「俺が好きなのは美和だよ?」
「そんなことわかってる。孝介さんが私を一番に愛してくれてるって……。ねっ?もっとして?」
「元気だな。《《昨日の夜》》もしたのに……」
昨日って、会議で遅くなるって言ってたのに。
てっきり会議が終わった後、飲み会でそのままどこかで休んでるかと思ってた。美和さんと一緒だったんだ。
これまで実家に帰るって言ってた時は、美和さんと一緒に過ごしていたってこと……?
「だから、自分の家でするのと、人の家でするのは違うの。美月さん、こんなことしてるって知ったらどんな反応するかな」
「美月《あいつ》のことなんて考えないでいいよ?」
「ちょっ……。孝介さんいきなりっ……!あぁっ!」
ベッドが軋む音がする。
早くこの場から立ち去りたい。
私が帰ってきたことは、二人とも気付いていない。
静かに玄関から出ようとした。
けれど――。
冷静になれ。今寝室に飛び込めば、浮気をしている現場を直接見ることができる。問い詰めてそれで……。
それで、その後はどうするの?
離婚だってできるかもしれない。だけど、いろんな立場から考えると私の方が明らかに劣勢なんじゃ。
何も考えずただ飛び込んで、孝介《九条家》に勝つことが私にはできる?
動画は難しいけど、録音くらいなら。
せっかくの浮気の証拠を逃すなんてしたくない。
小刻みに震えている手で、携帯を取り出す。
本当は耳を塞ぎたい。
そんな衝動を抑えながら、寝室近くまでそっと近づき、私は携帯で二人の乱れる声をしばらく録音した。
その後、気づかれないように、玄関からそっと出る。
浮気の証拠、この間孝介に殴られた時に念のため撮っておけば良かったと後悔していた。
孝介なら、俺が殴った証拠がないとか言いそうだけど……。
積み重ねれば、なんとかなるかもしれない。
耳に残る嫌なノイズが早く消えてほしい。
美和さんの喘ぎ声と孝介の息遣いがしばらく頭から離れなかった。
一週間後――。
私の顔の腫れは引き、痛みもなくなった。
生活は何も変わらない。
孝介には浮気について何も言えていないし、もちろん美和さんにも問い質せていない。仮面夫婦を続けている。
ただ、寝不足だった。あんなベッドで寝ることができない。
一度ソファで寝ようと思ったが、孝介に
「どうしてそんなところで寝るんだよ。俺と一緒のベッドで寝れないのか!?」
そう怒鳴られた。
一緒に寝ていても、何かするわけでもないのに……。
乾燥機にかけたり、自分なりに寝れるように努力はしたつもりだが、生理的に受け付けなかった。
ほぼ毎日顔を合わせる美和さんの目も、昔みたいに視線を合わせることができない。
「美月さん、なんだか顔色が悪いような……。何かあったんですか?」
「そうですか?特に何もないんですけどね」
アハハと誤魔化してみたが、上手く笑えていただろうか。
この一週間、加賀宮さんからも連絡がなかった。
連絡、無い方が良いのに。
携帯が鳴る度に、加賀宮さん《彼》じゃないかと思ってしまう自分が嫌だった。
少し優しくされただけで、彼を信用しちゃいけないのに。
そんな時
「今日、会議で遅くなるから。父さんも一緒だから、そのまま実家に泊まる。明日のお昼前には帰る」
仕事に行く前、彼が玄関で靴を履きながら淡々と私にそう告げた。
お父さんと一緒?本当なの?
それともまた美和さんのところに泊まるの?
何が真実で何が嘘かもうわからない。もうどうでも良かった。夫《孝介》がいない方が気が休まる。
「わかりました。お疲れ様です」
私の言葉を聞き終える前に、彼は出て行った。
「はぁ……。孝介がいないんなら、美和さんは今日は来ないよね」
ポスっとリビングのソファに座る。
孝介がいない、このパターン……。
もしかしたら加賀宮さんから連絡が来るかも。
そう思っていたが、彼から連絡が来ることはなかった。
あっという間に夜になる。
久し振りにゆっくり眠れるかも。
ソファに横になり、目を閉じた――。
気がつけば朝だった。
「ヤバい、こんな時間?」
目覚まし時計をセットするのを忘れてしまった。
慌ててシャワーを浴び、孝介がいつ帰って来ても良いように、部屋を整える。
<ガチャン>
玄関のドアが開く音がした。
もう帰って来たの?
玄関まで迎えに行き、彼の荷物を預かる。
「疲れた。シャワー浴びて、寝る」
彼はそのままバスルームへ直行した。
実家から帰ってきて疲れたっておかしくない?どうせ浮気してたんでしょ?それかまたキャバクラ?
心の中で突っ込みをいれて、孝介の着替えを用意している時だった。
バスルームから、孝介の声がした。
どうしたんだろ。
洋服を持ち、扉をノックし、中へ入る。
「おい……。これはなんだ?」
彼は下半身にタオルを巻き、バスルームの側溝に指を差した。
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