テラーノベル
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「……お疲れ様でしたー」
収録終わりの楽屋。
M!LKの楽屋は、いつだってうるさい。それが日常だ。
太智はさっきからスマホの画面を見ながら「これマジ!? やばいって!」と一人で爆笑しているし、舜太は「お腹すいたー、今日のご飯何食べよかなぁ」と柔太朗に絡みついている。柔太朗はそれを「はいはい、わかったから」といなしつつも、鏡の前で淡々と髪を整えている。
俺、吉田仁人は、そんな賑やかなメンバーの姿をぼんやりと眺めながら、手元の台本を片付けていた。
ふと視線を横にやると、隣の席では勇斗が、さっきまであんなにカメラの前でふざけ倒していたのが嘘みたいに、口を半開きにして虚空を見つめていた。いわゆる電池切れの状態だ。
「勇斗、お疲れ。今日も飛ばしてたね」
「ん……? あぁ、おいちゃんか。お疲れ……。いやぁ、今日のも結構カロリー使ったわ……」
勇斗はのっそりと動き出すと、俺の肩に頭を預けてきた。
デカい。こいつ、座っててもデカいんだよな。
肩に伝わる重みと、ライブの時とは違う、少し落ち着いた勇斗の匂い。
これが俺たちの日常。もう何年も、こうやって一緒に歩いてきた。
メンバーが一人、また一人と「お先!」と楽屋を後にしていく。
最後に残ったのは、着替えの遅い俺と、単に動くのが面倒くさそうな勇斗の二人だけになった。
「……ねえ、勇斗」
「んー?」
俺は着替えの手を止めて、さっきから頭の片隅にこびりついていたことを口に出してみた。
きっかけは、ラジオの『レコメン!』だった。
番組の仲間であるハコちゃんがプロポーズされたというニュース。
あんなに身近な人が「一生の愛」を誓い合う瞬間を目の当たりにして、なんだか自分の中の何かがざわついたんだ。
「恋人がいるって、どんな感じなんだろうなー、って。ふと思っただけなんだけどさ」
「……は?」
勇斗が俺の肩から頭を離して、怪訝そうな顔でこっちを見た。
「いや、レコメンの、ハコちゃんがプロポーズされたんだって。その話聞いてたらさ。俺らももういい大人だし、いつかはこうやって誰かと結婚するのかな、とか考えて。……アイドルやってると、そういうのってどこか遠い国の話みたいに思えるけど、実際どうなんだろうね」
俺は独り言のように続けた。
自分でも意外だった。恋愛なんて、二の次三の次で走り抜けてきた。
ダンス、歌、芝居。ファンの皆の笑顔。
それだけで満たされていたはずなのに、ふとした瞬間に、自分だけがぽっかりと空いた穴の中にいるような、そんな得体の知れない不安に襲われることがある。
「……嫌だね」
ボソッと、勇斗が呟いた。
「え、何が?」
「仁人が結婚するとか、誰かと付き合うとか。……俺は、嫌だ」
勇斗の声は、いつものふざけたトーンじゃなかった。
少しだけ低くて、地を這うような、重みのある声。
俺は思わず笑って誤魔化そうとした。
「何だよそれ。お前、過保護すぎ。一生恋愛すんなってこと? 呪いかよ。俺だって人間だし、いつかは幸せになりたいよ。アイドルだって、誰かを愛して愛される権利くらいあるでしょ」
「それはそうだけど。……でも、仁人が誰かのものになるのは想像したくない」
勇斗の真っ直ぐな視線が俺を射抜く。
こいつは時々、こういうズルいことを言う。
ファンが聞いたら失神するようなセリフを、なんのてらいもなく、メンバーである俺にぶつけてくる。
でも、今日のはいつもより少しだけ、執着の色が濃い気がした。
「だったら、どうしろっての。俺に一生独身でいろって?」
「そうは言ってない。……でも、誰か知らない奴に仁人を任せるのはもっと嫌だ」
「……じゃあ、どうすれば満足なんだよ」
俺が半ば呆れて、投げやりに聞き返したその時だった。
勇斗が俺の椅子をガタッと引き寄せ、ぐっと顔を近づけてきた。
整いすぎた顔。長い睫毛。その奥にある瞳が、今まで見たこともないような輝きを放っている。
「名案がある」
「……何」
「俺と、恋愛すればいいじゃん!」
「…………は?」
楽屋の空気が凍りついた、気がした。
今、この男は何を言った?
