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#男主人公
パラレル・ゲーマー
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【瀧沢庸一さま。あなたがこの手紙を読んでいる頃、私はこの世にいないでしょう。もしも私の息があるうちにマンションに着いたとしても、放置して死なせてください。高校時代から、あなたには我が儘ばかり言ってしまいました。瀧沢くんが私の頼みを断らないのをいい事に、私はどんどん願い事をエスカレートさせてしまった。都合のいい扱いをしてきたのに、瀧沢くんは一度も文句を言わなかった。その根底にあるのは私への好意だと分かっていたのに、私はあなたの気持ちに応える事もしなかった。本当にごめんなさい】
今になって、私はようやく優那の想いを知る。
【今になって分かる。本当の意味で幸せになりたかったら、あなたのように何があっても私を求め、信じてくれる人を選べば良かった。でも私は自分に価値があると思いたくて、太陽のように光り輝く人に手を伸ばしてしまった。相手は三神銀行の頭取の息子、三神丈司。結婚できると思っていたら――、結局、遊ばれていただけだと分かりました。気がついた時には子供を堕ろせない時期になって、彼が別の女性と婚約発表をしたあと、私が得たのはこのマンションと月々送られてくるお金だけ……】
この手紙が優那の本音である事はすぐに分かった。
彼女はもう誰にも見栄を張る必要がないと思ったのだろう。
医者の家系に生まれて家族の期待に応えられなかった優那は、自分が医者となって名声を得る代わりに、三神に愛される事で人々に認められようとした。
――が、それの夢も淡く消えてしまったのだ。
【やっと真実の愛を見つけられたと思ったのに、あっけなく裏切られてしまいました。親とはこの子の事で大喧嘩したし、丈司が父になってくれないなら、この子を愛していける自信がない。毎日毎日この子に泣かれ続け、疲れ果ててしまいました。……だからお願い。これで最後のお願いにします。この子を、十二月二十四日生まれの樹を、あなたの子として育ててください。せめて、私と同じ二十六歳になるまでは見届けてくれたらと思います。瀧沢くんには私の預金全額と、丈司から送られてきたお金をすべてあげます。だからお願いします。私ができない分、あなたが樹を愛してあげて】
手紙を読み終えた私は、泣いている赤ん坊を見る。
この子が三神丈司の子供で、優那を死に追いやった原因だと思うと、ふつふつと憎しみがこみ上げる。
――が、私はどこまでも、優那の愛の奴隷だった。
赤ん坊は首を支えなければいけないという事だけは知っていたから、慎重に手で後頭部を支え、抱っこしてみる。
すると、ダンベルほどの重みの中に、命が宿っているのを感じた。
私の大切な優那が腹を痛め、この世に生み出した命が――。
『う……っ、うぅ……っ』
彼の存在をどう捉えたらいいか分からない。
優那を苦しめた元凶でもあり、彼女を死に追いやった男の血を引いている樹を、私だって愛していける自信がない。
――優那は最期に私にとんでもない頼みをして、勝ち逃げしたのだ。
『……樹……』
私は彼の名前を呼び、慣れないながらもあやしてみる。
すると、樹は泣きやんで笑顔になった。
作り物のように小さな手がにぎにぎと動いているのを見ていると、名状しがたい感情を抱く。
――私がいま両腕に抱いているのは、命だ。
――人道的に考えて、一番大切にすべきはこの子をきちんと育てる事。
――樹をどう思うかは個人的な感情だ。私はまずこの子を守って育てていかなければならない。
〝優那のために生きる〟という目的を失ったあと、私の目的は〝樹を愛し育てる〟に切り替えられた。
自分が健全な感覚で樹を育てられると思えない。
けれど、クズなりに頑張って優那の頼みを遂行してみせよう。
『……行こうか、樹』
私は樹に話しかけ、一度彼をベビーベッドに戻す。
そしてリュックのように体に装着するタイプのおんぶ紐を見つけ、慣れないながらも装着してサイズを調節する。
