コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
映画制作が本格的に始動したものの、早々に壁にぶつかった。
「ロケ地の確保ができない。」
奏太たちは、作品の舞台となる場所を探していた。
脚本の中では、海沿いの町を舞台に「余命わずかな青年が、人生最後の映画を撮る」というストーリーが描かれていた。
しかし、理想のロケ地を確保するには、撮影許可と予算が必要だった。
「大学の助成金じゃ足りないよな……。」
友がため息をつく。
「ロケ地の使用料だけで数十万は飛ぶ。それに機材レンタル費、交通費、衣装代……。」
太力がメモを見ながら計算する。
「お金がないと、映画なんて撮れないのよ。」
喜以は冷静に言い放った。
ゼミの予算は限られており、大掛かりなロケーション撮影をする余裕はない。
かといって、妥協すれば作品のクオリティが落ちる。
「どうする?」
奏太は答えられなかった。
その時、教室の扉が開いた。
「みんな、困ってるみたいね。」
ゆっくりとした口調でそう言ったのは、**富貴子(ふきこ)**だった。
彼女はゼミ内でも人間関係の調整役として知られている。
人の心をよく理解し、常に周囲をサポートする立場にいた。
また、彼女は大学の広報活動にも関わっており、地域コミュニティとのパイプを持っていた。
「何かいい方法があるのか?」
奏太が尋ねると、富貴子は自信満々に微笑んだ。
「あるわよ。」
彼女はスマホを取り出し、いくつかの写真を見せた。
そこには、古い旅館、地元の小さな映画館、漁港、静かな商店街が写っていた。
「これ、どこだ?」
「私の地元よ。小さな町だけど、撮影にはぴったりだと思う。」
彼女の地元は、大学から電車で2時間ほどの場所にある。
過疎化が進んでいるが、その分観光地化されておらず、撮影の融通が利きやすい。
「しかも、町おこしの一環で映画撮影を支援する活動もしてるの。」
「それ、使えるのか?」
「ええ。もし私たちの映画が町のPRにもなるなら、特別に撮影許可を出してもらえる可能性があるわ。」
その言葉に、ゼミメンバーの表情が一気に明るくなった。
「すげぇじゃん!」
友が興奮気味に声を上げる。
「でも、実際に許可を取れるかどうかは交渉次第よ。」
富貴子は真剣な顔になり、続けた。
「とにかく、まずは町の人たちに話をしてみるわ。」
週末、奏太たちは富貴子の案内で、彼女の地元へ向かった。
駅を降りると、どこか懐かしい雰囲気が漂っていた。
細い路地の先には、昔ながらの商店が並び、海の匂いが風に乗って運ばれてくる。
「ここが私の生まれ育った町よ。」
富貴子はそう言いながら、案内を始めた。
まず訪れたのは、町役場だった。
富貴子の知り合いである観光推進課の職員と会い、映画撮影の許可について相談する。
「なるほど、映画のロケ地に……。」
職員は真剣に話を聞いてくれたが、すぐに答えを出せる状況ではなかった。
「地域活性化には確かに良いかもしれません。ただ、町の人たちの理解を得られるかが問題ですね。」
映画撮影には騒音や交通規制などの問題が伴う。
そのため、町の住民が協力的でなければ実現は難しい。
「じゃあ、まずは住民の方々に説明しなきゃな。」
友が真剣な表情で言う。
「ええ。でも、それには時間が必要ね。」
富貴子は考え込みながら言った。
翌日、富貴子は町の商店街の会合に奏太たちを連れて行った。
集まったのは、地元の商店主たち。
鮮魚店の店主、八百屋のおばちゃん、駄菓子屋の老夫婦……。
彼らに向かって、富貴子は映画の概要を説明する。
「この映画は、『生きた証を残す』というテーマで作られます。
都会で孤独に生きていた青年が、最後に故郷へ戻り、大切な仲間たちと共に映画を撮る物語です。」
彼女は、奏太の目を見て微笑んだ。
「そしてこれは、私たちにとっても大切な映画です。」
静かに言葉を紡ぐ彼女の熱意が、次第に町の人々にも伝わっていった。
「町をPRできるなら、ええかもしれんのう。」
駄菓子屋の老夫婦が頷く。
「でも、騒音とかは大丈夫なの?」
八百屋の店主が懸念を示す。
「もちろん、最小限に抑えます。撮影スケジュールも事前にしっかり調整します。」
「それなら……協力してもいいわよ。」
鮮魚店の店主が腕を組みながら言った。
少しずつ、町の人たちの反応が前向きになっていった。
会合が終わった後、奏太は富貴子に声をかけた。
「……ありがとう。お前のおかげで、撮影の道が開けた。」
富貴子は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「私はただ、みんなの力になりたかっただけよ。」
彼女は、感謝されることを見返りにしていなかった。
ただ、大切な仲間たちが夢を叶えるために、できることをしたかったのだ。
「でも、私も……嬉しい。」
そう言いながら、彼女の目にうっすらと涙が浮かんでいた。