聞き間違いかと思って耳をほじりたくなったけど、目の前の佐野勇斗は、これ以上ないってくらいのドヤ顔をしている。
「いやいやいや、勇斗。お前、疲れすぎて頭いっちゃった? 俺、吉田仁人だよ? お前のメンバーで、腐れ縁の相方だよ?」
「分かってるよ。だからいいんじゃん。お互いのこと知り尽くしてるし、信頼関係もバッチリだし。外の知らない奴と付き合ってスキャンダルになるリスクもないし、何より俺が、仁人のこと一番大切にできる自信あるし」
「そういう問題じゃないだろ! 恋愛ってのはさ、もっとこう……胸がキュンとしたり、切なくなったり……」
「俺を見てキュンとしたことないの? 失礼だな。俺、佐野勇斗だぞ?」
「自分で言うなよ! ……っていうか、男同士だぞ?」
「そんなの今時関係ないっしょ。仁人が『恋愛ってどんな感じかな』って悩んでるなら、俺が教えてやるよ。俺たちで『恋愛ごっこ』から始めて、本物にしてけばいいじゃん」
勇斗は名案だと確信しているらしく、ぐいぐいと距離を詰めてくる。
この男、一度言い出したら聞かない。
頑固で、猪突猛進。そして、なぜか人を巻き込む不思議な説得力がある。
俺は頭を抱えた。
ここで真っ向から否定しても、勇斗は納得しないだろう。
むしろ、意固地になってもっと面倒なことになる予感がする。
それに、少しだけ……ほんの少しだけ、好奇心がなかったわけじゃない。
「恋愛」という未知の領域を、気心の知れた勇斗となら、傷つかずに覗き見ることができるんじゃないか……なんて。
「……あー、もう! わかったよ! だったら、お前が俺に恋愛ってやつを教えてみろよ! 責任取れよな!」
ヤケクソだった。
どうせ三日もすれば、こいつも飽きて「あー、やっぱり無理だったわ!」とか笑い飛ばすに決まってる。
そう思って、俺は勇斗の提案を承諾した。
「……よし、言ったな? 決定。今日から俺ら、恋人だから」
勇斗は満足そうに笑うと、「じゃあ、明日からよろしく!」と軽やかに楽屋を出て行った。
残された俺は、静まり返った楽屋で、自分の心臓の音が少しだけ早くなっていることに気づかない振りをしていた。
しかし。
事態は、俺の予想とは全く違う方向に転がっていくことになる。
翌日。
現場に入った俺は、いつものように「勇斗、おはよ」と声をかけた。
いつもなら「おー、おいちゃんおはよー!」と、うざいくらいのテンションで返ってくるはずだった。
なのに。
「……あ、……おはよう」
勇斗は俺と一瞬だけ目を合わせると、すぐに逸らし、逃げるように太智の方へ歩いて行った。
え、何。今の間。
その後もおかしい。
ダンスの練習中、目が合いそうになると、勇斗は露骨に視線を外す。
休憩中、俺が隣に座ろうとすると、「あ、水分補給しなきゃ」とか適当な理由をつけて離れていく。
柔太朗や舜太と話している輪の中に俺が入ると、さっきまであんなに喋っていた勇斗が、急に借りてきた猫みたいに大人しくなるか、あるいはスーッとどこかへ消えていく。
「……ねえ、吉田さん。勇ちゃんと喧嘩した?」
不思議そうに太智が聞いてきた。
「いや、……別に。してないと思うけど」
「なんかさ、勇ちゃん、よっしーのこと避けてない? ずっと挙動不審だよ」
柔太朗まで首を傾げている。
……無視? 避けられてる?
俺から言い出したことじゃない。あいつが言い出したんだ。
「俺と恋愛すればいいじゃん」とか、あんなにかっこつけて宣言しておいて。
いざ始まったら、これかよ。
一日中、そんな状態が続いた。
仕事はプロだからちゃんとこなすけど、合間の時間は完全にシャットアウトされている気分。
最初は「あいつも照れてんのかな」なんて余裕ぶっていた俺も、流石に夜になる頃には、腹が立つのを通り越して、胸の奥がチリチリと痛み始めていた。
あいつ、俺に恋愛を教えるんじゃなかったのかよ。
無視することが、お前の思う「恋愛」なのか?
撮影が終わって、解散の時間。
勇斗はまた、俺に一言もかけずにマネージャーの車に乗り込もうとした。
その背中を見送る俺の拳が、自然と強く握りしめられる。
「……ふざけんなよ、マジで」
今日、このまま帰して堪るか。
俺は自分のバッグをひっつかむと、足早に外へと向かった。
コメント
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面白かったです、続き楽しみにしてます!

続きがとても楽しみです😊