テラーノベル
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「……だめ。私、普通でいないといけないの……」
麗華の手から、そっと指を引き抜いた。
「普通? え、普通って何?」
「……そんなの。みんなと同じことして、友達が居て、クラスに馴染む。それが普通……、なんだよね?」
「それは文が思ってること? ……それとも、誰かが言ってたことなの?」
お母さんが言っていたことだけど、まだ親離れ出来てないと思われるのが恥ずかしくて、言えない。
だから。
「私が思ってることだよ」
そう、ウソをついた。
友達や親につくウソは罪悪感とかなかったのに、麗華に対してはズンっと重いものが、のしかかってくる。
やっぱり私にとって麗華は、特別な人なんだと思い知らされてくる。
「……だけどさ、私、推しとか、よく分からないし。SNSとかも何が楽しいのかって感じで、同じノリにはなれないんだよね。どうして私は、みんなと同じ感性になれないんだろう。普通じゃないのだろうって、いつも思っててさ。私、どっか欠落しているのかな?」
「文も普通の子だよ。みんなと違うって、そんなの人は精密な機械じゃないから、当然じゃない。周りと価値観が違うから普通じゃないって言ってたら、少数派の人全てが普通じゃないってことになるじゃない」
私は、普通の子?
じゃあ何で、ずっと一緒にいた友達は、私たちの趣味を否定していたの?
クラスの女子は私たちを見るたび、クスクスと笑っていたの?
私が変だから。そんな私と絡むと自分も同類だと思われるから、二人とも困った顔をしていたんだよね?
それはつまり、私が普通じゃないからだよね?
確かに、みんなと違っても輝いている子はいるよ。
凛としてて、自分を持っていて、カッコよくて、性格まで良い、麗華みたいな子。
だけど私は、そんな逸材にはなれない。
小説の主人公みたいに、なれはしないんだよ。
だったらせめて、普通でいさせてよ。
「もう、いいの……。私、このまま生きるって決めたんだ。周りに合わせていけばいいだけだし、余計なこと考えなかったら良いんだしさ」
そう言い切った私は、濡れたカバンや制服を入れてくれた袋を手に持ち、玄関に向かう。
これ以上、麗華に迷惑をかける訳にはいかない。
私は封鎖された箱から、飛び立つことは出来なかった。
麗華みたいには、なれないから。
「ごめん。服は明日、必ず返すから……」
麗華はその声に、何も返してくれなかった。
もう終わりだ。
そう思い、玄関で水抜きしておいてくれたローファーに足を通す。
出て行ったら、これで本当におしまい。
だからどうしてもドアノブを捻ることをためらってしまった私に、麗華は追いかけてきてくれて、一つ言葉を投げかけてきた。
「レイのグッズどうしているの?」と。
「えっ? あ、家にある、けど?」
「大切に飾ってる?」
「……えーと、なんで?」
むしろ部屋の広さとお小遣いを圧迫させている事実にイライラしていて、「あんな物どうでも良いじゃない?」と言ってしまった。
すると麗華は、表情を歪めた。
それは初めて見る、明らかに怒りを露わにした姿だった。
……え、何?
ドクンドクンと鳴る心臓に、これほど怖いことが起きていると思うのは、中学二年生の時に濡れ衣をかけられた時以来。
あまりの恐怖に、空間が歪んで見えてくる。
「文があの日持っていたグッズ。限定ものだよ? 欲しい子、他にもいたのに」
「……え?」
状況が掴めていない私は、間抜けな声を出していた。
「やっぱりだめだよ。やめないといけない。これって本当のファンに失礼なことだよ?」
「ちょっと待ってよ! な、なに、言ってんの?」
私は思わず、麗華から距離を取っていた。
だって、ホントに意味分かんないんだもん。
「文が買った分、本当に欲しい人が手に入らないという話だよ。欲しかった人からしたら、ファンが手にしたなら諦めもつくだろうけど、そんな欲しくもない人の元にいくなんて納得出来ないよ! だから、だからね。もう、やめよう。こんなこと、誰も幸せにならないよ!」
指摘されて、初めて気付いた。
そっか、私が今までしてきたことは……。
それはあまりにも正論で、反論なんて出来なくて。
だけど、それが正論であればあるほど、どんどんと苦しくなっていって。
いつも私を肯定してくれていた麗華に初めて否定されたことが苦しくて。だから、私は。
「じゃあ、どうしたら良いって言うのっ!」
理不尽に叫んでいた。
「私、小五の頃からクラスで浮いてて、本ばかり読んでたから、陰キャでダサい変な子だって言われてて! ずっと仲良かった友達とも、だんだん上手くいかなくなった! ホントの私を誰も認めてくれないんだから、普通を演じるしかないじゃないっ! ……私は、もう戻りたくないの! あの頃の私に!」
腹に抱えていたものを全て吐き出した私は、溢れてくるものが抑えられなかった。
これほど感情を揺らして叫んだのは初めてではないかと思うぐらい、私の心臓はバクンバクンと音を鳴らし、涙が止まらなかった。
「……ごめん。嫌なこと言った。そうだよね、そうするしかなかったんだよね? 辛かったんだね、分かるよ。私も……」
爪が喰い込むぐらいに握りしめている手のひらに麗華は指を挟んでくれ、私が痛くないようにって間に入れてくれる。
だけど私は跳ね除けてしまった。
そんな優しい手を。
「文……」
「分からない! 分かるはずないよっ! 自分の道を突き進んで、カッコよくて、輝いていて、自信満々で。美人の麗華に、私の気持ちなんか分からないんだよ!」
そう言い放ち、飛び出してしまった。どしゃ降りの雨が降る中を。
冷たい雨粒の感覚も分からないぐらい頭も心もぐちゃぐちゃで、どこに迎えばいいのかも分からず、暗い夜道をただ一人で駆けていた。
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