テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
163
佐倉真司
19
#思いつきで書いてみた
佐倉真司
136
### 『余白』
西畑大吾 × 藤原丈一郎
——好きになった人が、いちばん近くにいる人だった。
気づけば、目で追っていた。
なにわ男子として活動を始めてから、
どれくらいの時間が経っただろう。
メンバー同士でふざけ合って、
くだらないことで笑って、
仕事のことになると真剣に意見をぶつけ合う。
最初から何もかもが
うまくいっていたわけじゃない。
それぞれの考えがあって、悩みがあって、
時には思うようにいかないこともあった。
そんな中で、西畑大吾は何度も思っていた。
——丈くんって、ほんまにすごいな。
藤原丈一郎。
自分よりひとつ年上で、
誰よりも周りをよく見ている人。
誰かが困っていれば、
気づいたときにはもう動いている。
空気が重くなれば、
自然と冗談を挟んで笑いに変える。
けれど、大事な話をするときには誰よりも真剣で、
必要なことはきちんと口にする。
ただ面白いだけじゃない。
ただ頼れる先輩というだけでもない。
メンバーの気持ちを考えながら、
グループ全体のことを見ている。
俺自身、
なにわ男子のことになると譲れない部分がある。
だからこそ、
丈くんと意見を交わす時間が好きだった。
「いや、丈くん、それはちゃうやろ!」
「なんでやねん! お前、さっきと言うてることちゃうやん!」
「いやいや、ちゃんと聞いてた? 俺の話!」
「聞いとるわ! 聞いたうえでちゃう言うてんねん!」
そんなやり取りをして、二人で笑う。
年上だからといって遠慮するわけでもない。
先輩だからといって、
必要以上に気を遣うわけでもない。
尊敬しているし、信頼している。
それと同じくらい、
気楽にふざけ合える大切な仲間だった。
だから、最初は気づかなかった。
自分が丈くんを見ている時間が、
少しずつ増えていることに。
丈くんが笑うと、なんとなく嬉しくなる。
丈くんが誰かと楽しそうに話していると、
ついそちらに目が向く。
会議で自分の意見を肯定してもらえたときには、
ほかのメンバーに褒められたときとは
少し違う喜びがあった。
「大吾、それええと思うで」
たったそれだけの言葉。
それなのに、
帰り道になっても思い出してしまう。
——いや、なんでやねん。
自分で自分に突っ込みたくなった。
尊敬しているから。
頼りにしているから。
一緒にいる時間が長いから。
きっと、そういうことなのだと思っていた。
けれど、ある日。
仕事終わりに丈くんがほかのメンバーと
話している姿を見ていたとき、
ふと気づいてしまった。
俺は、丈くんにとって
特別な存在になりたいのかもしれない。
仲間として大切にされるだけじゃなくて。
誰よりも近くで笑っていたい。
疲れたときに頼ってほしい。
何かあったら、自分のところに来てほしい。
そして、俺もまた、
丈くんのいちばん近くにいたい。
そこまで考えて、俺は思考を止めた。
「……うそやろ」
小さくこぼした声は、誰にも聞こえなかった。
気づいてしまったら、もう誤魔化せなかった。
俺は、藤原丈一郎が好きなのだ。
仲間としてだけではなく。
ひとりの人間として、恋愛感情を抱いている。
その事実は、自分が思っていた以上に重かった。
だって、相手は男だ。
しかも、
これからもずっと一緒に活動していく、
大切なメンバー。
丈くんが自分を恋愛対象として見るなんて、
想像もできない。
むしろ、そんなふうに思われること自体、
嫌かもしれない。
今まで築いてきた関係を壊したくない。
いつものように笑い合える時間を失いたくない。
それでも。
好きになってしまった気持ちだけは、
どうにもならなかった。
その日の会議は、いつもより少し長引いた。
新しい仕事の話や、
これからのグループのこと。
それぞれが意見を出し合い、
最後にはいつものように冗談も飛び交った。
「ほな、今日はこんなもんか!」
丈くんがそう言って立ち上がると、
メンバーも次々に荷物をまとめ始めた。
「お疲れさまでしたー!」
「腹減ったわ、俺!」
「さっき食べてたやん!」
いつもどおりの、なにわ男子。
いつもどおりの、丈くん。
その姿を見ていた俺は、
急に胸が苦しくなった。
このまま何も言わずに帰れば、
明日もきっといつもどおりだ。
丈くんは笑ってくれる。
自分も笑い返せる。
誰にも気づかれずに、
今までどおりの関係を続けていける。
でも、それではきっと。
いつか、自分の気持ちを抱えきれなくなる。
「あ、丈くん」
「ん?」
帰ろうとしていた丈くんが振り返った。
「……ちょっと、残ってもらってええ?」
「俺?」
「うん」
丈一郎は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、
