凪はぎゅっと力強くシーツを握った。後ろから激しく繰り返される律動に耐えながら、切れ切れに呼吸をする。
「うぁっ、あっ、あ゙あ゙っ……」
「ん……凄いね、凪の中。ずっと俺のこと締め付けて」
ちひろは恍惚の表情で夢中で腰を振った。もう何度目かもわからない絶頂がついそこまで押し寄せた。
散々浴室で抱いたというのにちひろの欲求は留まるところを知らなかった。
とうとう立っていられなくなった凪が、膝を折って拘束された手首だけに体重を預けるようになった頃、ようやくちひろがそれを解いて凪をベッドへ運んだ。
さほど身長差はないというのに軽々と横抱きにされた凪の体。抵抗しようにも全く力が入らなかった。
更にベッドへ着けば、もう一度両手首を拘束され、上から押さえつけられる。当てられ続けた湯にさえ体力を持っていかれ、凪はもはやちひろに好き勝手されるしかなかった。
「ああっ! いっく……イグッ……!」
ぎゅーっとシーツを握り締めたまま、大きく数回体を跳ね上がらせて凪が果てると、後口がキツくキツく閉じようと力が入る。
その快感に耐えきれず、ちひろは凪の中で欲を放った。
凪は、顔をシーツに押し付けてはーっ、はーっと真っ赤な顔をしながら息をつく。涙と唾液と鼻水で、顔面はぐちゃぐちゃだった。
「可愛い」
ちひろは繋がったまま身を屈め、凪の頭にキスをする。まだ膨張したままの竿が腹部の奥まで突き刺さり、凪は激しく痙攣した。
「あ゙……ああ゙……」
「あ、ごめんごめん。苦しいね。今抜いてあげるからね」
ちひろがふはっと笑って距離を取ると、凪の後口からゴポッと白濁液が溢れた。腿を伝い、残ったものがボタボタとシーツに落ちた。
「うわー……エロいな。凪のここ。俺のでいっぱいだね」
嬉しそうなちひろはそこに指を挿入し、中から掻き出すようにして動かした。
「あっ! やめっ……あ゙ぅっ」
「凪、敏感だなぁ。別に今エッチなことするつもりなかったんだけど」
「うぅー……」
シーツに顔を埋めて凪が泣いているのが見えた。さすがに目を丸くさせたちひろが凪の体を抱えて上を向かせた。
「ごめんね。そんなに泣かないでよ」
優しく頭を撫でるが、凪は鼻を啜って目元を腕に押し付けている。声を押し殺して泣いたまま。
「痛かった……?」
痛みには十分配慮したはずだった。快感しか与えていないはずだとちひろは不安そうに瞳を揺らした。
男としてのプライドも自信もズタズタに引き裂かれた凪は、情けないやら悔しいやらで言葉すら浮かばなかった。
何も言わない凪に軽く息を吐いたちひろは、ようやく凪の手首を解放させると、そのまま自分の腕の中に収めた。
未だに目元を腕で隠したままの凪。自分の胸板に顔を埋めさせるようにしてちひろは優しく抱きしめた。
それからゆっくり背中を撫でる。
「痛かったの? 苦しかった? それとも怖かった? 無理矢理してごめんね」
先程までの激しさとは打って変わって、甘い甘いとろけるような声で凪へと投げかける。背中に回した手は上にあがり、綺麗にパーマがかけられた髪をくしゃっと撫でた。
柔らかな髪の感触が指間に入り込む。
「髪、ちょっと傷んでるね……」
毛先をつまみ、指先でダメージを感じる。優しく擦り、抜けた色まで確認した。
「もう少し暗い色のが似合うよ」
そう言いながら、凪の頭頂部に軽くキスをした。ふわっと甘い香りがちひろの鼻腔を刺激した。これが凪の匂い、そう思っただけでまた下半身が硬く反応しそうだった。
「ねぇ、凪。俺、本当に怖がらせるつもりなかったんだよ。抱きたかったのも単なる興味本位じゃない。まぁ……最初は興味本位だったけど」
凪はまだ溢れ続ける涙をそのままに、ぐっと表情を歪ませてちひろの言葉に耳を傾けた。どんな理由があってこんな地獄に引きずり込んだのか聞いてやろうと思った。
ちひろの大きな手が滑らかな凪の肌を撫でる。女性顔負けの陶器ような肌だった。
「俺はね、凪のことが好きなんだ」
「……は?」
全く予想していなかった言葉が聞こえ、凪は低い声を漏らした。嫌がらせのようにしか思っていなかったのに、その反対の意味をもつ言葉。
