「それで、もうめんどくさいから、インテリアコーディネーターを雇おうとか。
業者に任せようとか言い出して。
社長って、すぐに金で解決しようとするんですよね」
「金で解決。
いいじゃないの」
みんなとランチに出た先で、修子はそんなことを言ってきた。
「私も今、金で解決して欲しいこと、いろいろあるわ。
最近、水道から、水がぽたぽた落ちて止まらないとか。
お気に入りのブーツがカビてきたとか」
しょぼいが、確かにそれ、めんどくさいですね、ということを修子が言い出したとき、
「貞弘さん。
そういうときは、同意した方が社長のご機嫌はいいのかしら?
それとも、『いいえ、お金はかけずに、私がやります』とか言った方がいいのかしら?」
同席していた事業部の真面目なお姉様がそう訊いてくる。
しかも、いきなりメガネをかけ、ペンを手にメモしようとしていた。
「……そのメモ、なににするんですか?」
「人生何処にラッキーが潜んでるかわからないじゃない。
突如として、あなたのような幸運に恵まれ、玉の輿に乗れそうになったとき。
どのように対処したらいいのか、メモしてるのよ」
ものすごく堅実なことを言っているようで。
ものすごい運任せな棚ぼたを狙ってるような……。
初めてまともに話したが、事業部の三井松香さん。
こんな人だったのか。
修子さんの友だち、やはり、変わってる、と思いながら、悠里は言う。
「でもあの、玉の輿って……。
私、別に、社長が社長だから、一緒にいるわけではないんですけど」
社長の良いところは、『社長』なところではない。
なんか面白いところだ。
あと気が合うような気もする。
会話は噛み合っていないことも多いのだが。
気は合うような気がするから、不思議なものだ。
「好きとかいうのでもないんです。
ただなんか……、
社長のいない毎日は考えられないっていうか」
きゃーとみんな、盛り上がったが。
いや、そういう熱い意味ではない。
出会ってそんなに経ってないのに、いつもそこにいて当然の人になっているのが不思議というか……。
そんなことを考えていたとき、
「貞弘さん、仲良くしましょうね」
と唐突に、あまり面識のない、何処の部署の人かもわからない人に言われた。
何故っ? と思う悠里の手を握って、彼女は言う。
「私はつねづね思っていたの。
なんで、玉の輿つかんだやつに嫌がらせするのかしらって。
お友だちになって、誰か紹介してもらった方がいいじゃないの。
その人の夫の周りには、きっと似たような友だちが類友でたくさんいるに違いないのにっ」
夢見るように言う彼女の横顔を見ながら、悠里は思っていた。
似ているだろうか……。
社長の周りって、
ぼんやりした大家さんとか。
不可解な後藤さんとか。
ああでも、社長の他の友だちはまだ知らないな、と思ったとき、修子が
「ああやだやだ」
とその流れをぶった斬るように言い出した。
「みんな若いわね。
私は最近、目覚めたのよ。
野心ギラギラの時代は過ぎたったわ。
心が澄み切って、真実の愛を求めているの。
お金持ちと結婚したいとかはもう思わないわ。
なんか周囲や親戚との付き合いが面倒くさそうな気がしてきたから。
それに、真実の愛はそんなところにはないのよっ」
いきなり愛を語りはじめる修子をその友人たちが、
どうしたの、修子っ!?
という目で見る。
今までの彼女とは真逆のことを言っているからだろう。
「今、私が相手に求めるのは、ただひとつ。
超絶自分好みのイケメン。
それだけよ!」
……なんでしょう。
真実の愛から、遠ざかっていっている気がしますが。
みんなのその視線を感じたらしく、修子は猛烈に反論しはじめた。
「なによ。
美しい夫と美しい私の組み合わせだったら。
きっと、美しい娘とか、美しい息子が生まれるわっ。
そこから、また美形が増えていったら、世の中に美しいものがあふれる返るでしょっ。
いいことじゃないっ」
……なんで、ただイケメンが好きという話から、そんな壮大な話になりました?
と思いながら、悠里は言ってみた。
「……いや~、でも、その顔が巷にあふれたら。
それが、普通の顔になる気がしますね」
それで、変わった顔の方がありがたがられるんですよ、と言った悠里に修子は言う。
「なんでもいいから、後藤さんとの橋渡しをしなさいよっ」
急に要求が直接的になってきたな……。
どうやら、その結論にたどり着きたかったようだ。
早く結婚しないと呪いの村の生贄にされる後藤さんか、
と悠里が思ったとき、修子が言った。
「後藤さん、あんたに気がある気がするわ。
だから、さっさと社長と結婚しなさいよ。
傷心の後藤さんを私が慰めるから」
そのために、今すぐ結婚しなさいよ、と急かされる。
結婚か。
社長と結婚。
ピンと来ないな、といろいろ想像している間、修子は横でまだなんだかんだ言っていた。
「あんた、前、私のことをたよりになる姉御だって言ってたじゃないの。
姉御の言うことは聞きときなさいっ」
と修子は胸を叩いたが、
しまったっ。
イマイチ聞いてなかった、と思った悠里は、慌てて、最後のところを頭の中で再生し直し、
「えっ?
あなご?」
と訊き返す。
「あなごの言うこと聞いてどうすんのよっ」
と怒鳴られた。
「なに考え事してんだ?」
夜、ジュージューと分厚いハムを焼きながら、七海が言ってくる。
悠里は皿を出しながら、七海に昼間の話をした。
「それで、あなごと聞き間違ったんですけど」
「あなごの言うこと聞いてどうすんだ」
と七海は修子と同じツッコミを入れてくる。
同じツッコミ……。
この人たちは気が合うのだろうか。
なんかもやっとするな。
そこで、また、
「どうした?」
と訊かれたので、
「いえ、今、社長と……」
修子さん、と名前を出したくないな、と思った悠里は微妙にぼかして言った。
「社内のある女性が同じツッコミを入れてきたので。
社長とその方は気が合うのかな、と思ったら。
何故か今、ちょっともやっとしてしまったんですよね」
「大林か」
とあっさり、七海は言い当てた。
「いや、あいつとは気は合わない。
だが、俺と同じくらいお前といるから、同じようなツッコミを入れたくなる気持ちはわかる。
というか、そこで、もやっとするのは、愛だぞ、貞弘」
「……そんなこともないですよ」
いや、愛だ、と勝手に断言したあとで、七海は、ふと思い出したように言ってきた。
「実は俺も、この間、お前のことを。
食物繊維やカルシウム入りの菓子食って、これでよしっ、とか言ってそうだな、と思ったとき。
もやっとしたんだ。
前、龍之介さんがそんなこと言ってたから。
龍之介さんとお前は意外と合うんじゃないかと思ったら、もやっとした。
愛だな」
そうなんですかね……?
と懐疑的に思いながら、悠里は言う。
「そういえば、大家さんって、ユーレイがいると感じるのは、僕の罪の意識のせいかもとか前、言ってましたけど。
相手の方の方が詐欺師だったのに。
なんで、あんなことおっしゃったんでしょう?」
「……そうだな。
ちょっと気になるな」
今度、酔った弾みに訊いてみろ、と七海は皿に料理を綺麗に盛り付けながら言う。