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北実side
朝の寮は、昨日よりも少しだけ慣れた空気が流れていた。
とはいえ、静かというわけでもない。
米太「今日も行くんだよな! 依頼!」
普巳「またギルドか〜!」
そんな声が飛び交いながら、
俺たちは身支度を整えて中庭に集まる。
エイラとレイヴンもすでに来ていて、
エイラは相変わらず楽しそうに目を輝かせていた。
エイラ「今日はですね、昨日と同じく冒険者ギルドで依頼を受けますよ!」
レイヴン「……ほんとに楽しそうだな。」
レイヴンがぼそっと言うが、
エイラはまったく気にしていない。
冒険者ギルドに入ると、
昨日と同じ活気と騒がしさが迎えてくれた。
依頼掲示板の前には人だかりができていて、
紙を指さしながら議論している冒険者もいる。
俺たちはその中から、
今回の依頼を選んだ。
内容は、
・ホーンラビットの群れ討伐
・オークの群れ討伐
ホーンラビットは三十匹前後。
角を持つ魔物で、数が多いと厄介だ。
オークはさらに厄介で、
どうやら集落を形成しているらしい。
北実「集落ってことは……」
南実「上位種がいる可能性、あるよね。」
誰かがそう言うと、
自然と場の空気が引き締まる。
オークシャーマン、
オークナイト、
あるいは、それ以上。
油断はできない。
場所は、
ルグネア王国と隣国・ボルノガ王国のちょうど境目付近。
深い森が広がる地帯で、
道も入り組んでいるらしい。
北実「迷いやすそうな場所だな…」
国雲「視界も悪そうアルよ。」
地図を見ながら、
そんな声が上がる。
琉聖は地図をじっと見つめてから、
小さく頷いた。
琉聖「……森の中でも、安全そうな流れは感じるよ。でも、枝道が多い。気をつけないと。」
その言葉に、
何人かが感心したように琉聖を見る。
利亜はにっと笑って、
利亜「じゃあ琉聖についてけば安心なんね!」
と軽く言った。
依頼を正式に受注し、
準備を整える。
昨日よりも少しだけ、
冒険者としての動きが板についてきた気がした。
森の奥。
魔物の群れ。
上位種の可能性。
──今日も、何も起きないわけがない。
そう思いながら、
俺たちはギルドを後にし、
森へと向かう準備を始めた。
準備を終えると、
俺たちはギルドの裏手に停められていた馬車へと乗り込んだ。
がたん、と揺れながら馬車が動き出す。
窓の外には、ルグネア王国の街並みが流れていく。
石畳の道、行き交う人々、露店の呼び声。
昨日までなら落ち着いて見ていられなかった景色も、
今はどこか余裕を持って眺められていた。
米太「馬車っていいよな〜!」
嗣行「遠足みたいだな。」
そんな声が上がり、
誰かが笑う。
エイラは外を眺めながら、
楽しそうに身を乗り出していた。
エイラ「この辺りを抜けると、森が近いですよ。」
レイヴンは静かにそう告げる。
やがて、街の建物は少なくなり、
畑や草原が増えていく。
遠くに木々の影が見え始めた。
空気が、少しずつ変わる。
人の気配が薄れ、
風の匂いに土と葉の香りが混じってきた。
レイヴン「……着いたな。」
馬車が速度を落とし、
最後に大きく揺れて止まる。
目の前に広がっていたのは、
深く、鬱蒼とした森。
枝葉が重なり合い、
中の様子はほとんど見えない。
ここが──
ルグネア王国とボルノガ王国の間に広がる、
問題の森だった。
俺たちは馬車を降り、
それぞれ武器を確かめる。
ここから先は、
完全に冒険の領域だ。
そうして俺たちは、
静かに森の中へと足を踏み入れた。
森の中に入って、しばらくは皆でまとまって進んでいた──はずだった。
