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そうか。
さっきから肌の奥をちりちりと撫でていた嫌な気配の正体は、こいつだったらしい。
視界の先で、逆立った羽毛が風に揺れる。灰色がかったそれは硬質で、光を鈍く弾いていた。妙に尖った輪郭。やけに主張の強いトサカ。ああ、サブの頭を思い出す。似ている。だからか、無性に腹が立つ。
だが――
苛立ちとは別の感情が、ゆっくりと腹の奥から込み上げてくる。
うまそうだ。
視線は自然と脚へ落ちる。地面を掴む後脚。太く、長く、筋が浮いている。無駄な脂肪はないが、痩せ細ってもいない。野生で獲物を追い、跳び、蹴り砕いてきた肉だ。あの盛り上がりの内側に、どれだけの繊維が詰まっているのか想像するだけで、口内に唾が溜まっていく。
鶏肉がまずいはずがない。
あれだけ人に食われ続けてきた生き物だ。理屈ではなく、歴史が証明している。
ならば、目の前のあいつも同じだろう。いや、むしろ違う環境で生き抜いた分だけ、味は濃いに決まっている。硬いだけではない。噛めば噛むほど旨味が滲み出る、そういう肉だ。
あれを担いで帰れば、リンは眉をひそめながらも結局は笑う。
「また無茶して」と言いながら、火加減を見てくれるだろう。
ソウはどうだ。目を輝かせて、串を握りしめ、口の周りを脂だらけにするに違いない。
想像しただけで、腹が鳴りそうになる。
よし、狩る理由は十分だ。
「――宿れ、フライバエ」
背骨の奥がじわりと熱を帯びる。内側から押し広げられる感覚。骨が軋み、筋肉が引き伸ばされ、皮膚を裂く寸前で止まる。その圧力の中から、二枚の羽が展開する。
空気が震えた。
羽ばたいていない。ただ振動しているだけだ。それでも周囲の空気がざわつき、砂塵が細かく跳ねる。振動が背中から肩へ、腕へと伝わってくる。身体が軽くなる。
目の前の獲物を観察する。
前肢は広い。だが薄い。羽ばたくための厚みが足りない。あれは滑空用だ。高所から飛び降り、距離を稼ぐための構造。本格的に空を制するための翼ではない。
つまり、あいつは地上の生き物だ。
どれだけ跳べても、最後は落ちる。
飛べない鳥は、いずれ地に伏す。
そして地に伏した鳥は、食材になる。
今日は焼鳥だな、と腹の底で笑った、その瞬間だった。
地面が爆ぜる。
大地の翼が跳んだ。
爆発的な脚力。踏み込んだ地面が砕け、土と石が噴き上がる。巨体が一瞬で視界から消え、反射的に顔を上げる。
高いな、想像より、ずっと高い。
滑空用? 違う。あの脚力があれば、話は別だ。
「旦那ぁ!反応はやすぎますって!てかなんなんスかあの化け物!」
横でサブが叫ぶ。声が上擦っている。
だが俺の目は、落下軌道を追っていた。
「んー、焼鳥だな。じゅる。」
本音だった。
「マジで言ってる場合じゃないッス!」
空中で前肢が広がる。滑空姿勢。影が地面を走る。落ちてくる。
……違う。
狙いは俺じゃない。
サブだ。
「おい、サブ!援護!」
「了解ッス!宿れ――槍虫!」
横目で見る。
サブの右腕が変質していく。皮膚が茶黒く硬化し、細く伸び、鋭利な槍へと形を変える。あいつ、あんな精度で制御できたか。
大地の翼は俺を無視し、一直線にサブへ降下する。
判断は正しい。
強い方より、隙のある方を狙う。
だが、それは視線が固定されるということだ。
サブが槍を地面に突き立て、身体を軸に回転する。遠心力で軌道を逸らす。巨体が地面を抉り、衝撃が足元に伝わる。
黄色い瞳が細まり、怒りを滲ませてサブを睨む。
いい。
完全に意識が向いた。
羽の振動を一段引き上げる。空気が唸り、耳鳴りのような低音が響く。踏み込み、距離を潰す。
「目ぇ、いただくぞ!」
振動羽を叩き込む。
柔らかい感触。弾ける音。温かい飛沫。
片眼が潰れる。
巨体が暴れる。後脚が振り上がる。速い。だが視界は半分だ。
「旦那!」
サブの槍が腱を貫く。
体勢が崩れる、ここだ。
滑り込み、狙いを定める。
「太腿、いただき!」
振動を収束させる。刃のように圧縮し、横薙ぎに振るう。骨に当たる重い手応え。圧を込め、断ち切る。
巨体が地に倒れる。土煙がゆっくりと沈む。
しばらく動かない。
静寂が戻る。
……勝った。
そして、これは――上物だ。
だが、こんな奴はこの村付近では見たこともないな。少し不審な点が多い。もう少し、この辺を散策してもいいかもな。また、でけえ食材にありつけるかもしれねえ。