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第十三章 繋がる願い
第十一話 想いを繋ぐ
パァンッ——!!
夜の貧民街に、乾いた破裂音が高く響き渡る。
その直後、遠くで白い煙が夜空へ立ち昇った。
「……っ!」
ハヤトは足を止める。
「ダイチか……!」
すぐに駆け出した。
別方向を捜索していたシュンタとジュウタロウと合流する。
「見つかったんか!?」
「恐らくな」
三人は白煙を目印に薄暗い路地を駆け抜ける。
入り組んだ細道。
積み上げられた木箱。
鋭い視線を向けてくる住人達。
だが今は、そんなものを気にしている余裕はなかった。
やがて、古びた建物が並ぶ一角で、群青色の髪が見えた。
「ダイちゃん!!」
シュンタが叫ぶ。
ダイチが振り返った。
だがそこにジントの姿はない。
「見つけた……」
ダイチは短く言う。
その声は震えていた。
泣いた後なのだと、ハヤトはすぐ気付く。
「……無事なのか?」
ハヤトが静かに尋ねる。
ダイチは強く頷いた。
「あぁ」
その返事だけで、三人の表情から緊張が少し抜けた。
そして、ダイチに続いてさらに路地の奥、小さな建物の前に辿り着いた。
ダイチはその建物へ視線を向ける。
「今から連れてくる」
「みんな、ここで待っとって」
そう言い残し、ダイチは建物の中へ消えていった。
静かな沈黙が落ちる。
夜風が狭い路地を吹き抜けた。
シュンタは落ち着かない様子で辺りを見回す。
「ほんまにジンちゃんここおるんよな……?」
「ダイチの様子を見る限り間違いないだろう」
ジュウタロウが低く答える。
ハヤトは黙って建物を見つめていた。
古びた扉。
崩れかけた壁。
表の街とは明らかに違う空気。
その時。
ギィ……と扉が開く。
現れたのは、背の高い男だった。
焦げ茶色の髪。
鋭い目つき。
無駄のない立ち姿。
ただそこに立っているだけなのに、
妙な威圧感がある。
ハヤトは僅かに目を細めた。
貧民街で生きることに慣れた人間。 表の世界とは違う場所で生きてきた人間。
直感的にそう分かる。
だが敵意は感じない。
むしろ、どこか静かに見送るような空気だった。
その奥からダイチが姿を現す。
腕の中には——
黒髪の青年。
「……っ!!」
シュンタが息を呑む。
ジントはぐったりと眠っていた。
ダイチはまるで壊れ物を扱うように、大事そうに抱き抱えている。
薄暗い路地の灯りの中、黒髪が静かに揺れた。
その姿を見た瞬間、ハヤトの胸からようやく重い息が抜ける。
——生きていた。
それだけで十分だった。
ダイチが足を止める。
扉の前に立つ男が低い声で言った。
「……ちゃんと守ってやれよ」
ぶっきらぼうな声。
だがそこには、確かな想いが込められていた。
ダイチは真っ直ぐ男を見る。
そして短く答えた。
「あぁ」
それだけだった。
だがその声には、強い決意が滲んでいる。
次の瞬間、ダイチは背を向け、足早に路地を進み始めた。
「行くぞ」
ハヤト達もすぐ後を追う。
貧民街の夜は危険だ。
教会の連中がまだ近くを探している可能性もある。
誰も余計な言葉を発さなかった。
ただ静かに、暗い路地を抜けていく。
やがて市場裏へ辿り着く。
そこは比較的人通りも少なく、馬を繋いでおいた場所だった。
ようやくそこで、四人は立ち止まる。
魔石灯の光が眠るジントを照らした。
その瞬間、シュンタの顔色が変わった。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
青白い顔。
泥に汚れたローブ。
細い手首に残る生々しい縄の跡。
傷だらけの素足。
ジントは思っていた以上に酷い状態だった。
ジュウタロウが静かに眉を寄せる。
「……これは酷いな」
ハヤトも唇を噛みしめる。
ダイチは一瞬たりとも腕を緩めない。
まるで、もう絶対に離さないと言うように。
シュンタが小さく呟く。
「……よう逃げてきたな、ジンちゃん……」
夜風が静かに吹き抜ける。
ダイチは俯いたまま、眠るジントの顔を見つめていた。
やがてハヤトが静かに口を開く。
「薬屋へ戻ろう」
「まずは休ませないと」
ダイチは小さく頷く。
「あぁ」
四人は馬へ跨がった。
ダイチはジントをしっかり抱えたまま、ゆっくり馬へ乗る。
ジントの身体は驚くほど軽かった。
その軽さが、胸へ刺さる。
そして四人は夜の街道を走り出した。
冷たい夜風。
響く蹄の音。
夜空には薄く雲が掛かり、月明かりがぼんやりと石畳を照らしている。
誰もほとんど喋らなかった。
ただ、ジントの呼吸だけを確かめるように。