気づいた時には、周囲にいた顔ぶれが減っている。
北実「……あれ?」
俺が足を止めると、左右には南実、日向、国雲だけ。
北実「……他のやつらは?」
南実がきょろきょろと周りを見回す。
日向は少し困ったように首を傾げた。
日向「さっきまでは、確かに後ろに……」
国雲が腕を組んで言う。
国雲「どうやら、はぐれたアルな。」
……やってしまった気がする。
北実「……俺、さっきからなんとなくで進んでたんだけど…」
そう言うと、南実が即座に反応した。
南実「え、北?嘘でしょ?」
国雲「まさか……」
日向が一拍置いて、遠慮がちに言う。
日向「北実さん、もしかして……方向、間違えてません?」
北実「……否定できない。」
国雲が深いため息をつく。
国雲「やっぱりアルか……」
その時だった。
がさっ。
前方の茂みが大きく揺れ、
ぴょん、ぴょん、と何かが飛び出してくる。
南実「──ホーンラビット!」
角の生えたウサギ型の魔物が、ざっと十体ほど。
数は多いが、動きは単調だ。
南実がにやっと笑う。
南実「ちょうどいいじゃん。練習相手。」
日向はすぐに集中する。
日向「じゃあ、抑えますね。」
日向が能力を発動させると、
ホーンラビットたちの動きが明らかに鈍くなった。
跳躍の勢いが弱まり、着地も不安定になる。
国雲「今アルよ。」
国雲が一歩前に出る。
国雲の能力が作用した瞬間、
空気の重さがわずかに変わった感覚が走る。
地面の反発、踏み込みの力──
全部がほんの少し、俺たちに有利に傾く。
北実「南!」
南実「りょーかい!」
南実が俺の背後に回り、勢いよく押し出す。
南実「行けっ!」
投げ飛ばされる感覚。
同時に、南実の能力で俺の速度が一気に加速する。
北実「うわっ──!?」
空中で体勢を整えながら、
俺は戦鎚の重さを一気に引き上げた。
ずしん、と腕にかかる負荷が跳ね上がる。
北実「このまま──!」
加速 × 重量。
地面に叩きつけるように、戦鎚を振り下ろす。
どんッ!!
衝撃波が走り、
前方にいたホーンラビット数体がまとめて吹き飛んだ。
残った個体に、南実が切り込む。
南実「遅い遅い!」
双剣が閃き、
日向の抑制で動きの鈍ったホーンラビットを次々に倒していく。
最後の一体が倒れた頃には、
森の中に静けさが戻っていた。
俺は息を整えながら、戦鎚を肩に担ぐ。
北実「…合わせ技、やっぱ強いな。」
南実「でしょ?」
南実が得意げに笑う。
日向も少しほっとしたように微笑む。
日向「皆さん、無事でよかったです!」
国雲が周囲を見渡しながら言った。
国雲「問題は……この先アルな。」
俺は地図もない森の奥を見て、
嫌な予感を覚えつつ、うなずいた。
北実「……とりあえず、進もう。」
…方向が合ってるかは、正直わからないけど。
日和side
森の中。
気づいたら、周りにいたのは
私と紅葉ちゃん、それから嗣行さんだけだった。
日和(あ、はぐれちゃったんだ。)
そう思ったけど、特に慌てる感じでもない。
というか──
紅葉「嗣行兄さん、みんなとははぐれちゃったけど兄さんは私がいるから大丈夫だからね♡」
紅葉ちゃんが、ものすごい勢いで嗣行さんにくっついている。
腕に、背中に、ほとんど張り付くレベル。
日和(仲良しだな〜)
ぼんやりそう考えながら見ていると、
嗣行さんは明らかに引き気味だった。
嗣行「……紅葉、離れろ。」
紅葉「やだ♡」
即答だった。
嗣行さんは深いため息をついて、
「……はぁ……」と、うんざりした様子で視線を逸らす。
日和(うん、いつものだ。)
私がそんなことを思った、その時だった。
──がさっ!!