それから室内にあった哺乳瓶や粉ミルクなど、必要な物を優那のバッグに入れ、その中に金も突っ込み、樹を抱っこしたあと持てるだけ紙おむつを持つ。
最後に私は、優那の前に立ってしばし黙祷する。
『……確かに、あなたからバトンを受け取りました』
私は静かに言ったあと、振り返らずに優那の家を出て、一人暮らししている自分のマンションへ向かった。
あまりに突然の事すぎて、ろくに思考が回らない。
これが連れ去りで罪を問われるであろう事も、非嫡出子として生まれた樹が本来なら施設で育てられるべき事も、分かっているようでいながら全力で否定した。
――この子は、私が育てるんだ。
これが親にバレたら、また何か言われ、酷く叱られるだろう。
バレないように育てていく方法を考えなくては。
万が一知られてしまった時は、私が女性を妊娠させてしまった事にすればいい。
その女性――仮名・カナコは子供を産んだあと、私のところへ来て子を置き去りにした。
【あなたの子供です】とメモに書かれていたなら、私も育てざるを得なくなる。
カナコとは仕事がうまくいかなかった時に深酒して出会い、私の家で関係を結んだ。
ゆえにカナコは私の家を知っている事にした。
私の子が行方不明になった北條樹と同じ名前であれば、すぐに疑われてしまうので、彼の事は冬夜と呼ぶ事にした。
私にとって優那は、北天の中心に位置する北極星(ポラリス)のような存在だった。
優那は誰に対しても明るく分け隔てない女神のような存在だったが、私だけが知る孤独と苦悩を抱えている。
心の底で欲している親の愛と期待を得られない彼女は、周囲の人たちに愛され、みんなの中心になる事で一際輝いていた。
だから私は、いっそう彼女を北極星だと思っていたのだ。
クリスマスイブに一人で樹を出産したあと、優那は泣き止まない子供をあやしながら、冬の空を見上げていたに違いない。
(……よし)
私は頭の中で〝理由〟を考えながら、冬夜を自分の子供にする算段を立てていく。
親がDNA鑑定を勧めてきても、『どんな形であれ私の子だ。疑いたくない』と言い張って、愛情深い父親のふりをすればいい。
今後、いっさいDNA鑑定はしないし、周囲に勧められても応じない。
私は片手に重たい荷物を持ち、片手で慎重に冬夜の後頭部を支えて歩いて行く。
通りを歩く人たちは、私をただの〝子育てパパ〟としか見ていないようだ。
そもそも、東京の人は他人にさほど注意を払わないし、生活感のある荷物を持った私を連れ去りの犯人と思わないだろう。
加えて、私は陰気ななりをしているが、生まれてこの方職質を受けた事はない。
誰かを害するようなタイプに見られない事が、今は味方してくれている。
(家に帰ったら育児書を買いに行かなくては。それから同じ粉ミルクや紙おむつのストックも買って、ミルクの作り方を練習する)
私は頭の中でこれからすべき事を考えながら、自宅へと歩を進めた。
育児は未知と苦難の連続だった。
子が泣きやまない事で優那がノイローゼ気味になったのも分かるし、意思疎通のできない彼が、何を望んでいるか分からない事が一番つらい。
私はトライアンドエラーを繰り返し、育児書を頼り、必死に冬夜を育てていく。
冬夜のために働かなくてはならないので、最初はベビーシッターを雇うために電話帳を捲り、方々電話を掛けまくった。
ようやく連絡のついた女性は五十代の人の良さそうな女性で、私が家に帰る頃には私の分まで作り置きの食事を用意してくれていた。
彼女から子育てのいろはを教わった私は、平日夜や、土日祝日は冬夜にかかりっきりになる。
助かったのは、ベビーシッターが緊急時に電話対応もしてくれた事だ。
コメント
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第35話、読み終えたわ……。優那からの手紙、重すぎるな。自分の幸せを選べなかった後悔と、庸一への想いを綴った最後の頼みが切なくて胸が詰まった。特に「クズなりに頑張って優那の頼みを遂行する」って覚悟と、樹を抱いた時の「名状しがたい感情」の描写が生々しくてグッときたわ。育児のリアルな苦労も丁寧に描かれてて、庸一の孤独な奮闘が目に浮かぶ。次が気になる!