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トワイライトの魂――――否、天馬廻の魂は、肉体を失った後、とある空間に保管されていた。
神のイタズラか、はたまたそのような運命の下に生れたのか、それは誰にも理解できなかったが、天馬廻の魂は、天国でも地獄でもない、彼岸と呼ばれる場所には、送られることはなかったのだ。
何ものかの干渉によって、彼女の魂は縛られてしまっていた。
その事により、再び、双子の姉である天馬巡と再会することとなるのだが、彼女は、何ものかが干渉した彼女をすぐに妹と認知することも、それ以前として、彼女の存在を忘れてしまっていたのだ。
『可哀相に、まだ小さいのに』
『……』
天馬廻が交通事故によって亡くなった後、目覚めたら不思議な空間に飛ばされていた。勿論、その肉体は滅びていたため、魂が生前の形をとるような姿で、そこにいた。まだ、物心がついていない時期だったこともあり、目の前に現われた顔の見えない、女神のような存在を前にしても、廻は何も言えずにいた。
ただ、その女神が自分を見ているというのだけは理解していた。それはもう美しく、言葉では到底表すことの出来ない姿だったのを覚えている。口にしてはいけない。そんな強迫観念を抱くような、表すのもおこがましい存在だったのだ。
『ああ、言葉が分からないのですね。可哀相に』
『……』
言葉は理解できずとも、自分を哀れんでいると、廻は瞬時に察した。小さな廻でもそれぐらいは分かったのだ。目の前の女神は、自分が死んだことを哀しんでいると。だが、それは仕方のないことだというようにも見えた。
女神は言う。
穢れ無き魂をこのままにして置くわけにはいかないと。
曰く、女神は、廻の魂を別の所に移したいというのだ。美しい魂故に、可哀相な片割れ故に。
廻は全く理解できなかったが、自分がこの女神の手の内にあると言うことを、自分の運命はこの女神によって決まると言うことだけ、理解した。それ以上理解する必要が無かったのだ。
真っ白な部屋。何も汚れのない部屋が、自分の穢れ無き魂を表しているようにも思えたと。後の彼女は思った。白い空間には無数の白い立方体が浮いていたとか。だが、それらに触れることは出来なかったと。
『貴方は、まだ消えたくないでしょ?』
『……』
『大丈夫。私がどうにかしてあげますからね。だから、私の言うことを聞いて?』
ね? と優しく言った女神は、悪魔のようにも思えたとか。
またこれも、後の彼女が気づいたことだが、この時の女神と、現在エトワール達の世界で信仰されている女神はまた違う物だというのだ。
女神は複数存在すると。幾つもの世界があるようにまた、女神もその数存在すると。そして、女神や神はそれらの世界を傍観していると。
それから、そんな顔の見えない女神に教えられ、魂は成長していった。肉体がないため、魂に、死ななければそう歩んできただろう時を刻ませた。決して廻の魂は、止ることはなかった。そのまま保管されるのではなく、絶えず時を刻んでいった。
だからこそ、今の廻がいる。トワイライトがいるのだ。
そうして、ようやく女神からの教育が終われば、廻は女神にとある世界の人間が、廻を必要としていると言われた。廻は、世界を知らなかった。この白い空間で、時間という物を忘れ、世界と人と関わる事など忘れ生きてきた。なのにもかかわらず、自分を必要とする人間がいるのだろうかと。
女神としか会話をしてこなかった。その女神さえも、自分には到底敵わないような存在で、会話することもおこがましいような存在で。廻は、何もない空間で孤独を感じていた。悲しいという感情が自分にも合ったのだと。女神に教育される過程で、心という物を構築していった。穢れもない、何も知らない。人が生きる世界なんてとっくに忘れたはずなのに、廻は悲しいと、寂しいと思ったのだ。
『廻、貴方は愛される人間です。そして、貴方を呼んでいる人間達は、貴方を愛してくれる人間です』
『はい、女神様』
『いいこと? 貴方は今のように振る舞うのです。愛らしく、無垢で愛らしい少女のまま……』
そう言って、女神はフッと微笑んだ。
顔が見えないから分からないが、廻にはそう思えたのだ。笑ったと。
慈愛に満ちた笑顔を。だが、この世のものではないから、何処か恐怖を感じると。
廻は従順だった。女神に言われたとおり人の声に応じた。とある世界への転生が決まった。女神の手の上で転がされているような、人生ゲームの駒のような生活だった。それは、今でも続いているのではないかと。
女神の声が、存在すらも忘れていっているが、まだ自分はあの女神の玩具なのではないかと、廻は思っている。
