テラーノベル
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ワックスで固められた髪、しっかりと着こなされたスーツ。 如月先生は、いつも完璧。
生徒の気持ちに寄り添って、飽きない授業を行っている。慣れすぎていて、心地が良すぎてしまう。常に完璧だと、少しでも崩れた部分を見た途端、なんとなく嫌な気持ちになる。しかしそれも愛おしかったりする。
この先生の授業を初めて受けた時から、その理由を知っていた。
左手の薬指に輝く指輪。よくもまあ、そんな恥ずかしいものをつけていられる。
信じて、愛して、一生を共に過ごす相手がいるのだ。羨ましい以前に、見えているもの、全てが異なるから、比較にもならない。
人はどうやって成長していくのか、私は誰からも教わらなかった。
壊したい。如月先生の人生のレールはとても良い方向へと繋がっているのだろう。
途中で壊して他のレールに繋げたら、先生はどんな顔をするのだろうか。
「おはようございます、お願いします。」
いつものように遅刻カードを如月先生に渡す。
流し作業の先生もいれば、体調を心配してくれる先生もいる。さあ、どっちだろうか。
「体調…大丈夫?無理しないでね本当。」
後者だった。大体予想は付いていた。如月先生が前者な訳がない。人に優しく接することで、新しい何かが生まれることを知っている。
だから見返りを求める以外でも、優しく接するメリットがある。
「ありがとうございます。」
そういうと私は自分の席に座った。
学校なんてものは、自分を偽ってどれだけ上手く人間関係を築くことができるかの賭けにすぎない。
つまらない時間を学校で過ごすより、楽しい時間を他で過ごした方が、正解だと思っていた。
きっと如月先生も、ただの先生で、必死に毎日を過ごしている人間にすぎない。そう思っていたが、日々の授業で解らされる。
「今日は〇〇があって。」
、
「昨日〇〇になったんですよね。」
、
「そういえば〇〇知ってますか?」
世間話が上手い先生だ。どうしても耳を傾けたくなる。生徒との距離感もとても上手い。生粋の話し上手。
「大丈夫?凄い難しい顔してたけど。」
私は初めて声をかけられると、何故か会話を続けた。
「全然問題わからなくて。」
自然と口から溢れた言葉は、嘘だった。それからは解説が始まってとてもわかりやすく淡々と喋る先生をただ見ていた。
「つまり、ここはどうなる?」
「えっと、ーーーー、ですか。」
「そう、正解。なんだ、できるじゃん!」
持ち上げるのも上手いと、ここまで心地の良い勉強になるのか。
「すみません、ありがとうございます。」
「いやいや良いんだよ、どんどん聞いてね」
この人がこの世界全体になってくれれば、この世界はきっと良くなるだろうな。なんて、くだらないことを考えていたら授業が終わった。
もっと顔を見ていたい。もっと声を聴いていたい。そう願うようになった。しかし、自分の中で何かが始まりそうになったときには、既にそれは終わっていた。今までただの金属としか思っていなかったものが、きらりと輝くたびに、喉の奥がきゅっと痛む。
先生の人生のレールを、壊すことができれば良いのに。
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