おばあさんは私の話を親身に聞いて、うんうんと頷いてくれた。それだけでも、涙が出そうだった。手が震えているのが分かって、私はどうしようもなくなる。優しさに依存して、身を滅ぼし、巻き込んだことを後悔しているから。
自分の目的の為におばあさんを利用するのも辛い。
「あんた見たいな可愛いこが、一人でいたら、それこそ危険だよ。最近は、災厄で人がおかしくなっちまっているんだ。だから、一人でいるのは危険だよ」
と、おばあさんは私の肩をポンと叩いてくれた。
私はその言葉を聞いてハッと顔を上げた。
(災厄……災厄って言った?)
「あの、おばあさん、災厄って……」
「災厄さ。混沌が眠りから覚めるとき起きる現象だよ。もしかして、それも忘れてしまっているのかい?なら尚更、ここにいな。危ない、危険だ」
おばあさんは諭すようにそう言った。
それを知らない訳じゃなかった。でも私はそれ以上何も言えなかった。
災厄、ということは混沌。それは結びつくし、それをどうにかするために聖女が召喚され、私は前の世界で、混沌を倒すために戦ってきた。でも、混沌は悪い奴じゃなくて、悲しくて寂しい奴で。一人にしておけない、そんな子供だったのだ。
(じゃあ、ファウダーが……)
此の世界はまだ災厄に侵食されていない世界。そして、ファウダーが生きている世界なのだ。彼の友達になりたい、救ってあげたい……救ってあげたかったという気持ちが呼び起こされる。
(でも……)
救ってあげたかった、一人にしておけない。そして、私がもっと早く彼の気持ちに気づいていたら、もしかしたら災厄も混沌も……色んな人が手を取り合っていける世界になっていたかも知れないと。あの前の世界に残した後悔の一つだった。私が、どうにかしたかった後悔の一つ。
けれど、私の目的はあくまで世界を元の形に戻すことなのだ。それでも、夢を見ていいなら……
(変えられる?過去を変えられるの?)
ファウダーのこと、ブライトのこと。ラヴァインとかアルベドとか……さすがに、グランツの過去が変えられるわけじゃないけれど、あの時後悔したものを今此の世界で変えられるとしたら?
私は、少しだけ夢を見てしまった。期待もしていた。
(でも、やっぱりダメ。だってどうせ、元の世界に戻ったら……)
私はそこまで考えて首を横に振った。今自分のすべきことは違う。でも、きっと出会ってしまったら手を差し伸べてしまうかも知れない。そう思いながら、私はおばあさんの手を取って、ここに住まわせて下さい、と深く頭を下げた。
見誤ってはいけない。強欲になっちゃダメ。やるべきことをちゃんとみて。
そう自分に言い聞かせて……