「だから、怖がらせて悲しませるつもりもなかったんだよ。俺ね、凪と付き合いたい」
「無理に決まってんだろ……」
「うん。だから、先に抱いた。早く俺のモノにならないかな」
嬉しそうにふふっと笑うちひろの声が聞こえた。凪は目を見開いて瞳を揺らす。目の前には、一瞬でも柔らかな膨らみを想像した平らな胸板。
筋肉の盛り上がりが目に入り、頭は真っ白になる。
フラれて諦めるどころか、全くそんな素振りはない。むしろ、いつかは自分と付き合うことが決定してるかのような口ぶり。
どうしたらそんな思考になるのかと凪には全くもって理解できない。
「お前……なに言ってんの?」
「ん?」
「こんな酷いことして、無理矢理抱いといて、なんで自分のモノになると思ってんの……?」
「え? 何でって何で? 凪、気持ちよかったでしょ?」
「よくねぇし! 怖いって何回も!」
勢いよく顔を上げ、ぐわっと声を荒らげる。そんな凪の頬をそっと撫で上げ、ちひろは触れるだけのキスを落とした。
「次はもっと優しくする」
「次ってなんだよ……も、これ以上は……」
体が完全に悲鳴を上げていた。普段使わない関節はギシギシと軋んだように痛み、変な音を立てるし、本能はまた恐怖を思い出す。
「今日は俺が我慢できなかったからね。自分本意に抱いたことはまぁ……男として最低なことをしたと思ってる」
「男としてってより、そもそも人間としてな。背徳以外のなにものでもない、むしろ犯罪だってことを理解してくれ」
「うん。もっと凪にどうして欲しいか聞きながらできたらよかったんだけどね」
「おい、聞いてねぇな」
「なんせ凪が可愛すぎたものだから、全部堪能したくなっちゃって」
へへっとちひろは照れたようにコテンと頭をベッドに預けて無邪気な笑みを見せた。
凪は激しい目眩を覚えた。目の前の男は全く反省していないどころか、これしか方法がなかったとでも言いたげだ。更にまだ次があると信じて疑わない。
凪はどうにかこの男から逃げなくてはと考えた。しかし、腰も股関節にも激痛が走る。おそらく明日になったら筋肉痛も押し寄せる。想像しただけで生き地獄である。
「やっぱりお泊まりつけといてよかったよね。このまま仕事に行くのは辛いもんね」
ちひろが凪の頭を撫でながらそう言った。どうせ寝るなら1人で寝たかった。凪がそう思うのも当然のこと。
「お泊まりあっても辛ぇわ」
「じゃあ、明日休んじゃおう」
「予約入ってる。待ってる客がいるのにそんなわけにいかないだろ」
「……意外と真面目だ」
ちひろはしぱしぱと目を瞬かせた。まるで不思議なものを見るような目を凪に向ける。茶色の瞳は、猫のようだった。
「真面目にやってんだよ! こっちは! それを、お前が……」
凪は段々と恐怖よりも怒りが勝ってきた。なぜ初対面の男に犯された挙句、仕事の邪魔までされなきゃいけないのか。
「凪は女の子のこと、お金としか見てないと思ってたから」
「……だったらなんだよ。金としてしか見てなくても仕事は仕事だ。自分で入れた仕事は責任もってやる」
「あー……。どうしよ、好きだな。そういうの。責任感強めなやつ」
面倒くさそうに顔をしかめた凪だったが、その発言にちひろはぽわんと頬を染めてうっとりしたように艶っぽい視線を向けた。
「なっ……やめろ! そんな目で見んな! お前のことも仕事だから仕方なくっ」
「うんうん、わかってるわかってる。じゃあ、一生懸命な凪に免じて今日は寝かせてあげよう」
「っざけんな! 次とかねぇからな! SNSもブロックするから!」
「えー……悲しい。寂しい」
ちひろは切なそうにしゅんと眉を下げ、あからさまに落ち込んで見せた。
「あたりめぇだ! もう二度と会うことなんかない!」
「んー……じゃあ、今日は俺の腕の中で眠ってね」
「どうせ離さねぇんだろ、時間まで」
「うん、離さない」
呆れたように顔を歪めた凪に、満面の笑みを見せるちひろ。やはり全く響いていない様子のちひろに、凪はげんなりする他なかった。