すぐに頷いた。
「ええよ。なんかあった?」
「いや、まあ……ちょっと話したいことあって」
「おっ、なんや。仕事の話?」
「……うん。まあ、そんな感じ」
嘘だった。
仕事の話なんかじゃない。
けれど、
今さら引き返すこともできなかった。
ほかのメンバーが部屋を出ていく。
「大ちゃん、丈くん独り占めすんなよー!」
流星がふざけて言って、みんなが笑った。
俺も、いつものように笑って返した。
「うるさいわ! はよ帰れ!」
そのやり取りすら、
今日で変わってしまうかもしれない。
最後のひとりが出ていき、扉が閉まる。
静かになった部屋で、
丈くんが椅子に座り直した。
「で? どしたん、大吾」
いつもの声だった。
いつもの、優しい顔だった。
「なんかあったんやったら言うてみ?」
俺は、膝の上でぎゅっと手を握った。
何度も頭の中で練習した言葉が、
全部消えてしまう。
好きです。
ずっと好きでした。
丈くんが好きなんです。
簡単なはずなのに、
口に出すことができなかった。
「……丈くんってさ」
「うん?」
「ほんま、すごいよな」
「……は?」
丈くんが目を丸くする。
「いや、急に何やねん(笑)」
「いや、ほんまに。周りのことめっちゃ見てるし、気づいたら動いてるし。おもろいし、頼りになるし……」
「ちょ、待て待て。なんか今日、褒めすぎちゃう? 怖いねんけど(笑)」
いつもなら、ここで自分も笑っていた。
「なんでやねん!」と突っ込んで、
話を終わらせていたはずだった。
けれど、今日は笑えなかった。
「……俺、丈くんのそういうとこ、ほんまに好きやねん」
丈くんの表情が、少しだけ変わった。
「……うん?」
俺は、もう一度息を吸った。
ここで言わなければ、きっと一生言えない。
「丈くん」
「うん」
「俺な、丈くんのこと……好きやねん」
言った。
とうとう、言ってしまった。
「……仲間としてとか、そういうんじゃなくて」
喉が詰まりそうになる。
それでも、俺は目を逸らさなかった。
「ひとりの人として、好き。……恋愛感情で、好きなんよ」
静寂が落ちた。
丈くんは、何も言わなかった。
驚いているのが分かった。
俺の知っている丈くんは、
どんなときでも返しが早い。
冗談を言えば冗談で返してくれるし、
困ったときには言葉を探してくれる。
そんな丈くんが、今は黙っていた。
その沈黙が、俺には怖かった。
「……ごめん」
気づけば、俺はそう口にしていた。
「急にこんなん言われても、困るよな。男同士やし、丈くんからしたら、ほんまに意味分からんと思うし……」
「大吾」
「いや、ええねん。ほんまに、返事も無理せんでええから」
止まらなかった。
一度口を開いてしまったら、
今まで隠してきた不安まで、
全部こぼれ落ちそうだった。
「ただ、ずっと言いたくて。でも言ったら今までみたいにできんくなるかもしれんって思って……」
俺は、苦笑いを浮かべた。
「俺、何してんねやろな。ほんま、ごめん」
「……大吾」
今度は、
少しだけはっきりと名前を呼ばれた。
俺は顔を上げる。
丈くんは真剣な表情で、こちらを見ていた。
「まず、謝らんでええよ」
「……え?」
「俺に好きって言うてくれたこと、謝る必要ないやろ」
その言葉に、大吾の目が揺れた。
丈くんは、
少し考えるように視線を落としてから、
ゆっくりと口を開いた。
「正直に言うとな。俺、今は恋愛とか、そういうことを考えてへんねん」
俺は、黙って聞いていた。
「せやから……大吾の気持ちに、今すぐ応えることはできへん」
分かっていた。
最初から、そんなことは分かっていた。
それなのに、本人の口から聞くと、
胸の奥がぎゅっと縮む。
「……うん」
「でもな」
丈くんは、そこで言葉を切った。
「大吾に告白されたからって、からかったり、馬鹿にしたりすることは絶対せえへん」
俺は、思わず顔を上げた。
「……ほんまに?」
「当たり前やろ」
丈くんは、少し困ったように笑った。
「そんな大事な気持ちを、勇気出して伝えてくれたんやろ? それを笑うなんて、俺にはできへんよ」
「……っ」
目の奥が熱くなる。
泣くつもりなんてなかった。
せめて最後くらい、
ちゃんと笑っていたかった。
丈くんは、そんな俺を見ながら続けた。
「言うてくれて、ありがとうな」
その優しさが、苦しかった。
「……でも、大吾にはきっと、もっと素敵な人がおると思うで」
ああ。
そうか。
これが、丈くんの答えなんだ。
優しくて、誠実で、
少しも自分を傷つけないように
言葉を選んでくれている。
それが分かるからこそ、
何も言い返せなかった。
「……そっか」
俺は、笑った。
うまく笑えていたかどうかは、
自分でも分からなかった。
「うん。……ありがとう、丈くん」
「大吾……」
「いや、ほんま、言えてよかったわ。ずっと言いたかったから」
本当は、
言わなければよかったと思っていた。
告白しなければ、
