「ところで、町のどこに行くか決めてるの?」
僕の言葉に春華はキョトンとした顔をする。
「私は今までほとんど病室で過ごしたんだよ?行くあてなんてあるわけないじゃん。」
僕は言葉を失う。あまりにも無鉄砲な行動に空いた口が塞がらない。
「行きたい所を全部見て、その過程で解決するのが私の計画だよ。ということでまずは学校!」
楽しそうに笑う彼女を見て、僕は呆れを忘れる。無鉄砲でもなんでも、それが春華らしさだ。僕たちは学校へと向かっていく。
「わぁー、懐かしい、木の香り。」
春華は教室に入るとすぐにそう言った。ここは黄金町立向日葵中学校。僕たちの学校だ。まだ一面、向日葵畑だった頃に建てられたこの校舎は古い木造建築で、戦争以前から残っているため長い歴史がある。長い時間の中で残された、先人たちの痕跡を指でなぞり、春華はうっとりとした表情を見せる。教室の中を一通り確認した後、春華は机へと向かう。
「ねー夏輝!どれが私の席?」
僕は無邪気に笑う彼女の方へ向かうと、一つの机を指差した。最後列、窓際、僕の席の隣を。2人で席に腰掛ける。窓の外を眺める春華につい視線を向けてしまう。その視線に気づいた彼女がこちらに振り向き目が合う。そうしてから少しはにかむ。
「夏輝、お願いがあるんだけど。一回でいいから授業してくれない?ほとんど受けれなかったからさ。」
そんな事言われたら、断れるわけがない。僕は静かに教卓に立つ。
「では、授業を始めます。春華さん、号令お願いします。」
春華はそそくさと立ち上がり、椅子を机の下に入れる。それから少し照れくさそうに号令をかけた。彼女の持つ、鈴の音色のような声は静かな教室内によく響いた。その事を褒めるとやはり彼女は照れくさそうにして席につく。僕は春華に背を向けると黒板に数式を書き始める。中学校三年生で学ぶ、簡単な公式を利用する問題だ。しかしほとんど学校に来ていない彼女にはいささか難しいようで、始めは頭を悩ませていたが、だんだん飽きてきたのか長い黒髪を指でイジり始めた。僕がそんな彼女の隣に立つと彼女は少し申し訳なさそうに上目遣いで言った。
「先生、解き方教えてー……」
「始めからそのつもりだったよ。」
僕は僕の椅子を机に寄せるとそこに座る。開かれたノートには頑張って計算した跡が残っていて、彼女の努力が垣間見えた。僕は彼女の計算の横に回答を書いて解説する。僕の説明に春華の表情はコロコロ変わる。最後にはゲンナリとした彼女を見て、僕は笑いを堪える。もしも彼女が健康体だったなら、こんなふうに日々を過ごしていたのかもしれない。もし、彼女の体が良くなったら、これからこんなふうに過ごしていきたい。ふと、そう思った。文房具を片付けると、春華は大きく伸びをした。そうして立ち上がると教卓の方へ向かった。
「さっきも気になったんだけど、このガラスって何?」
そう言うと、彼女は透明なガラスの容器を手に取った。
「ああ、それは向日葵を入れてた花瓶だよ。前まではそこに綺麗な向日葵が咲いてたんだけど、この異常気象で枯れちゃったんだよね。」
「そうなんだ……見たかったな。」
春華はそう呟くと寂しそうな顔をする。僕は春華の方へ近づき花瓶を受け取る。
「次行く所決まってないならさ、花屋に行って、向日葵の代わりの花を探さない?」
僕の提案に春華の顔が明るくなる。そうして勢いよく頷くと僕の手を掴む。
「名案だ!行こう!新しい花を買って来ようよ!」
たぶん今の僕の顔はすごいことになっている気がする。幸いにも春華は僕の手をすぐに離してくれた。夢のような時間だったが、あまり浮かれてはいられない。幸せそうな春華の邪魔をしないよう、僕は教室から出る。彼女はすでに昇降口へと向かっていて背中しか見えない。僕は彼女の背中を追っていく。
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