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#男主人公
パラレル・ゲーマー
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卒業後、優那はメガバンクの三神銀行に入社し、御曹司の丈司と付き合い始めた。
三神丈司は分かりやすい〝成功者〟だ。
目鼻立ちがくっきりした甘いマスクに、高価なオーダースーツ。
乗っているのは赤いスポーツカーで、クルーズ船やセスナの免許を持っていると言っても驚かない。
その頃の優那は、社会現象にもなった女性歌手に影響を受け、ワンレングスのロングヘアをシャギーカットにし、サラリとなびかせていた。
厚底ブーツにミニ丈のスカートを穿き、ロングニットを羽織って闊歩する姿は、都会にいる女性の中でも上位にいる〝勝者〟だ。
そんな優那を連れて歩く三神は、さぞ気分が良かっただろう。
――こんな男、裏があるに決まっている。
大学生時代より苛立ってしまうのは、三神が勝ち組の色男だからだろうか。
私は優那に【あけましておめでとう】のメッセージすら忘れられる年もある。
気配を殺して優那の家を見張っていると、数日帰らないと思ったらスーツケースを引きずって三神の車から降りる日もある。
やがて、彼女は【とっても嬉しい事がありました!】と一斉送信のメールを送ってきた。
それを見た瞬間、私は直感した。
――結婚するのか。
知った瞬間、落胆を覚えた自分に思わず笑ってしまった。
優那に選ばれたいなど、思ってはいけなかったのに――。
諦めていたはずだったのに――。
『なのにこんな……』
私は静かに涙を流し、行きつけのバーの片隅で小さく肩を震わせた。
そのまま、彼女は三神と結婚するものと思っていた。
が、ある日、優那は死をほのめかすような一斉送信メールを送ってきた。
嫌な予感がして三神の個人サイトを見てみると、【婚約しました!】と優那ではない女性と揃いの指輪を見せびらかしている投稿をしていた。
――あぁ……。
残酷な現実を目の当たりにし、私は何とも言えない感覚を抱いた。
光り輝く優那は勝者だと思っていたのに、彼女はそれより大きな存在の前であえなく敗北した。
手の届かないところにいた女神は、撃ち落とされて地に落ちてきたのだ。
――彼女も、負けたのか。
――期待したのに裏切られ、欲したものを得られず、絶望したのか。
『くっ……』と声を漏らした私は、笑ったのだろうか?
私は己の感情を理解できないまま、今頃絶望しているだろう優那を想う。
――ここで優しく手を差し伸べたら、彼女は私の腕の中へ堕ちてきてくれるだろうか。
甘く苦い夢を抱きながら、私は優那になんと声をかけるべきか考え、新しい煙草に火を点けた。
しかし私が優那にメールを送る前に、彼女から連絡があった。
【お久しぶりです。都合のいい時だけ連絡をしてごめんなさい。会いたいので、来てくれませんか? 今住んでいる場所は……】
優那はメールで、三田にある十九階建てのマンションの住所を書いた。
三神は他の女と結婚する。
そのマンションは三神に買い与えられたものだろうが、恐らく『愛人としてここに住め』とでも言われたのだろうか。
久しぶりに女神から呼び出しを受けた私は、妙な高揚感を抱いて出かける支度をした。
時は四月下旬。
桜の開花宣言がされ、各箇所で次々に蕾が綻んでいる時期だ。
(会ったら何を話そう)
今の彼女の美しさは知っているが、優那からすれば高校卒業ぶりなので『綺麗になったね』と言うほうが自然だろうか。
そんな事を考えながら電車を乗り継ぎ移動していたが、本当の意味での〝最近〟の彼女を見ていないと気づいた。
優那が住んでいる三田のマンションの場所は分かっているし、そこも定期的にチェックしている。
だが三神は以前のようにマンションに立ち寄らず、当たり前だが婚約者ばかり相手にしている。
――あの豪華なマンションで、優那は一人で何を思っているだろう。
――悲嘆に暮れているだろうから、思いきり優しくしてあげなければ。
――今の優那には、頼る人が私しかいないのだから――。