『最後に』
と、女神は言う。
廻は、光に包まれる前、後ろを振返った。
女神の顔は相変わらず見え無かったが、楽しそうに笑っているように思えた。
(最後まで分からなかった……)
彼女は、彼岸にいくはずだった自分の魂を隔離して教育を施した。その理由が。ただの気まぐれで、お遊戯のような物だったかも知れないけれど。それでも、廻は、彼女を少しだけ信仰していたのかも知れない。
『何でしょうか。女神様』
『貴方が今からいく世界には、貴方が会いたかった貴方の姉がいるわ』
『……私の、お姉ちゃん』
『そう、貴方の姉よ。フフ……運命の再会って奴ね』
そう女神は言うが、きっと仕込んでいたのだろう。此の世界に姉がきたから、呼ばれたなんて言われて、自分をその世界に行くようにと……
本当に、分からないと廻は思いながらも、姉がいるという世界に少しだけ、心を弾ませて向かった。
そこからは、知っての通りだ。
トワイライトという名前の聖女として、エトワール達が転生した世界に同じく転生し、そこで、彼女と再会した。
エトワールは、全くトワイライトの事を覚えておらず、まして、自分に妹がいたことさえも忘れているようだった。少し肩を落としつつも、当然のことだと、トワイライトは思った。だって、自分も物心つく前に死んでしまったのだから。でも、女神に幾度となく姉の話をされて、会ってみたいという気持ちが膨らんでいた。そして、姉が苦しい目に遭っていると言うことを聞いて、いてもたってもいられなかったのだ。
彼女の力になりたい。彼女の側にいたい。彼女を愛してあげたい。
そんな、女神に育てられたからこその愛か、それとも、血というこい断ち切れない運命に則ってか、トワイライトは、すぐにエトワールを好きになった。天馬巡だったときの彼女も含めて、トワイライトは全部を知っていた。勿論、エトワールが天馬巡と言うことも。
だからこそ、この世界でも偽物と言って邪険に扱われ、苦しい顔をしているエトワールを放っておけなかったのだ。何故、偽物だといって罵倒するのか。そんな扱いをするのか、トワイライトは理解できなかった。差別という物、選民思想という物。様々な人間の欲の部分、持っている悪の部分を見て失望した。
だから、トワイライトは、そんないきにくい世を変えて、姉であるエトワールを救いたかった。彼女が幸せな世界を作りたかったのだ。
混沌によってその考えがねじ曲げられて、欲塗れの偽りの幸せの世界を作るほどには。
「……トワイライト」
「お姉様、ごめんなさい」
全てを話し終えた、トワイライトに、私は何も言えなかった。
ありがとうとか、よく頑張ったね、と言えればよかったのに、口が開かなかったのだ。どうしてか、分からないけれど。
スケールの違いというか、彼女の背負ってきたものが、自分の想像を遥かに超えたからだろうけれど、受け止めきれない部分もあった。
まあ、全ては、混沌が悪い。の一言で尽きるのかも知れないけれど。それでも、トワイライトに頑張ったね。なんていう一言ですまされないような気がして。私は、かける言葉に迷っていた。
話してくれたような、白い空間でうずくまるトワイライトを見て、私は抱きしめることしか出来なかった。冷たかった彼女の体温が戻ってくるように、だんだんとその熱を取り戻していき、彼女の濁った瞳に光が戻ってくる。
ようやく、混沌の洗脳が解けたのかと私はほっと一安心をする。
「エトワール」
「リースも、ありがとう」
階段がなくなったことで、下に降りてきたリースは私の名前を呼んだ。この空気を壊してけないと思ったのか、私の後ろで突っ立っている状態だ。いつもなら、空気を読まないのに、何て滅茶苦茶失礼なことを思ったけれど、さすがのリースも考えるかと思ったのだ。
まあ、問題はそこじゃなくて。
「トワイライト……ううん、廻」
「何、お姉ちゃん」
廻なのか、トワイライトのなのか分からなかったけど、自分の妹と言うことだけは理解できた。そうして、綺麗で無垢な瞳で私を見上げる彼女は、愛らしく、守ってあげたくなる存在だった。彼女は何でも持っている。けれど、私からの愛は貰えていない。その事実だけが、重くのしかかるようだった。
「取り敢えず、言わせて。ありがとう。私のこと、ずっと見ていてくれて。そして、私のこと愛してくれて」
「はい」
「知らなかった。家族のこと、自分はずっとただ愛されていないだけだと思っていたけど、両親に愛せない理由があったって事」
「でも、それはお姉ちゃんが悪いわけじゃ」
「うん、そうだけど。アンタのこともっと聞けばよかった。私も、話すことを諦めていたから」
そうだ、私も諦めていたのだ。
諦めてしまった。愛されること、歩み寄ることを――――