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――カタカタ……タンッ!
慣れない電子機器と向き合いながら、たまにカチカチとマウスを動かし、小指でエンターキーを押す。
神津は、ちょっと出かけてくるといっていってしまったので、依頼が来ず暇な俺は、神津も調べようとしていた高嶺の母親を殺した犯人について調べることにした。まずは、ネットに転がっている、当時のニュースを引っ張り出してくる。電子機器にも疎いが、ネットにはもっと疎いため、無数の虚偽だらけの情報の中から正解の情報を探すのは一苦労だった。
そうして、たどり着いた記事を開いて、先ほど神津が見せてくれたものと同じページに目を通した。先ほどはざっくりとしてしかみていなかったが、詳しくみてみると、かなり様々なことがかかれていた。
「双馬市で強盗殺人。被害者は、高嶺―――っと、何て読むんだ? まあ、読み方はあれか……家の中は荒らされており、被害者は斬殺。こりゃ酷えな」
俺は、あまりこういった殺人事件は好きではなかったが、流石にここまで酷いと気持ち悪さを感じてしまう。ただの字の羅列なのに、被害者の状況が想像できてしまい、気分が悪くなった。
最初に発見した高嶺の父親はどんな気持ちだっただろうか。
ただ刺し殺されているというわけではなく、斬殺。片腕が切り落とされており、身体には刺し傷切り傷のあとが無数に。床には尋常じゃない量の血液が飛び散っていたとか。
「……一体何をしたって言うんだ? 高嶺の母親は」
ただの強盗であれば、逃げるか一カ所刺して終わりなのだろうが、明らかに悪意のある殺し方だった。殺人のために入ったのでは無いかと思うほど。強盗を目的に入って殺人を犯した。と言うよりかは、殺人を犯すために侵入し強盗殺人に見せかけたといった方が正しいだろうか。
だが、高嶺の話を聞くには、ただの家政婦だったらしいし、恨まれるようなことはしていないだろう。
(となると、何か証拠隠滅でか……?)
考えられなくはない。
口封じのために殺した。別に、本人が意図して無くとも、その強盗犯人にとって都合の悪い情報を知られた、またはみられたからその口封じのため殺されたのかも知れない。犯人は焦っていたのか、情報漏洩を恐れて滅多刺しにしたのか……犯罪者の心理なんて分からないし、知りたくもない。
犯人は捕まっていないようだし、まだどこかにいるのかも知れない。
高嶺の父親も、高嶺もやるせない気持ちで一杯だろう。犯人を恨んでいるのかも知れない。
高嶺はそんな様子は一切見せなかったし、彼奴は隠せるようなタイプではないため、復讐というよりかはただたんに捕まえたいという思いで動いているのだろう。俺だったら、きっと復讐や仇討ちで頭がいっぱいになってしまうだろうけど。
そんなことを思いながら、マウスを動かしていると、関連記事にとある海外のマフィアに関するものが出てきた。マフィアなど興味は無かったのに、その時は妙に惹かれてしまい、俺はそのページをクリックした。
「マフィアの構成員、日本国内に潜伏か……?」
そこには、日本で海外のマフィアが麻薬売買をしているのではないかという記事が載っており、そいつらが最近日本にやってきたとかなんとか。
拳銃の密造や密売をしている可能性もあるとか、ないとか。
本当の所はどうなのか分からないが……
「んで? 組織の名前が……」
「―――Purgatory Apostle」
ガチャリと事務所のドアが開いたかと思えば、そこには神津がおり「ただいま」と一言。
どうやら帰ってきたみたいだ。
「おう。早かったな、神津」
「ただの買い出しだよ。あ、カスタードプリンあるけど食べる?」
「……早くよこせ」
せっかち。と神津は笑いつつ、手にさげていたコンビニの袋からプリンを取り出すと蓋の上に丁寧にスプーンまで乗せて俺にくれた。
俺は、それを受け取って、蓋を開けスプーンを差し込む。ぬんっとなめらかなプリンにスプーンは吸い込まれていき、一口分すくい上げる。
口に運ぶと、濃厚な甘みが広がり、舌の上で溶けていった。
うむ、美味い。これは当たりだな。
