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長く艶やかなソファーテーブルを挟んで向かい合った薬店の若き店主は、終始笑顔を絶やさなかった。一時は店舗閉鎖も覚悟していたのに、慈悲深い森の魔女は彼を許し、さらには新薬まで提案してくれ、彼の店はかつてない程の売上を記録し続けている。


何がキッカケで薬を粉末化したのかは分からないが、いきなり送られて来た粉薬には驚いた。同封された説明書きを見て、実際に水に溶かしてみて、さらに驚いた。指示された量の水に溶かせば飲み慣れた青い液体の回復薬に戻り、その効果は何ら変わらない。水に溶かすという手間はあるが、割れるリスクのある瓶入りよりも嵩張らない上に、傷みにくいとくれば在庫としても抱えやすい。


届いた粉薬を片っ端から試している時、ちょうど店に来た冒険者の一人に世間話ついでに話題にしたら、すぐに食いついてきた。彼らにとって回復薬や傷薬は必要不可欠だが、それらが入った重い鞄を背負いながら剣を振るのは至難の業。少しでも身軽にと荷物を減らせば、いざという時に困る可能性がある。瓶が割れないようにと気を使えば動きも制限される。激しい動きをする者ほど、戦いの最中に瓶が割れて荷物が薬漬けになった経験が多いという。


「飲み水を持たない奴はいない」


彼に言われて、確かにそうだと思った。薬を溶く水なら冒険者や旅人は普段から当たり前に持ち歩いている。もし魔法使いなら自分で水を出せるし、水を用意する手間はほとんどない。


唯一の手間だと感じるのは送られてきた粉末薬を計量して薬紙で包む作業が出来たこと。だが、作業にはそれほど場所は取らないから店の片隅で客の居ない時間にすれば済む。何なら、計量の為の人を増やしても良い。薬瓶の仕入れが必要なくなって浮いた分を人件費に回せば良いだけのこと。


「送っていただいた粉薬はほとんど完売で、本日は追加納品のお願いに参りました」


目の前に腰掛ける森の魔女に、店主は座ったまま深く頭を下げる。粉薬のついで買いも思ったよりも多く、今、彼の店の棚はガラガラだった。店主である彼が店を離れても何ら問題ない状態になっていた。


「あら、困ったわね」


眉を寄せて、ベルは口元を抑えた。森の探検から戻って来たばかりで調薬の日々がまた始まってしまうかと思ったら、面倒で仕方がない。しかも、粉末化には作業工程が従来よりも一つ増えるのだ。


「必要な薬草の手配でしたら、申し付けていただけば、こちらでも――」

「それは大丈夫。薬草なら森でたくさん摘んで来たところだから」


ただ面倒なだけ、さすがにそれは口に出せない。

それに、薬草を仕入れる際は道具屋でと決めている。女手一つで息子を育てている道具屋の女主人は、ベルが森に閉じ篭っていた時の街の仲介人を引き受けてくれていた。なのでせめて長男のイアンが独り立ちするまでは、薬草の仕入れで支え続けたい。


「具体的に必要な薬と数はどれくらいかしら?」


すぐに作れるかは分からないけれど、という言葉もあえて飲み込む。隣で静かに二人の会話を聞いていた葉月は、ちょこちょこと漏れ出ているベルの本音に苦笑いした。

森から戻ってからもいつもと変わらないように見えたが、さすがのベルもしばらくはゆっくりしたいのだろう。葉月自身は館へ戻ってすぐ、死んだように翌朝まで眠ったおかげで完全復活だ。


薬店店主から差し出された注文リストを受け取ると、ベルは眉間に皺を寄せながら目を通す。そしてそれを、隣の少女へと回した。目を丸くしながらも受け取ると、葉月もリストへと視線を落とす。


「多いですね……」

「ええ、多いわね」


不正流出の前科のある彼には必要以上の注文はしないという約束をさせたはずだ。なのにこの量は何だという疑いの目を揃って向けられ、若き店主は片手を振って全力で否定する。


「ち、違いますっ。これでも控え目にさせて頂いてます! この倍の量でも数日もつかどうか――」


手と首を横に振って必死で誤解だと弁明する薬屋。彼に向けるベルの視線が、若干の揶揄いを含んだ悪戯じみた物だと気付いて、心底悪趣味だなと葉月は思う。彼は二度と裏切らないと信じているくせに、あえて意地悪な態度を取っているのだから。


「ふふふ。粉薬が完全に定着するまでは、しばらくはこの調子かしら」

「可能、でしょうか?」


不安げに返答を待つ店主に、ベルも即答はできない。葉月と二人がかりでもそこまでの量は作る自信はない。


「どうかしら、ね?」


二人揃って、仲良く首を傾げた。薬店よりもこちらの方に人手が欲しいくらいだ。

猫とゴミ屋敷の魔女 ~愛猫が実は異世界の聖獣だった~

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