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「だって……。美味しいんだもん」
あれっ?普通に会話してる。
脅されている立場なのに。
「《《今度》》、美月の作ったものが食べたい」
「えっ……。最近、ちゃんとしたもの作ってないよ。強制的にお料理教室には通ってるけど」
「料理、作るの好きだって言ってなかった?」
あぁ、初めて会ったBARでそんなことを話したっけ?
「好きだよ。一人暮らしの時は毎日自炊してた」
「じゃあ、《《楽しみ》》だな」
楽しみって……。
私が加賀宮さんに料理を作る日は来るのかな。
彼の部屋は、手の込んだ料理を作れる環境ではないし。
気にしなくていいか。
彼は気まぐれでそんなことを言ってるんだろうし。
加賀宮さんが頼んでくれたコース料理を食べ終え、彼に車で送ってもらった。
「あの、今日はお世話になりました。お医者さんに診てもらって……。レストランのお料理はとっても美味しかったし」
シートベルトを外し、加賀宮さんと向き合う。
「ん……。肉食べてる時が一番幸せそうだったな」
彼は思い出したかのように笑った。
「お肉も美味しかったけど、デザートもすごく美味しかった。甘い物、好きだし……」
「そっか」
なにこの普通の会話。
まるでデートが終わって自宅に送ってもらった時みたいな雰囲気。
「ありがとう。今日は何もできなくてごめんなさい」
「いや……。美月と……」
美月と?なんだろう。
私が彼の言葉を待っていると
「なんでもない」
そこで言葉を止められるとすごく気になるんだけど。
「美月と何?」
「なんでもない」
この人が話さないと決めたら、続き、教えてはくれないよね。
「わかった。今日は本当にありがとう」
私は車から降りようとした。
「美月」
彼は私を呼び止めた。
「辛いこと言うかもしれないけど。一度女に手を出した男は、その癖が一生直らない奴もいる。旦那からまた手を出されたら……。別れた方がいい」
私のこと、心配してくれるの?
別れた方がいいって、そしたら加賀宮さんとの《《契約》》も終わりになるけど……。
深くは考えず
「うん。わかった」
軽く返事をして車から降りた。
別れた方がいいことはわかっている。
けれど、やっぱり自分のせいで家族が傷つくのは嫌だ。
孝介から別れたいって言ってくれるまでなんとか耐えなきゃ。
九条家に嫁いだ以上、それしか方法はないよね。
加賀宮さんが乗る車を見送って、自宅へ帰る。
やっぱり孝介が帰ってきた形跡はない。
シャワーを浴びて、ゆっくり寝よう。
明日の朝、帰ってくるって言ってたし。体力付けなきゃ。
次の日――。
<ガチャッ>
玄関のドアが開く音がした。
孝介が帰ってきたんだ。
何を言われるのだろうと思いながら彼を玄関まで迎えに行く。
「おかえりなさい。お疲れ様です」
どうしよう。殴られた時のことを思い出し、手が少し震える。
「シャワー浴びてくる。お前、今日、料理教室だろ?ちゃんと行けよ」
「はい」
どうしてそんなこと気にするんだろうと疑問に感じた。
だが、彼から怒鳴られることもなく機嫌も普通そうだ。
ホッとした気持ちの方が強かった。
時計を見ると九時を過ぎていた。
彼がシャワーから出てきたのと同時に出かける形になった。
もちろん会話はない。
料理教室は十時から始まり、その日作った料理を昼食として食べ、帰宅するような形式だ。
今日は孝介がいるから、家政婦さん《美和さん》が来るんだろうな。
ふとそんなことを考えながら教室に向かっていた時だった。
電話が鳴っている。
「はい」
相手は料理教室を開催している事業者からだった。
<……大変申し訳ございません>
「いえ。またよろしくお願いいたします」
連絡内容は、今日の料理教室が急遽中止になったとのお詫びの電話だった。
「教室が開かれている建物の水道が何らかの理由で使えず、水が使用できないため、開催が難しいと判断した」という参加者への緊急の連絡だった。
嫌だけど、帰るしかないよね。
どこかで時間を潰そうとも思ったが、孝介と共通の知り合いが参加者の中にいるため、教室が中止になったことを後々彼が知ることになるかもしれない。
「あの時何をしてたんだ」
って咎められるかも。
もしもの可能性が現実になったら……。
マイナス思考の負のループに陥りかけている私は、素直に帰宅することにした。
孝介は今日は休み。
寝ているかもしれないと思い、静かにカギを開け、玄関の中に一歩入った。
靴を脱ごうとすると、美和さんの靴が並べてあった。
良かった、来ているんだ。
この前の美和さんは怖かった、けれど今の私にとって孝介と二人きりになる方が辛い。
部屋の中に入ろうとした。がーー。
「あぁっ……!孝介さんっ……」
えっ!?
女の人の艶っぽい声がした気がする。
足が止まり、ドクンドクンと鼓動が速くなった。
「んっ……。ダメっ!そこっ!」
この声、美和さん!?
これって……。
「んっ……んん!」
聞いてはいけないと思いながらも耳を澄ましてしまう。
声は、寝室から聞こえてきた。
「……。声、どうしたの?そんなに喘いでる美和、久し振りに見たよ」
「だって……。《《ここでする》》の久し振りなんだもん。ここは美月さんの場所でしょ?だからなんか優越感に浸れるっていうか、ドキドキして……」
やめてよ……。
私が居ない時、昔からよくしてたの?
美和さんと孝介が浮気してるかもって思ってはいた。
でも、私が寝ているベッドで……。孝介は美和さんを抱いてたの?
吐き気がした。
平気でそんなところに寝ていた自分を振り返ると、気持ちが悪い。
動悸が激しくなっていくーー。