そうして、あっという間に食べ終わると、容器の中に残ったカラメルソースをかき集めて飲み干した。「食べるの早いね」と神津に笑われてしまう。
「ほら、ついてる」
「……っ、自分でふける。やめろ」
神津はそう言って、ティッシュで拭こうとしてきたため、手で制止する。
俺は子供ではないのだ。こんなことでいちいち世話を焼くなと、神津を睨んだ。神津は肩をすくめつつ、向かいのソファに腰を下ろし顎に手を当てた。
「それにしても、春ちゃんも興味持つなんて」
「高嶺の事件にか? それとも、マフィアにか?」
「どっちも」
と、神津は言うと何処か不安そうな表情になった。
またどうせ、危ないことに首を突っ込んで欲しくないという事なのだろう。一体どれだけ心配性で、過保護になれば気が済むんだ。
「つか、あのマフィアの名前、かっこつけてるよな。Purgatory Apostle……煉獄の使徒だなんてよ」
Purgatory Apostle―――意味は、「煉獄の使徒」。
どういう理由でつけたかは分からないが、物騒で、またかっこつけたような名前だった。どんな奴らがいるのか全く名前からでは想像がつかない。
「それにしても、お前詳しいな。まさか、会ったことでもあるのか?」
そう俺が、冗談交じりに聞けば、神津は真面目な顔になって目を伏せた。
そうして、ゆっくりとその若竹色の瞳を開いて口を動かす。
「あるよ、僕が海外にいたときにね」
「マジかよ……」
「大マジ。と言っても、実際銃口を向けられたとかではないんだけど。まあ、そのマフィアが関わっている事件にね、巻き込まれて」
その事件を解決したら、有名になっちゃって。と、神津は言うと先ほどの真面目な顔は何処に行ったのかと思うぐらいしれっとした顔でそう言った。
神津は海外でも有名な探偵だと噂されている。その噂の元となったのが、その神津の言う事件なのだろう。日本で有名になったと言うよりかは、海外からその噂が流れてきて、神津は名探偵と言われるようになったのだと。
まあ、それはいいとして。
俺は、神津に大丈夫なのか? と心配の視線を送る。
「え? どうして?」
「だって、そのマフィアが関わってる事件を解決したって事は、お前狙われてんじゃねえの?」
そう考えてしまうのも仕方ないだろうと、俺は神津を見る。神津は、どうだろうね。と危機感ない様子で笑った。
もし、この事が本当なら、神津が日本に帰ってきたのはそのマフィアから逃げてきたとか?
色んな想像が頭の中を駆け巡る。神津が海外で何をしていたのか知らないが、何やら複雑な事情がありそうだな……
そんなことを考えていると、神津が「春ちゃん」と俺の名前を呼ぶので、現実に引き戻される。
「何だよ? 神津……」
「春ちゃんが思っているようなことは何もなかったよ。だから、安心して?」
と、神津は俺を落ち着かせるように言うとふわりと微笑んだ。それは、先ほどの何かを隠してるような笑みではなく、本当に何もないから安心して、と言い聞かせるような優しいものだった。
神津を、恋人を疑うのはどうかと思い、俺は素直に神津の言葉を受け入れた。
「そう……なら、いいんだが」
「そうだよ。それに、悪い人達ばかりじゃなかったしね」
そう言うと神津は、立ち上がり窓辺に近づくと外を眺めた。
その姿を目で追うが、神津の表情は逆光になっていてよく見えない。神津は何を考えているのだろうか。
マフィアは危ねえ奴ばかりだろう。と言い返したくもなったが、神津が言うならと突っ込まずにいた。いったところで、過去に起ったことや感じたことが変わるわけでもないし、何よりそんな記憶忘れられるなら忘れた方がいい。
「Purgatory Apostleには、日本人もいたんだ。その人が、あまり人殺しを好んで無くて。それも幹部だって言うから見逃してもらったというか」
「は、はあ!?」
次から次へと与えられる情報に俺は目が回りそうになった。
神津はそんな奴とも知り合い……助けてもらったのかと。神津の友人にはいたらない人脈網に呆れつつも、その日本人について気になり質問する。
すると、神津は少し困った顔をしてから話し始めた。
