◻︎BLよりも命
「はぁ…」
「おや、ため息ですか、美和子さん。裁判の話なんてつまらなかったですね」
「あ、いえ、ちょっと違うことを考えてしまって」
待ち遠しかったはずの、雪平との会食…という名のデート。
なのに、ため息が出てしまった。
心神喪失状態だったからと犯した罪が無罪になる、それは遺族の気持ちを二度傷つけているようなものだ、と雪平が熱く語っていたのはわかっているのだけど。
「僕も、社会的なことを話題にしてしまったので、勝手に熱くなってしまいました」
「やはり、報道記者だったからですか?」
「それもありますが、なんていうか…理不尽なことに対しての己の無力さを思い知ると、居ても立っても居られない感じで。すみません」
「いえ、私も知らないことを知ることができるのは楽しいです…」
_____知らないこと、知らない世界
頭の中で聖と柚月のことを考えていた。
そういうこともあるというのは理解しているつもりだけど、これがいざ我が子の話になると心づもりが違ってくるし複雑な心境だ。
まぁ、でもそれよりも内定をどうするか?だけど。
「ところで、美和子さんは何を考えていたんですか?」
そろそろシメの雑炊を作りますね、と店員さんがやってきた。
今日は天然フグのコース料理だった。
テーブルの鍋にご飯を入れて、卵と三つ葉をちらし、雑炊を作ってくれる。
「熱いのでお気をつけて」
軽く会釈をして、店員がテーブルを離れたところを見計らって話し始める。
「実はですね、来年大学を卒業する息子がいるんですけど…その息子が、同い年の男子を好きだと言い出しまして」
「ほぉ、今流行りの言葉で言えばBLですね」
「んー、息子はそこまでの気持ちかどうかわからないとは言ってましたが。それでそのこともあって内定を断ろうかと言ってて」
雪平がレンゲで雑炊を掬ってくれる。
「どうぞ」
「どうも」
「この就職難の時代に、それは惜しいですね」
「そうですよね?一応、よく考えなさいとは言ったんですが」
「生きていく上で、仕事は不可欠ですからね。熟慮した方がいい、後悔しないためにもね」
「そうですよね?よかった、私の考えが押し付けがましいのかと思ってました」
「そんなことはないですよ、それにしても…」
テーブルの向こうから、そっと頭を寄せて小さく言ってくる雪平。
「美和子さんは、息子さんが同性を好きだということはなんの問題にもしてないんですね」
「あー、それは。別にそのことで命を取られるようなことはないし。でも、仕事はなにかしらしないと生きていけないですからね」
「あはは、美和子さんらしい。判断基準は命に関わるかどうか、なんですね」
「変ですか?」
「いやいや、わかりやすくていいです」
生きていく上で大切なことは、命を蔑ろにしないこと、これが一番大事だと50を越えて感じたことだった。
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