茂みが大きく揺れて、
角の生えたホーンラビットが勢いよく飛び出してくる。
嗣行「……っ!」
狙いは嗣行さん。
一直線に、突っ込んでくる。
でも──
次の瞬間、ホーンラビットは
「そこにいるはず」の嗣行さんをすり抜けた。
日和「……え?」
私が目を瞬いた時には、
嗣行さんはすでに半歩ずれた位置に立っていた。
日和(あ、能力だ。)
嗣行さんの固有スキル。
自分の位置を相手に誤認させる能力。
敵からすると、
そこにいるはずなのに、当たらない。
嗣行「チッ……」
嗣行さんは舌打ちして、距離を取る。
私はすぐに戦闘体制に入る。
日和「──変化!」
身体が軽くなり、感覚が研ぎ澄まされる。
猫の獣人化。
日和(守らなきゃ!)
そう思った、その瞬間。
別のホーンラビットが跳ねた。
狙いは──嗣行さん。
日和(──っ!)
間に合わない、と思った。
その瞬間。
紅葉「……は?」
紅葉ちゃんの空気が、変わった。
紅葉「……嗣行兄さんに、何しようとしてるの?」
声は静かで、低い。
明らかに怒っている。
次の瞬間、
紅葉ちゃんが腕を振る。
森の木々の枝に、いつの間にか張り巡らされていた糸。
ぎゅんっ、と糸が走り、
枝が意思を持ったみたいに動く。
ホーンラビットたちが、
枝と糸に絡め取られ、地面に叩きつけられる。
一本、また一本。
逃げようとした個体も、
背後から伸びた枝に捕まって、動けなくなる。
紅葉ちゃんは一歩も動かない。
ただ、操る。
紅葉「嗣行兄さんに、触らないで!!!」
その一言と同時に、
糸が締まり、敵はあっという間に動かなくなった。
……静かになった森。
嗣行さんは、引き気味の目で紅葉ちゃんを見ていた。
嗣行「……紅葉、やりすぎだ。」
紅葉「だってあいつらが嗣行兄さんを傷つけようとしたから。」
即答。
私はというと──
日和(うわー……紅葉ちゃん、怒っちゃった……)
内心そう思いながらも、
どこか慣れた感じでその光景を見ていた。
日和(まあ……嗣行さんのことだと、こうなるよね。)
獣人化を解きながら、
私はため息まじりに思う。
日和(とりあえず……無事でよかった、かな。)
森の奥で、紅葉ちゃんはまだ、
嗣行さんのすぐ隣にぴったりくっついていた。
翡翠side
森の中は、木がいっぱいで、ちょっと暗い。
ヒスイは、きょろきょろしながら歩いていた。
その前で──
零王「那知〜……この森、こわいんねぇ〜」
レオさんが、ナチさんにぴったりくっついている。
那知「またかよ。離れろよ。」
って言いながら、ナチさんは歩くのをやめない。
でも、引きはがそうとはしない。
翡翠(ナカヨシなんだ!)
ヒスイはそう思った。
リクトは、ヒスイのすぐそばを歩いている。
ちょっと前に出すぎると、
陸斗「翡翠、離れるなよ。」
って、すぐ声をかけてくる。
そのとき──
陸斗「……来るぞ。」
リクトが、足を止めた。
ヒスイが顔を上げると、
前の方の草むらが、がさっと動いた。
角が大きい。
ふつうのホーンラビットより、ちょっと大きい。
翡翠(つよそう……!)
次の瞬間。
──ぼっ。
小さな火が飛んできた。
陸斗「っ!」
ヒスイのほうに、火の玉。
でも──
あつくない。
ヒスイは、自分の手を見る。
ヒスイはもう、火になれてる。
前に能力で、少しずつ火に適応していた。
だから、弱い火は、ぜんぜんきかない。
陸斗「翡翠!大丈夫か!?」
って言ってたけど、ヒスイは元気に言い返す。
翡翠「ダイジョウブ!」
その後ろで、
零王「おお〜、さすが翡翠なんね!」
レオさんが、感心したみたいに言った。
那知「でも油断はダメだからな。常に気をつけるんだ。」
ナチさんは、きりっとしてる。
陸斗「数は……多いな。」
リクトが、目を閉じる。
翡翠(……かんじとってる!リクトの能力だ!)