一時間ほど走り続け、ようやく見慣れた薬屋の灯りが見えてくる。
その小さな灯りを見た瞬間、四人はようやく長い夜が終わりへ向かい始めたことを感じた。
薬屋の前には、灯りを手にしたマーサが立っていた。
夜風に揺れる小さな火。
不安そうに街道の先を見つめていたマーサは、馬でこちらへ向かってくる五人の姿を見つけると、ハッと息を呑む。
そして慌てて駆け寄った。
「……っ!」
馬の速度がゆっくり落ちる。
ダイチの腕の中にいる黒髪の青年を見た瞬間、マーサの瞳が大きく揺れた。
「……ジント……!」
震える声。
ダイチはぐったりとしたジントを慎重に抱えたまま、静かに馬を降りる。
マーサは恐る恐るジントの顔を覗き込み、そっと頬へ触れた。
冷たい。
けれど、確かに温もりが残っている。
「よかった……」
涙が溢れる。
「よかった……!」
マーサの頬を、静かに涙が伝った。
だが次の瞬間、視線がジントの手首へ落ちる。
赤く擦れた皮膚。
縄で締められていた跡。
マーサの表情が固まった。
そしてすぐに扉を開ける。
「さぁ、早く中へ……!」
五人は急いで薬屋へ入った。
薬草の匂い。
暖かな空気。
見慣れた店内。
張り詰めていた緊張が少しだけ緩む。
ダイチは奥の部屋へ入り、そっとジントをベッドへ寝かせた。
長時間夜風に晒されていたせいか、
ジントの身体は冷えていた。
触れた指先も、頬も冷たい。
ダイチは苦しそうに眉を寄せる。
背後では、マーサが慌ただしく動いていた。
湯を沸かす音。
薬瓶を取り出す音。
布を準備する音。
静かな部屋に、その音だけが響く。
ダイチは振り返り、ハヤト達へ小さく言った。
「……しばらく二階で待ってて欲しいんやけど……」
三人は無言で頷いた。
ハヤトは一瞬だけジントを見つめ、静かに目を伏せる。
「分かった」
そう言って三人は階段を上がっていった。
やがて湯気の立つ桶を抱えたマーサが部屋へ戻ってくる。
布を湯へ浸し、優しく絞る。
そしてそっと、ジントの顔へ付いた血や泥を拭い始めた。
汚れが落ちる度に、白い肌が現れる。
マーサは苦しそうに目を細めた。
「……何があったのか、聞かせてくれるかい……?」
ダイチは俯いたまま、ぽつりぽつりと話し始める。
森で籠とナイフを見つけたこと。
門番から教会の荷馬車の話を聞いたこと。
ハヤト達と東門へ向かったこと。
ジントが荷馬車から逃げ出し、貧民街へ逃げ込んだこと。
そして、貧民街の青年が助けて匿ってくれていたこと。
最後に、教会はまだジントを探しているだろうこと。
マーサは静かに聞いていた。
時折、苦しそうに表情を歪めながら。
手首へ包帯を巻きながら、震える声で呟く。
「なんて……ひどいことを……」
その声には強い怒りと悲しみが滲んでいた。
そして、ジントの泥と血の着いた、傷だらけの素足を優しく手当てしていく。
「必死に、逃げて、帰ってきたんだね……」
小さく息を吐く。
「この子は昔から……」
「一人で我慢して、自分のことより、誰かのことばかり考える子だからね」
ダイチの胸が痛む。
その通りだった。
ジントはいつもそうだった。
自分が傷付くことより、誰かが傷付くことを怖がる。
やがてマーサは、ダイチへ顔を向ける。
「ダイチ坊っちゃん、ローブを脱がせるのを手伝ってくれるかい」
「……うん」
二人で慎重にローブを脱がせる。
泥に汚れた布が、床へ静かに落ちた。
薄いシャツ姿になったジントを見た瞬間、二人は息を呑む。
肩の周りが酷く腫れ上がっていた。
白いシャツには血が滲んでいる。
マーサはすぐにシャツを切り、傷を確認した。
赤黒く変色した肌。
白く細い身体に刻まれた、痛々しい傷跡。
ダイチは思わず目を逸らす。
胸が苦しい。
マーサは傷を見ながら、険しい顔で呟いた。
「……骨にヒビが入っているかもしれないね……」
すぐに傷口を消毒し、薬を塗り、包帯を巻く。
手慣れた動きだった。
他に大きな傷がないことを確認すると、マーサはジントへ温かな毛布を掛けた。
そして大きく息を吐く。
ジントの呼吸は、先ほどよりずっと穏やかになっていた。
顔色にも少しだけ血色が戻っている。
マーサはそんなジントを見つめ、静かに微笑んだ。
そしてダイチを見る。
「……ダイチ坊っちゃん、この子を必死に探してくれたんだね」
「ありがとう……」
優しい声だった。
だがダイチは俯く。
唇を強く噛む。
「俺は……」
掠れた声。
「ちゃんとジントのこと……守れんかったのに……」
マーサは静かに首を横へ振った。
「いいや」
「ダイチ坊っちゃん達のおかげで、ジントはこうして帰ってこれた」