その表情から察するに、きっと思い出したくない事なのかもしれない。
「いや、話したくないなら別に……」
「ううん、そういうことじゃないけど。あまり深入りして欲しくないって言うのが本音。まあ、聞いたところで繋がりが出来るとは言えないわけじゃないけど。まあ、その人も捌剣市出身の人だったらしくて。それだけのことなんだけど。他にも、Purgatory Apostleには何人か日本人がいるらしいよ。何で入ったとか、そういう理由は分からないし、僕も探る気は無いけど」
「そ、そうか」
聞くだけ無駄だった。とまでは行かないが、海を越えてまでの話には頭が追いつかなかった。警察官として守ってきたのはあくまでこの国だったし、部外者を排除、捕まえる役目はあったが、海外まで追いかけるというのはなかった。
俺達は、互いに顔を見合わせ苦笑し、その後その話をする事はなかった。
ちらりと神津が言うには、高嶺の母親がそのマフィアの殺し方と似ていたから気になったらしい。なら、単純に考えると、その高嶺の母親はみてはいけない、聞いてはいけない情報をたまたま知ってしまって殺されてしまったと言うことだろう。これじゃあ、どうしようもない。
それを高嶺が知ったらどう思うか。言わずにはいようとおうもし、こちらからもその話をふっかけるつもりはないが、何とも後味の悪い話だと思った。
どうしようもないから。
けどまあ、それを聞いたとして高嶺が警察を辞めるとは思わないし、今の生活を楽しんでいるようだったから、もしかすると何も問題ないのかも知れない。ただ、犯人を捕まえるという目標は永遠にかなわない気がするが。
そんな風に考えていると、俺のスマホがけたたましく鳴り響いた。誰かと確認すれば、画面には高嶺と表示されている。
「何だよ、高嶺……」
『おい、明智! マフィアだ、マフィア!』
耳にスマホを当てると、次の瞬間キーンと貫くような高嶺のハスキーボイスが聞え、危うくスマホを落としそうになった。
だがそれよりも、気になる内容で、俺は慌ててスマホを耳に当て直し、高嶺の声に耳をすませる。
「ま、マフィア? それって、もしかして Purgatory Apostleか?」
『ああ?ぱー……何だって? まあ、多分それだ』
「それだって、お前なあ……」
追跡中と思われる高嶺の声はどうも脳天気で危機感も臨場感も何もない。
だが、連絡してきたと言うことは何かしら「手を貸して欲しい」のだろう。
『なあ、今からこっちこれるか? 場所は―――』
俺は、高嶺から現在地を聞くと、そのまま通話の終了ボタンを押す。
「春ちゃん?」
みお君から? とおどっとした様子で聞いてきた神津に、俺はスマホをポケットにしまい振返っていった。
「神津、力を貸してくれ」
「電話……マフィアって聞えた気がしたんだけど?」
神津は、俺の言葉を無視してそう口を開いた。
行くなとでもいうような険しい顔を見て、少し萎縮してしまう。先ほどの話を聞いているからか、俺も、深追いしたら危ないんじゃないかと、少し心臓が煩くなっていた。だが、友人に助けを求められていかないわけにもいかない。そう思ってもう一度拳を握って神津に頭を下げた。
「高嶺から助けてっていわれた。だから、いきてえ。でも、俺は車も持ってねえし、バイクもねえから。だから、神津の……恭の力を貸して欲しい」
「春ちゃん」
そういえば、神津は少し弱々しい口調になって、俺の名前を呼んだ。迷いのあるようなその声色を聞いて、もう一度押せばどうにかなるだろうと、邪な気持ちが芽生える。だが、緊急事態だと、神津を見つめれば、神津は、はあ……とあからさまに大きなため息をついて、頭を抑えた。きっと、俺が折れないことに気づいて、仕方ないと諦めたのだろう。
神津も神津で譲れないものがあるし、きっと俺の事を思って言ってくれているのだろう。そういう気持ちを踏みにじるわけではないが、もし、高嶺の追っているマフィアなのか、何なのかが、高嶺にとっての宿敵であるなら。本人が気づいていなくとも、母親の無念を晴らせるのであれば、力になりたいと思った。といっても警察でない俺が何を出来るわけでも無いが。精々、袋小路にでも犯人を追い詰めることだけだろう。
