コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第3話:おもちゃの蔵
町内会倉庫の奥にあるプレゼント置き場は、「おもちゃの蔵」と呼ばれている。
壁一面に並ぶ段ボール箱には、子どもたちの名前と希望品が貼られていた。
ママさんバイヤーの紗季(さき)は、その中で一枚の申込書を手にしていた。
「お父さんとお母さんが笑っているところが見たい」
筆圧の強い文字。書いたのは、自分の息子・陽翔(はると)だった。
離婚してもう半年、週末だけしか会っていない。
肩まで伸ばした髪をひとつに結び、アイボリーのマフラーを巻いた紗季は、
静かにその紙を折りたたんだ。
同僚のバイヤー、真紀が声をかけた。
「紗季さん、顔色悪いよ。コーヒーいる?」
真紀はショートカットで快活な雰囲気。リストを手に、袋詰めの確認をしている。
「……大丈夫。ただ、どうしたら“笑ってるところ”を渡せるのかなって」
「写真、撮らせてもらえばいいじゃない。親子さんたちに頼んでみるの」
その案が、妙に心に残った。
数日後、紗季は町内の家々を回った。
小さな子どもたちが照れながら笑い、親たちは少しぎこちなくもカメラに笑顔を向ける。
「いい笑顔です」シャッターの音が続くたびに、彼女の胸の奥が温まっていった。
夜。倉庫に戻ると、別の申込書があった。
「おばあちゃんの手紙が欲しい」
書いた子の祖母はすでに亡くなっていたと聞き、
真紀がペンを取り出して言った。
「……私が書くよ。おばあちゃんになりきって」
紙に、震えるような文字が並ぶ。
“あなたの笑顔を、遠くから見ています。ちゃんとサンタさんも見てますよ”
紗季はそれを読んで、小さく息をのんだ。
倉庫の奥では、ラッピングペーパーがさらりと鳴る。
外の風に混じって、どこかでドローンの羽音がかすかに響いていた。