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白山小梅
12
#借金
1,754
久しぶりに寝覚めの良い朝を迎えられた。きっと昨夜楽しい気持ちのまま眠りにつくことが出来たからに違いない。
朝食を済ませ、洗濯物を干して、部屋の掃除をする。何も予定のない日曜日は、自分のためだけに時間を使える。のんびりとした気持ちで過ごしていた。
お昼も近くなり冷蔵庫を開けると、思った以上に何もないことに肩を落とす。おかげで午後にやることが決まった。
買い物に行って、とりあえず数日分の食料の調達と、日用品の買い出しに行こう。
その時突然テーブルの上のスマホが鳴る。画面に椿の名前を見つけると、意気揚々と電話に出た。
「椿ちゃん? どうしたの?」
『あっ、急にごめんね! 昨日どうだったかなって気になって』
春香はそのまま床に座り込んだ。椿の言う昨日とは、瑠維とあの男性客のどちらのことだろう。少し迷ったが、順を追って話すことにする。
「椿ちゃんがちゃんと伝えてくれたおかげで、従業員出口で待っててくれたよ」
『ちゃんとわかったんだ。良かったぁ。で、その後は?』
「近くのうどん屋さんで食べて、その後にコンビニのソフトクリームを食べて」
話しているうちに自然と笑顔になる。自分で思っている以上にきっと楽しかったのだろう。
『二軒はしごしたんだね。まぁうどん屋さんじゃスイーツはないかー』
「そうそう。でね、その後に車で家まで送ってくれたんだよ」
『えーっ、車?』
椿はスマホに耳を当てていられないほどの驚きの反応を示し、春香は一瞬スマホを耳から離した。
『それはびっくりだね。ちゃんと家まで送ってくれた?』
「もちろん。しかも瑠維くん、職場のすぐそばのめちゃくちゃいいマンションに住んでた! 彼って一体何してる人なんだろう?」
あんな高級マンションに一人で暮らしているくらいだ。彼がどんな仕事をしているのか気になった。
『……春香ちゃん、今さらっと"瑠維くん"って呼んだね』
春香の疑問とは別の問題を指摘され、苦笑いをしてしまった。
「だってそう呼んでほしいって言うから。でも……本当にすごくいい人だったよ。高校の時の記憶がほとんどないのが残念なくらい」
『まぁ私もだけど、春香ちゃんたちのグループとは住む世界が違っていた感じがするもんね』
「同じようなことを瑠維くんも言ってた。私もあの頃は変に粋がってた気がするから、言いたいことはわかる気がする。でも……後悔先に立たずとは、こういうことを言うんだろうなぁ……もっと視野を広げておくべきだったよ」
高校生の春香は博之を中心に世界が回っていた。だからそれ以外のことはどうでもいいとすら思っていた節がある。
あの頃の彼はどんなふうに過ごしていたのだろう。博之というレンズ越しにしか見覚えがない瑠維の別の姿を想像しようとするが、そうすると今の彼の姿になってしまうのだ。
『それはこれから少しずつ知っていけばいいんじゃない? あの男のことが終わったとしても、連絡先を知っていたら繋がっていられるわけだし。でもたった一日ですごく仲良くなっててびっくりした』
「ねっ、私もびっくりした。あの頃はほとんど話したことはなかったけど、ヒロくんを通して知ってる存在だったからなぁ……」
『そんな簡単じゃない気もするけど……。で、お迎えはどれくらいの期間やってくれるのかな?』
「私が安心出来るまで続けてくれるって」
春香が答えると、椿は突然黙り込んだ。しばらく静かな時間が流れる。こういう時は何か考え事をしている時だとわかっていた。
『……そっか。じゃあお願いしちゃっていいかもね』
「うん。ところで椿ちゃん、今日は用事があるって言ってたよね」
ニヤニヤしながら核心をつく。すると電話口の向こうで、椿の叫ぶような声が響いてきた。どうやら春香の予想は当たっていたらしい。
『……じ、実はこれからデートなんだけど、待ち合わせの時とかすごく緊張しちゃうんだよねー』
「うふふ。実はそうかなぁって思ってた。付き合い始めてどのくらい経つの?」
『仕事を通して再会して二カ月くらいなんだけど、付き合い始めたのは一カ月くらい前かな』
「……そんなに長いこと私に秘密にしてたわけねぇ。もういいけど。これからは逐一報告してよね! 推し同士が交際なんて、そんな美味しいネタはないんだから」
これは春香の本音だった。これから二人の中が深まっていけば、椿と会う時間はどんどん減っていくに違いない。だとしても、椿の一番の友達でいたかった。
『うふふ。わかった、ちゃんと報告する』
「それにしても椿ちゃんってば、ちゃんと恋してるんだねぇ。なんか羨ましくなっちゃうよ」
『春香ちゃんだって、もしかしたら意外なところから恋が始まるかもしれないよ』
「そうかなぁ? まぁ期待しないで待ってみる。デート楽しんできてね」
『うん、春香ちゃんは気を抜かずに気をつけてね』
「うん、わかった。ありがとう」
電話を切ると、何故だか少し寂しくなる。大切な友達をとられてしまったような、軽い嫉妬心が湧いてくる。
椿ちゃんはモノじゃないんだからーーでも彼女の一番の座は、今は確実に博之のものだ。
私も誰かの一番になれる日が来るのだろうか……ヒロくんにフラれた後も、いい恋愛には巡り会わなかった。だから少し臆病になっている自分がいる。
原因はわかってる。告白されて付き合うけど、自分が好きになる前に恋が終わってしまうから。博之に青春を捧げてしまったから、それ以上の出会いがないというのが実際のところだろう。
「ドキドキかぁ……しばらくしてないなぁ」
そう思った途端、昨日の出来事が思い出される。瑠維に対して胸がときめく瞬間があった。
しかし慌てて頭を振る。彼の親切心を歪めて受け取ったらいけないーーそんなことを思いながら春香は立ち上がると、買い物に行くための身支度を始めた。