「場所は?」
「手伝ってくれるのか……?」
そう聞けば、神津はいちいち言わなきゃ駄目? と機嫌悪そうに言った。
「僕にとっても、一応みお君は大切な友達だし。春ちゃんだけいかせるわけにはいかないしね。まあでも、手伝ってくれってあっちは行ったけど、完全に一般市民巻き込むことになるから、きっと上から何か言われるだろうね。僕達もいったところで何が出来るわけでも無いけれど」
と、神津は言ってくれた。確かにそうだ。
そして、俺は場所を告げると、すぐに神津は部屋から出ていった。俺もその後を急いで追いかけた。
「で? みお君は一人で追いかけてるの?」
「いいや、多分彼奴颯佐の車に乗ってんじゃねえか?エンジン音聞えたし」
「あの二人って暇なの?」
「どーだろな」
エレベーターに乗り込み、俺はスマホを確認する。
情報は公にはでていないとは思いつつも、確認すれば、ニュースになっているようだった。
「『パトカー二台が横転』……マフィアの存在を公にしたくないから、そんな風にかいてあるんだろうな。日本の組織じゃねえし、また不安が広がるからな」
「そう。でも、その犯人逃げられちゃうかもね」
「大丈夫だろ。彼奴らが追ってんだぜ?そんじょそこらの、パトカーとはちげえよ」
チーン、とエレベーターが下の階につき、俺達は駐輪場へ走った。
ネットでは波紋が広がり、パトカー二台の写真が映し出されていた。酷い横転で、フロントガラスは割れているわ、ガードレールに突っ込んでいるわで悲惨だった。救急車と消防も駆けつけているようだったし。犯人はやり手だと思う。
だが、何故マフィアが? という疑問ばかりが残る。
高嶺は警察官だしそういう情報がまわってきているのだろう。だが、こういうのは公安が動く案件なのではないだろうか。引っ込んでろと言われそうだが、彼奴は一度アクセルがかかると止らなくなるタイプのため、きっと犯人をここぞと言うまで追い詰める気でいるのだろう。どれだけ危険か知らないで。
俺は、念のためホルダーに拳銃を入れてきたが、使うときがなければ良いと思っている。
「はい、春ちゃん。ヘルメット」
先にバイクのエンジンをかけていた神津が、ヘルメットを投げ俺はそれを受け取ると、いつもとは違うバイクに目を丸くした。
「二人乗りできるバイクって限られてるからね。あれは、個人用」
「そ、そうか」
「と言うか、春ちゃん大丈夫? 乗り物酔い激しかったよね?」
「ま、まあ。気にすんな。いこうぜ」
神津は「そう?」と疑り深い目で見てくると、自分のバイクに跨りながら、俺を見た。俺は、神津の後ろに乗り込むと、そのまま神津の腰にしがみついた。神津は、ふっと笑ってから、ゆっくりとバイクを走らせた。
俺は、高嶺に再度連絡を入れ何処にいるか情報をもらい、地図を頼りに神津に説明した。正直振り落とされそうで、何度スマホを落としかけたか分からない。だが、神津の安全運転のおかげで何とかバランスを保っている状態だ。それでも、時々荒々しくエンジンを吹かす為、ピリピリしているのだと分かる。俺が無理いったせいで。
(それでも、付合ってくれるって事は、少なからず神津も彼奴らの事ちゃんと思ってるんだろうな)
口先だけではなく。と、俺は神津の腰にギュッと抱きついた。断じて好きと表すわけではなく、単純に振り落とされまいとしがみついているだけだ。
そうしているうちに、ファンファンとサイレンの音が聞え、パトカーが横転した現場近くを通り抜けていく。一体何処まで行ったのかと、高嶺の話を聞けば高速道路に乗ったらしい。犯人は何処まで逃げるつもりなのか。
「春ちゃん、スピード上げるから振り落とされないでね!」
と、神津はいったと同時にアクセルを踏み込んでETCを突っ切っていく。
高速道路に乗れば、数多の車を追い抜かしていき、先にいるであろう高嶺達の車を探した。思えば、どんな車に乗っているか知らない。俺は、目を凝らしながら探していると、真っ白なスポーツカーを見つけた。神津はその車に車体を寄せる。すると、その車の窓が開き、見慣れた人物が顔を出した。
「おう、明智、神津。よく来てくれたな」
そう言って笑ったのは、紛れもなく高嶺だった。