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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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街の薬店からの切実なお願いを受けて、ここ連日のベルと葉月は作業部屋に籠りきりになっていた。薬の種類を問わず、とにかく粉末化した物の在庫を確保したいということだったので、一番手間のかかる回復薬は後回しにして解熱薬や解毒薬などの調薬が中心だ。


作っては即日納品を繰り返してはいるのだが、全く間に合ってはいない。若き店主の薬店は国内で唯一の粉薬を扱う店として有名になりつつあり、噂を聞きつけた者達が連日のように列を作っているらしい。


「キリが無いわ……」


その内に騒動も収まるだろうと楽観的に考えていたが、読みが甘かったようだ。競合相手が居ない市場に手を出してしまったことを後悔し始めていた。このままでは穏やかに過ごせる時間も、再度森に探索に出る時間も取れそうもない。


「粉末化の手順を、公表することにするわ」

「他の魔法使いさんにですか?」

「ええ。だって、調薬後に乾燥をかけるだけなのよ、少し考えれば誰でも思いつくわ」


粉末状の薬というのはこの世界の薬の概念では無かった為に葉月の提案から作り出したが、その作業工程は別段これといった工夫もない。出来上がった液体薬に乾燥の魔法を加えるだけだ。


「みんなが粉薬を作れば、私達も少しは楽になるわ」

「……薬屋さん、怒らない?」


大繁盛している状況を邪魔する行為だ、立場上は文句言えないが不満には思うだろう。


「薬店よりも、ガラス工房に怒られると思うのよね」


瓶入りが減れば、その器を作っている工房から仕事を取り上げることになる。困ったわと顎に指を当てて考える仕草をしながらも、もう片方の手は壺に手を添えて乾燥の魔法を発動し続けていた。


面倒という理由で普段は必要以上には動かないが、やる時はそれなりにやるのが森の魔女ベルだ。


「葉月の世界ではガラスってあるのかしら?」

「ありますよ。窓ガラスも瓶も同じようにありますし、後は……食器とかも多いですね」

「ガラスの食器?」


ベルが驚いたように聞き返した。この世界の食器は木製か陶器製しかない。だが、瓶の加工技術があればガラス製食器なら簡単に作れそうだ。


「家にあったのはグラスとかだったけど、お皿とか器とかいろいろありますよ」


葉月の世界に比べると、この世界は技術はあるのに発想力が足りない、そんな気がする。粉薬しかり、ガラス製品しかり。

魔法に頼り過ぎた結果、化学や文化の発展が遅れているのかもしれない。


「あ、実際には履けないと思うけど、ガラスの靴が出てくる有名な童話もありましたよ」

「ガラスの靴……履いたら、冷たそうね」


そろそろ冬が近付いて来たようで、朝晩は少しひんやりする日も出てきた。そんな季節にガラスの靴など履いたら、足元から冷えること間違いなし。


作業台の引き出しから封筒と便箋を取り出すと、ベルは部屋の隅から丸椅子を引っ張り寄せた。領内の他の魔法使いに粉薬の製法を伝えるのと、ガラス工房へ製品の提案の手紙をしたためる為だ。


「葉月のように、過去の迷い人から伝えられた物があってもおかしくないわね」

「ケヴィン先生に聞いてみます?」


じゃあ、ついでに手紙を書いてみるわ、とベルにかかれば年上の研究者もついで扱いだった。魔法使い仲間や工房、迷い人の研究者への手紙を書き終えると、ベルは冷えた薬草茶を一口飲んでから呟いた。


「面倒なことになる前に、ジョセフを呼び出した方が良いかしらね」


そう言って封書をもう1セット取り出すと、従兄弟宛に書き始める。



庭師にまとめて預けた手紙の内で、誰が一番先に乗り込んでくるかとマーサを含めた女三人で予想していたが、結果は葉月とマーサが名指したジョセフでもなく、ベルが選んだケヴィンでも無かった。


緊張した面持ちでベル達と向かい合って腰掛けてるのは、街外れの小さな村に住む魔法使いのルーシーだった。腰まで届きそうな長い黒髪を後ろで一つに結び、上目遣いで怯えるように二人の顔を落ち着きなく見ている様子は、人見知り全開といった感じだった。


「あの、お手紙をいただきまして、薬に乾燥を試してみたんですけど、上手くいかなくて……」


年齢としてはベルと同じくらいか――否、垢抜けていないだけで、実は上かもしれない。

薬作りを教えてくれた魔法使いの師は数年前に亡くなり、一人で小さな村で薬を作っているという。粉薬の噂は聞いていて作ってみたいと思っていたところ、ベルからの手紙を受け取った。


「私のやり方ではドロッとした物しか出来なくて……」


半べそに近い表情で、ベルと葉月を交互に見渡す。実際に作ってみたという薬を二人の前に出すと、ベルが興味深々で手に取った。瓶の中のゲル状の薬は、色からすると解熱薬だろうか。瓶を傾けると、とろりと中で移動する。


「乾燥が全然、足りてないわ。普段の薬もお持ちなら、実際にやってみてもらえるかしら?」


そう言って半ば強引に連れて来られた作業部屋に、ルーシーの緊張が倍増しているのが見て取れた。ベルは乾燥作業に使っている壺へ彼女の解熱薬を注ぎ入れる。


「あの、壺に蓋は?」


乾燥してみて、と壺を渡され、ルーシーは不思議そうに聞いた。それに対し、ベルと葉月は声を重ねる。


「「乾燥する時、蓋はしない!」」


無事に蒸発した水分を外へ飛ばすことができた黄色の粉薬に、村の魔法使いはとても嬉しそうだった。

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