こんなふうに胸が痛むこともなかったのに。
けれど、それでも。
好きになったことだけは、後悔したくなかった。
「……明日からも、普通にしてな」
俺は、最後にそう言った。
「俺も、普通にするから」
丈くんは、しばらく大吾を見つめていた。
やがて、小さく頷く。
「……分かった。大吾がそうしたいんやったら、俺もいつもどおりにする」
「うん」
「でも、無理はせんでええからな」
その言葉に、俺はまた笑った。
「……丈くん、ほんまそういうとこやで」
「え、何が?」
「なんでもない(笑)」
いつものやり取り。
いつもの空気。
それなのに、大吾にはもう、
さっきまでと同じものには思えなかった。
「ほな、俺、帰るわ」
「おう。気ぃつけてな」
「丈くんもな」
部屋を出る直前、
俺は一度だけ振り返った。
丈くんは、まだそこに立っていた。
目が合うと、
いつものように軽く手を振ってくれる。
自分も手を振り返して、扉を閉めた。
それが、その日の最後だった。
帰り道。
どうやって帰ったのか、よく覚えていない。
駅まで歩いたのか、何を考えていたのか。
電車の中で何を見ていたのか。
気づけば家に着いていて、
玄関の扉を閉めていた。
「……ただいま」
返事を期待していたわけではなかった。
靴を脱いで、鞄を置いて、
何となく部屋に入る。
いつもなら、帰ってきたらスマホを見たり、
誰かに連絡したりする。
丈くんから何か来ているかもしれない。
そんなことを考えてしまいそうで、
俺はスマホを裏返した。
見たところで、何も変わらない。
丈くんは悪くない。
自分の気持ちを
押しつけるつもりなんてなかった。
それでも、好きだった。
好きだから、少しだけ期待していた。
もしかしたら。
ほんの少しでも、
同じ気持ちだったらいいのに、と。
「……あかんな」
ソファに座り込む。
笑おうとしても、
口元がうまく動かなかった。
丈くんは、優しかった。
嫌な顔ひとつしなかった。
今までどおりにすると約束してくれた。
それなのに、自分は何を望んでいたのだろう。
告白したことで、
丈くんを困らせてしまったかもしれない。
明日、顔を合わせたとき、
どんな顔をすればいいのだろう。
今までのように「丈くん!」と笑って
駆け寄れるだろうか。
冗談を言って、突っ込んで、
くだらないことで笑えるだろうか。
——普通にするって、言ったのに。
俺は、両手で顔を覆った。
目の奥がじんわりと熱くなる。
それでも、声は出さなかった。
泣いてしまったら、
何かが本当に終わってしまうような気がしたから。
しばらくして、ようやくスマホを手に取った。
なにわのグループLINEには、
会議のあともいつもどおりの
メッセージが流れていた。
ふざけた発言。
それに対するツッコミ。
いつもと何ひとつ変わらない、
仲間たちの会話。
俺は画面を眺めたまま、何も送れなかった。
自分だけが、
知らない場所に来てしまったような気がした。
みんなと同じ場所にいるはずなのに。
明日もきっと、同じメンバーで集まるのに。
自分の中だけ、何かが変わってしまった。
「……丈くん」
誰もいない部屋で、名前を呼ぶ。
好きだった。
今も、好きだ。
きっと明日になっても、
その気持ちは消えてくれない。
だからこそ、
どうすればいいのか分からなかった。
俺はスマホを置いて、ソファに横になった。
目を閉じても、丈くんの顔が浮かんでくる。
真剣に話を聞いてくれた顔。
「謝らんでええよ」と言ってくれた声。
「言うてくれて、ありがとうな」という言葉。
そして、最後のひと言。
——もっと素敵な人がおると思うで。
「……丈くんが、ええのに」
誰にも届かない声だった。
その夜、俺はなかなか眠れなかった。
明日からも、
なにわ男子の西畑大吾として、
いつもどおりに笑わなければならない。
丈くんの隣で。
大切な仲間として。
好きだという気持ちを、
誰にも知られないように抱えながら。
それでも俺は、まだ知らなかった。
今日、
自分が勇気を出して伝えたこの気持ちが、
いつか丈くんの心にも、
小さな変化を生むことを。
今はまだ、二人の間に何もない。
告白した西畑大吾と、
応えられなかった藤原丈一郎。
ただ、それだけ。
けれど、終わったわけではなかった。
二人の間には、
まだ何も書かれていない余白が残っていた。
——これは、ひとつの告白から始まる、二人の物語。
コメント
1件
読ませていただきました……。もう、胸の奥がぎゅっとなりました。大吾くんが「好き」と気づくまでの、何気ない日常の積み重ねがすごく丁寧で、だからこそ告白の重みがひしひしと伝わってきました。丈くんの「謝らんでええよ」「言うてくれてありがとう」という返しに、彼の誠実さと優しさがにじみ出ていて……切ないけど、とても温かい関係性だなと思います。「余白」というタイトルも、まだ終わっていない感じがして、続きが気になります。また読みに来ますね🌷