リクトの能力。
いのちの気配をさがすやつ。
陸斗「前と右。全部で……五体だ。」
零王「了解なんね!」
その瞬間。
レオさんの手に、
いつのまにか、武器ができていた。
零王「じゃ、いくんね!」
──ばっ!
レオさんが飛び出す。
ナチさんも、すぐ後ろから動く。
リクトは、
ヒスイの前に立ちながら、指示を出す。
陸斗「右、二体。那知!」
那知「わかった!」
ホーンラビットが飛びかかるけど、
零王さんの武器で、ばったり。
那知さんの動きは、すごくきれいだった。
自信ありそうなのも、ちょっとわかる。
翡翠(カッコいい…!)
あっという間に、
ホーンラビットたちは倒れていた。
陸斗「終わりだな。」
リクトが言う。
戦いのあと、
ナチさんがヒスイの前にしゃがむ。
那知「翡翠、体変じゃないか?」
翡翠「へーきだよ!」
ナチさんは、じっとヒスイを見る。
能力で、ちゃんと見てる。
那知「……異常なし。」
零王「よかったんねぇ…」
レオさんが、ほっとした顔。
リクトは、ヒスイの頭を軽くなでる。
陸斗「無理するなよ。」
翡翠「うん!」
ヒスイは元気にうなずいた。
翡翠(みんな、やさしい!)
また歩き出す。
森はまだつづくけど、
ヒスイはぜんぜんこわくなかった。
清雨side
──我は、少し後ろを歩いていた。
前では、案の定だ。
叶英「ですから、愛蘭。貴方はいつも雑だと言っているでしょう。」
愛蘭「は? ぼくは合理的だよ。君の方が無駄に細かいんじゃない?」
また始まった。
我はキセルをくわえ、ふうっと煙を吐く。
清雨(……相変わらず元気なことでアル。)
二人は並んで歩きながら、まるで呼吸をするみたいに言い合っている。
幼馴染で、ライバル。
この距離感が、もうお決まりだ。
そのときだ。
──がさっ。
前方の茂みが大きく揺れた。
叶英「ッ、来ますよ!」
叶英が、声の調子を一段落とす。
次の瞬間、角のある影が飛び出してきた。
ホーンラビットだ。
愛蘭「下がって!」
愛蘭が叫びながら、すぐにペンを取り出す。
迷いはない。
空中に、黒いバツ印。
線は太く、色は濃い。
描かれた瞬間、
ホーンラビットの動きが一瞬、ぴたりと止まった。
愛蘭「よし…!」
次の一撃で、撃退。
ほぼ同時に──
叶英「後ろです!」
叶英が、振り向きざまに動く。
すでに能力で察知していたのだろう。
背後から迫っていたもう一体を、的確に迎撃する。
叶英「まったく、不意打ちとは無粋ですね。」
口調は丁寧。
だが、相手への敬意はゼロだ。
その間に、我は静かに煙を吐いた。
白い煙が、意思を持つように広がる。
絡まり、組み合わさり、
檻の形になる。
逃げ場を失ったホーンラビットたちが、
煙の中でもがき──そのまま、沈黙。
清雨「……終わりアル。」
戦いは、一瞬だった。
だが──
叶英「だから貴方は詰めが甘いと言っているんです。」
愛蘭「はぁ? 今の完璧だったでしょ。君の方こそ、いちいち口出ししなくていいんだよ?」
すぐに、元通り。
我は再びキセルをくわえる。
清雨(……こいつら、どんだけ喧嘩するアルね……)
煙を吐きながら、二人を見る。
戦闘中は驚くほど息が合うくせに、
終わればこの調子。
叶英「愛蘭、感謝の一言くらいは言ってくれても良いのですよ?」
愛蘭「言うわけないでしょ?そっちこそ感謝すれば?」
我は、肩をすくめた。
清雨「進むアルよ。我は先を見るアル。」
どうせ、この森を抜けるまで、
この調子だろう。
……まあ、それも悪くない。
湾海side
……気まずい。
森の中を歩きながら、僕は二人の様子をちらちらと見ていた。
廉蘇「だから俺はあの時、行くなって言っただろ。」
宮雷「でも結果的には問題なかったでしょ。父さんが過剰なんだよ。」
廉蘇さんと宮雷くん。
仲良くないって聞いてはいたけど……想像以上に、はっきりした親子喧嘩だ。
湾海(どうしよう、日向くんともはぐれちゃったし……ていうか、この人達、仲悪いな……)
僕は間に入るタイミングも掴めず、ただ困ったように歩いていた。
その時。
廉蘇「──ッ。」
さっきまで言い返していた廉蘇さんが、急に黙った。
空気が、変わる。
廉蘇さんは目を閉じ、ほんの一瞬、耳に意識を向けたようだった。
次の瞬間、低く言う。
廉蘇「来るぞ…!」
ほぼ同時に、宮雷くんが目を伏せる。
宮雷「……見えたよ。」
未来を読む能力。
その声は落ち着いている。
宮雷「後ろから三体。横から二体来る。」
湾海(え、もう?)
