テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
生徒桃×養護教諭黄②
桜舞う4月。
がむしゃらに勉強して養護教諭免許をとり、どうせなら一生同じ学校でやってきたいと思ったから私立の面接を受けて、ありがたいことに合格通知を貰った。
新任でまだまだ学校の戦力にはなれていないけれど、校長先生も同僚の先生方もみんないい人ばかり。
「おはよー吉田センセー!」
「おぉ、おはよう」
生徒たちもみんな可愛くて、先生と呼ばれるのはまだちょっと照れ臭いけれど。
あぁ、俺は本当に恵まれてるなぁと日々思う。
職員室に朝の挨拶をして先生方と談笑をした後、自分の城である保健室の扉を開いたら、そこにはすでに生徒の姿があった。
「はよー、吉田センセ」
我がもの顔で怪我人が座る用のソファへどっかりと腰を下ろすのは、もう何度となく無意味に保健室を訪れる常連。
「……佐野勇斗。」
俺は入口で深く溜め息を付くと、扉を閉めて保健室の中へ入る。
「毎朝毎朝何しに来てんだよお前は…」
「えー?なにって、いとしの吉田センセに朝のあいさつしにきてんじゃん」
ソファにだらしなく腰かけた佐野は、ニヤニヤしながら、飄々と言った。
「はいはい、ありがとうありがとう」
いつもの軽口にまた溜め息をつきながら、佐野の座るソファを横切り、自分の机へ向かう。
「もぉー、ほんとつれねぇなぁ吉田センセイは」
俺の返事が気に食わなかったのか、佐野は小さな子供のように足をバタバタさせ、口を尖らせる。
「つれないなぁ、じゃないよ。お前、そろそろ朝のホームルーム始まるんじゃないの」
椅子にかけられていた白衣を羽織りながら聞くと、なにが面白いのやらじっとその様子を見ながら、佐野は上の空で答える。
「…いいよホームルームなんか。あの人どうせ大したこと言わないし」
「うっわ!それ小笠原先生に言っとこー」
「べっつにー。てゆうか、カイセンって生徒に全然キョーミないんじゃね?」
「そんなことないと思うけどなぁ」
「えー?なんかテキトーじゃん。まぁ、そこがカイセンのいい所っちゃいい所なんだけどな。無駄に干渉しないし。」
「それに甘えてんのはダメだと思うけど?」
いいいい!、と大げさに顔の前で手を振って見せる佐野がおかしくて笑っていたら、彼の髪に桜の花びらがついているのに気付いて、さらに笑みがこぼれる。
「…?なにニヤニヤしてんの、気持ち悪い」
「気持ち悪いは余計だろ」
失礼な発言に言い返しながら、座っていた椅子から立ち上がり、彼の腰掛けるソファまで近寄る。
「なに?」
不思議そうに首をかしげて見上げる佐野に目配せして、俺は身体を屈めて彼の頭に乗っかっている花びらをつまみとった。
「!?」
…髪に触れた時、一瞬佐野が身体をこわばらせた気がしたけれど気のせいだろうか?
まぁ、とりあえず気のせいにして、アホみたいに口をあけた佐野に、桜のはなびらを掲げて見せる。
「可愛いもんつけてるじゃんか」
「…かっ、だラれがやねんっ!」
佐野はソファから弾かれたように立ち上がると、なぜだか真っ赤になってカミながら叫ぶ。
「ふははっ、そこなんでかむんだよ」
「うっるせぇなぁ、もう俺行くから!」
佐野は真っ赤な顔のまま、テーブルに置かれていたカバンを掴むと、ドタバタ足音高く保健室の出入口へ向かう。
調子に乗ってたかと思ったら、照れてバツが悪くなって不機嫌になって。
ころころと表情や態度が変わる、子どもらしい姿に微笑ましい気持ちになりながら、俺は佐野の後ろ姿へ声をかける。
「おう、今日も一日頑張んな。いってらっしゃい」
その声に、佐野はピタリと動くのを止め、扉の前でそろりとこちらを振り返る。
「…………いってきます」
そう小さく呟いて、佐野は扉を閉め廊下へと消えた…と思ったらまた扉が開く。
「…今度はなんでしょうかねぇ」
「じんちゃん。」
顔だけ出した佐野くんは、唐突にそう言って、自分で納得したように頷いた。
「はぁ?」
「俺、今度から吉田センセのこと、仁ちゃんって呼ぶわ。じゃ!」
それだけ言うと、俺のいきなりなんだよそれ、という言葉も聞かず、佐野は今度こそ廊下へと消える。
「もう、本当になんなんだ」
やれやれと頭を掻きながら、佐野の消えた扉を見つめる。
なんで唐突に仁ちゃんなんだよ。ていうか、よく新任の保健室の先生の下の名前なんて覚えられたな。
「…ほんっと、朝から騒々しいわ」
気をとりなおして自分の机へ戻ろうとしたら、そういえば持ったままだった桜のはなびらの存在を思い出した。
親指と人差し指に挟まれた、薄桃色のはなびら。
そのはなびらに、先程の佐野の顔が重なる。
『いってらっしゃい』と声をかけた時。
振り返った彼の、かけられた言葉に戸惑ったような困ったような、あの何とも言い難い表情。
「……佐野勇斗、か」
気になる存在。
保健室の先生としてか、俺自身としてかはまだ解らないけれど。
俺は椅子へ腰を下ろし、桜のはなびらを、机の上に置いてあった本のページに挟んだ。
next…
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!