「それだけで十分だよ」
その言葉に、ダイチは何も返せなかった。
ただ俯いたまま拳を握る。
ーーー
コンコン——
二階の扉をノックする。
シュンタがベッドから勢いよく立ち上がる。
扉を開けるなり
「ジンちゃんは!?」
不安気な顔でダイチを見る。
「ひと通り手当は済んだ」
ダイチは疲れた声で答える。
「……ただ、肩の骨にヒビ入っとるかもしれんて……」
部屋の空気が重くなる。
ハヤトが静かに目を伏せた。
「……そうか……」
ジュウタロウは眉間へ皺を寄せる。
「教会が、またこんな手段を取るとは……」
ハヤトは低く呟いた。
「……相当焦っているのかもしれないな」
「だからって酷すぎん!?」
シュンタが声を荒げる。
紅い瞳には、見たこともないほどの怒りが宿っていた。
「あんな無理やり誘拐して、縛って、追い回して……!!」
ダイチは黙って俯いている。
やがて、小さく口を開いた。
「……帝都の宿屋でも」
「俺は、ジントを守りきれんかった……」
声が震える。
「今回も……ジントにこんな怖い思いさせて、酷い傷負わせて……」
「ジントが一番怖い時に、傍におれんかった……」
握った拳が震えていた。
「それに、ジントを助けたのは……俺じゃない別の奴で……」
絞り出すような声。
「俺……ほんまに、悔しい……!」
青い瞳に涙が滲む。
張り詰めていた感情が、今にも崩れそうだった。
その時、ハヤトが静かにダイチの肩へ手を置く。
「……でも、お前がジントを見つけた」
真っ直ぐな黄金の瞳。
優しく、けれど強い光を宿している。
シュンタも隣へ来る。
「そうやで!」
「一人で全部背負おうとすんなや!」
「俺らにも、ジンちゃん守らせて」
ジュウタロウも小さく笑った。
「……俺達では力不足だとでも言うのか?」
ダイチがゆっくり顔を上げる。
揺れる青い瞳に、三人の姿が映る。
その瞬間、張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。
ダイチは両手で顔を覆う。
小さな嗚咽が漏れた。
ハヤトは静かにダイチの肩を引き寄せ、子供をあやすように背を叩く。
シュンタも反対側から抱きついた。
「うんうん、ダイちゃん、泣いてええんよ!」
「俺らが慰めたるからな!」
いつもの調子で笑う。
ジュウタロウはそんな三人を、優しい目で見守っていた。
ダイチは肩を震わせながら、しばらく二人へ身体を預けていた。
やがて落ち着くと、ゆっくり顔を上げる。
赤くなった目で、三人を見回した。
「……みんな、ありがとな……」
シュンタはニヤッと笑い、さらにギューッと抱き締める。
「なんかダイちゃん、しおらしくてかわええなぁ!」
「……うるさい!!」
ダイチが真っ赤になって振り払う。
部屋に笑い声が響いた。
その空気が少し落ち着いた頃。
ハヤトが静かに口を開く。
「……また教会は、ジントを狙うだろう」
ダイチがゴクリと唾を飲む。
ハヤトは続けた。
「俺達は教会からジントを守りながら」
「月蝕の子の手掛かりを探し、進まなければならない」
ジュウタロウが腕を組む。
「……早めにラディスを離れた方がいいだろうな」
シュンタも真面目な顔で頷く。
「でも、まだ情報が足りんな……」
ハヤトは静かに言った。
「ジントの怪我の様子を見ながら、その間にそれぞれ出来ることをしよう」
四人は顔を見合わせ、ゆっくり頷いた。
いつの間にか、窓の外の街灯りは少なくなっていた。
そこに広がるのは静かな夜だけ。
そして部屋の中にあるのは、それぞれの胸に灯る、固く繋がれた同じ想いだけだった。
コメント
6件
とにかくジントが無事で良かったです😭 ダイチの泣く姿はあまり見たことが無かったからこっちまでボロ泣きでした😭
comiさーん😭涙止まんないんです! 💛さんはまだ目を覚ましてないけど、5人でまた集まれてよかった〜~ そして💙さんの涙に、私も泣いちゃいましたよ〜😭 改めてcomiさんの書く小説が大好きだなって思いました。
「ジント、見つかって本当に良かった……!」 読みながら何度も息を呑みました。ダイチがジントを抱きかかえて現れた瞬間、胸が熱くなりました。でもその後の傷の描写が痛々しくて、思わず目を覆いたくなりました。 ダイチが「守れなかった」と悔やむ場面、ハヤトたちが「一緒に守らせて」と寄り添う姿にじんときました。仲間の絆がしっかり描かれていて、このエピソードだけで彼らの関係性がさらに深まったのを感じます。 comiさんの繊細な心理描写、特にダイチの悔しさと涙のシーンは本当に心に響きました。次も楽しみにしています!