朝のニュース番組がテレビに映っている。笑顔のアナウンサーが今日の天気を読み上げる。
「今日も黄金町は雪の予報です。謎の異常気象は夏に入っても終わる気配を感じられないようです。」
そう言うと画面は黄金市のカメラへと切り替わる。この場所はかつて、とても美しい向日葵が咲き誇り、その圧巻の光景から黄金町と名付けられた。しかしテレビの向こうに広がる景色には、その面影すら見つからない。一面の銀世界であった。降る雪は、夏だというのに衰えを知らず、街を白く包んでいた。するとまた、テレビの画面が切り替わり、若手の芸能人の話題について話し出す。僕はテレビの電源を消すと、ゆっくり立ち上がった。今日は病院の日、そろそろ出なくては。玄関の扉を開く。そこには先ほどテレビに映っていた銀世界が広がっていた。傘を開き、雪の中に一歩、また一歩と僕は踏み出して行く。あの子に会うために。
消毒の匂いが鼻につく。ここは黄金病院。僕が前まで入院していた病院だ。とっくに顔馴染みになってしまった看護師さんに軽く会釈をすると、僕は目的の部屋に入る。
「あ、夏輝!久しぶり!元気だった?」
ベッドの上に座る彼女は屈託のない笑みでそう言った。その笑顔に僕の表情も少し緩む。彼女の名前は春華。僕の昔からの友人で、一番大切な人だ。
「僕は元気だよ。春華も、前より元気そうで良かったよ。」
「私はいつでも夏輝より元気だよ!」
そう言うと春華は目を細めて嬉しそうに笑った。その顔を見て僕はやっぱり綺麗だなと思う。声は鈴のように澄んでいて聞き心地が良いし、中学生とは思えないほど春華の目鼻立ちは整っている。そして辛い時にはその明るさで僕の心を別のどこかへ連れてってくれる。そんな春華の事が僕はずっと好きだった。彼女に会うためだけに僕は退院した今もこの場所へ通っている。
「そうだ!ねえ夏輝!私、外に出てもいいんだって!」
突如、春華が言った。一瞬、その言葉の意味がわからず硬直する。そんな僕を見て彼女は満足げな顔を見せる。
「最近は体の調子も悪くないし、外に出ても問題ないだろうって先生が言ってたんだ。だから…」
そう言って春華は不敵な笑みを浮かべる。
「私を外に連れてって!」
小さな傘の中、肩が触れる。念願の外に出た事で、いつもより元気な春華とは正反対に、僕は緊張で上手く喋る事すらできなかった。そんな僕の様子が気になるのか、彼女は細い眉を下げて僕を見る。
「なんか、元気ないね。どうしたの?」
「なんでもないよ!ただ、せっかくの外なのに雪しか見せられないな、と思って。」
春華は少し考える素振りを見せた後、言った。
「じゃあ、雪を止めよう。」
あまりに突拍子のない言葉に僕は面食らう。そんな僕に気付いているのかいないのか、彼女は続ける。
「この雪って黄金町だけに降ってるんだよね?じゃあ、黄金町に雪の原因があるはず。町を歩くついでにそれを解決できれば、私たち夏を取り戻したヒーローだね」
できるわけない。いつもの僕なら笑ってそう言った。だけど、この話しをする彼女があまりに楽しそうだったから、言えなかった。今はただ、この夢物語を見せてあげたい、と思ってしまった。
「やろう。僕たちでヒーローになろう。」
彼女は一瞬、キョトンとした顔をして、すぐに嬉しそうに笑った。僕は単純なのだろうか。この笑顔を見るだけで胸が高鳴る。春華に、雪解けを見せてあげたい。春華が見たくても見れなかった外の景色に触れさせてあげたい。僕たちは降りしきる雪の中、歩き続けた。
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