そう思ってマンションを訪れたのだが――。
優那に教えられた場所を探ると鍵があった。
どうして彼女が迎えないのか疑問に思った私は、『もしかしたら合鍵をくれるのかもしれない』と浮かれた事を考えた。
しかしチャイムを押しても一向に家の中に人の気配がしないのを感じ不安を抱く。
(出かけるから、先に中に入っていろという意味だったんだろうか)
私は鍵を使い、『お邪魔します』と言って遠慮がちに家に上がった。
その時――、部屋の奥からは赤ん坊の泣き声が聞こえた。
――まさか。
一瞬にして浮かれていた気持ちはなくなり、あらゆる〝嫌な予感〟が何通りも脳裏を駆け巡る。
そして――。
『そんな……』
リビングに入って臭気がすると思ったら、グレーのスウェット姿の優那が、ドアノブにロープを掛けて首を吊っていた。
慌てて駆け寄って息があるか確かめようとしたが、冷たい首筋に触れた瞬間、手を引っ込める。
――嘘だ。
――優那が死ぬなんて……。
私は数歩離れたところで立ち尽くし、優那だったモノを見つめる。
彼女はいつも輝くような笑みを浮かべる、いい匂いのする美女だった。
部屋着姿を見た事もあったが、そのまま外出してもおかしくないぐらい、お洒落な服を身に纏っていた。
だから流行のスポーツメーカーとはいえ、優那が地味なグレーのスウェット上下を着ているのは意外だった。
髪も数日洗っていなかったのか、脂っぽく束になって顔にかかっている。
呆然と優那を見ている私の耳に、絶え間なく赤ん坊の泣き声が届く。
まるで夏場の蝉だ。容赦なく耳に飛び込み、自身の声を聞けと主張してくる。
私はその声に導かれるように、緩慢な足取りで別室に向かった。
マンションはとても高級で、ソファや大型テレビなどは最新式の高価な物ばかりなのに、生活感がない。
赤ん坊が寝かされている部屋も、段ボールや紙おむつが積み重なっている他は、ほぼ何もないと言っていい。
そんな部屋の中央で生きるために必死に声を上げている子は、つぶらな目に大粒の涙を浮かべていた。
母を求めているのか、乳を求めているのか、おむつが濡れているのか、体調が悪いのか。
『……分からない……』
――優那、あなたの考えている事がまったく分からない。
かつて長瀬が言っていたように、あなたは私を弄んでいただけだったんだろうか。
あなたを盲信していたつもりだったが、心のどこかでは『いいように使われているだけだ』と思っている自分もいた。
けれど自分の行動を疑えば、これまで私が選んできた道が間違えていた事になる。
――間違えたくない。
いつからか私は、祖父母からも両親からも、諦めた目で見られるようになっていた。
祖父は自力で会社を興した才気溢れる人で、父もスパルタ教育を受けてがむしゃらに勉強し、働いてきた人だ。
なのに私はノラリクラリと嫌な事を避けて生き、気がつけば誰からも褒められない人生を送るようになっていた。
両親の説教を聞くふりをするのも得意になり、彼らはそんな私に期待しなくなる。
人から無関心な目を向けられるのが怖くなった私は、いつの間にか俯いて歩くようになった。
そんな私に優那だけが手を差し伸べてくれたのだ。
地に這いつくばっていた蟻のような私を、彼女は両手で優しくすくい上げて人間扱いし、私に頼み事をし、頼ってくれた。
彼女がいなければ、今の私はいない。
『……あなたがいなくなったら、どうやって生きていけばいいんだ……』
たとえ愛されなくても、優那が生きていれば『頑張ろう』と思えたのに――。
絶望のあまり、ガンガンと頭が痛む。
激しい目眩を覚えていた時、チェストの上に〝瀧沢庸一さま〟と宛名の書かれた白い封筒を見つけた。
私は赤ん坊が泣くなか封筒を開き、手紙を読んでいく。
コメント
1件
読了しました……。重かったです。優那の“勝者”だった姿と、グレーのスウェットで首を吊る現実のギャップが胸に刺さりました。赤ん坊の泣き声だけが響く無機質な部屋の描写が、彼女の孤独を物語ってて苦しい。それでも「頼る人が私しかいない」と思って駆け付けた主人公の心情にも、切なさが滲んでました。手紙の内容、次が気になります……。