学パロ
さのじん&しおれもん
卒業証書なんて意味がない
卒業アルバムなんて意味がない
僕が欲しいのは、そんなもんじゃなくて。
春の日差しが暖かく降り注ぐ午後。
賑やかな卒業式を終え、佐野と吉田は2人だけで静かな教室に戻っていた。
ついこの前まで壁に貼られていたポスターや時間割も剥がされ、置き勉の教科書がこれでもかと詰め込まれていたロッカーも綺麗に片付き。
残っているのは主の留守になった机と椅子、それから色とりどりのチョークや紙花でゴテゴテに飾り付けられた黒板だけ。
行儀悪く机の上へ腰掛け、そんな抜け殻のような教室をぐるりと見回して、佐野がぽつりと呟いた。
「…卒業、だな」
その言葉に、椅子に座っていた吉田は佐野の顔を見上げながら頷く。
「卒業ですねぇ」
「なんか、卒業した気しねぇわ」
「だなぁ、思えばあっと言う間だったもんな」
「ほんとそれな」
「あ。でも、モテモテだったじゃないですかぁ、さのサ〜ン」
自分を見上げたまま悪戯っぽい笑みを浮かべた吉田に、佐野は嫌そうに顔を歪める。
「…なにがやねん」
「何がって、それ。制服。えらい涼しそうやん」
吉田は手を伸ばして、第二ボタンどころか袖口のボタンさえ一つ残らず見事に引き千切られた佐野の学ランの裾をつまみ、ヒラヒラと振ってみせた。
「女子ってほんと、こういう時エゲツないよなぁ。集団心理ってやつかね?あのまま勇斗ごと食われちゃうんじゃないかと思たわ」
「そう思たんなら爆笑してねぇで助けろや!」
「なんでぇ?いいことじゃんかぁ、人気者の証ですよ?」
「そんなんじゃねぇよ」
「まんまそんなんでしょうよ」
可笑しそうに笑う吉田を見ながら、佐野はちらりと吉田の胸元に視線を走らせ、ふてくされた顔をする。
「……そんなら、お前もだろ。」
佐野の視線に気付いた吉田は、自分の制服を見下ろす。上から2番目。そこはぽっかり口を開けていた。
「佐野センパイの足元にもおよびませんて」
「あんなんノリだろ。誰かが行ってるからじゃあとりあえずわたしもーみたいなさ……お前のは、なんか、ガチ感がある」
「あはははっ、ガチってなんそれ!」
「…………………」
吉田にとうとう声を上げて笑われた佐野は、唇を尖らせ完全にへそを曲げて俯く。
「あれ。勇斗、怒った?」
「…べっつにー。仁人に馬鹿にされたくらいで怒るほどココロせまくありませんし」
「だいぶ怒ってるやん」
吉田はまた笑うと、ふいに寂しそうな表情を浮かべ、窓の外へ視線を向けた。
「……でもほんと、卒業なんだな、俺たち。」
その寂しそうな呟きに、佐野は顔を上げ、吉田の顔を見下ろす。
「今まで普通にここで過ごしてたのに、明日からはみんな別々」
「………」
「毎日当たり前に顔合わせてたのにさ」
「………」
「…もう簡単には、会えなくなんだなぁ」
「会おうよ」
まるで独り言のような吉田の言葉に間髪入れずそう返し、佐野は机から降りて吉田の隣に立つ。
「は?」
「会お」
「お前、何言って…」
「仁人んとこ会いに行くわ、俺」
「はや…」
「どこに居てもめちゃくちゃ離れてても。俺は仁人に会いに行くから」
佐野はそう言うと、おもむろに右ポケットから何かを取り出し、吉田に向かって差し出した。
「これ、持っといて。」
手のひらに乗っているのは、ついさっき、一つ残らず引き千切られたはずのもの。
「これからもよろしくな?」
ぽかんと口を開けた吉田に向かって、佐野はふわりと柔らかく微笑む。
「……バカだなぁ」
吉田は苦笑しながらそんな佐野を涙目で見上げると、こくんと頷いて、差し出された第二ボタンを受け取った。
「でも、やっぱ最高だわ」
桜なんてまだ蕾の、春の癖に薄ら寒い朝。形だけの卒業式を終えて、塩﨑と吉田は2人で屋上に上がり、だらだらと無駄に時間を潰していた。
昼飯を食べる時や授業をサボる時、その時々でお世話になったこの屋上。
そこで何時ものように座り込み、ぼんやり柵の向こう側の景色を眺める。
「とうとう卒業やねんなぁ、オレらも」
「…そだなぁ」
まるで独り言のように呟いた塩﨑に、気だるそうに答える吉田。
そんな吉田を横目で見た後、塩﨑は屋上の地面に転がる卒業証書の入った筒を手繰り寄せ、吉田にその筒を差し出した。
差し出された筒と塩﨑の顔を交互に眺めながら、吉田は首を捻る。
「…なに」
「これ、よしだサンにあげる」
「バカかよいるかそんなモン!そもそも同じモン俺も貰ってるし」
「え〜…オレ、いらんわぁこんなモン」
「知らん!」
吉田に半笑いでそう言われると、塩﨑はじっと不満げな顔を吉田に向けた。
「なんなんその顔」
「やって、吉田サンが受け取ってくれやんからさぁ」
「はいはいごめんごめん、でも自分のモノは自分で処理しましょうね〜」
「……………よっしゃ!」
吉田にさらっといなされ、しばらく考え込んでいた塩﨑は、唐突にひらめいたという顔で筒の蓋に手を掛けた。
ぐいと引っ張られた筒はポンと音を立てて開き、中からは真新しい卒業証書が取り出される。
「それ出して何す…」
吉田の言葉が終わらぬうちに、塩﨑は取り出した卒業証書に手をかけ、真っ二つに破った。
真っ二つに破ったらそれを重ねて破り、また重ねて破りを繰り返し、卒業証書はみるみるうちに細切れの紙屑に成り果てる。
塩﨑はそれを両手に持つと、つかつかと屋上の手すりに近寄り、校庭に向かって紙屑になった卒業証をバラまいた。
紙屑はひらひらと宙を舞いながら、ゆっくりと地面に落ちていく。
「…俺、ポイ捨て反対派なんですけど。」
最後まで静かに見守っていた吉田は、塩﨑にふざけた声を掛ける。
「やっていらんやん、あんなもん」
あんなもん欲しくて学校行ってた訳やないし。塩﨑の言葉に吉田が笑う。
「じゃあ太智は何が欲しいん?」
「…………」
「いや無いんかい!」
「じゃあ逆にさぁ、仁人は何が欲しいん?」
「んん?あ〜、そうだなぁ………冠番組?」
「ぶっ、あはははっ!お前最ッ高やなぁ!」
卒業証書なんて意味がない
卒業アルバムなんて意味がない
それはみんな、僕らがここで過ごした日々を過去に変えてしまうから
そんなもんが欲しいんじゃなくて。
僕が欲しいのは
君とつくる、これからの未来
end.
卒業される方々おめでとうございます。
素晴らしい門出となり、そしてこれから素敵な出逢いと幸せが在らん限り訪れますように。
卒業証書は破ってはいけません。