僕は反射的に能力を使った。
周囲に漂う、感情とオーラ。
ざらついた敵意が、はっきりと二つ、横にある。
湾海「横の二体、ここだよ。」
そう言いながら、僕はそちらへ向けて攻撃する。
感情が強いぶん、位置も読みやすい。
ほぼ同時に──
廉蘇「遅ぇ!」
背後で、風を切る音。
廉蘇さんが、後ろから来た三体を一気に薙ぎ倒していた。
迷いがない。
さっきまでの口喧嘩が嘘みたいだ。
数秒で、静かになる森。
湾海「……終わったね。」
僕がそう言うと、宮雷くんが小さく頷く。
宮雷「湾海くん、ありがとう。助かったよ。」
湾海「うん……」
その直後。
廉蘇「だからな、宮雷。今みたいな時に油断するなって言ってるんだ。」
宮雷「油断してないよ。ちゃんと見てたでしょ。」
……また始まった。
でも。
僕は、もうさっきほど困らなかった。
湾海(オーラを見る限り、本気で嫌い合ってるわけじゃないんだよね…)
ぶつかる感情の奥に、ちゃんと繋がりがある。
不器用なだけで。
湾海「……行こっか。」
僕がそう言うと、
二人は同時に、少しだけ視線を逸らして歩き出した。
やっぱり、親子なんだな。
海斗side
森の中は静かだった。
……静かすぎて、逆に落ち着かない。
空斗「はぐれちゃったけど、まあ大丈夫でしょ!」
前を歩く空斗が、いつも通り能天気にそう言う。
瑛太「もう少し危機感を持っては?」
瑛太がため息まじりに返す。相変わらず、言い方が少し皮肉っぽい。
海斗(陸斗と離れたな……まあ、あいつなら大丈夫だろうな。)
俺はそう考えながら、周囲を観察していた。
足跡、枝の折れ方、微妙に乱れた地面。
その時、道の先に動く影が見える。
海斗「……ホーンラビットか。数匹いるな。」
空斗「ほんとだ! かわ──」
瑛太「静かにしてください。」
空斗の言葉を、瑛太が即座に切る。
瑛太は一歩前に出ると、何気ない動作で帽子に手をやった。
ただそれだけの仕草。
だが、能力はすでに発動している。
海斗(……来たな。)
ホーンラビットたちの動きが鈍る。
何かの合図なのか、何気ない動作なのか。
そんな余計な判断を挟まされているのが、こちらにも分かる。
海斗「今だ、空斗。」
空斗「了解!」
空斗が明るく返事をすると同時に、地面に転がっていた石や折れた枝が動き出す。
無生物操作。
石が跳ね、枝が絡みつき、ホーンラビットたちは混乱したまま倒れていった。
海斗「よし、片付いたな。」
俺はすぐに能力を使う。
地形、音の反響、さっきまでの戦闘の痕跡──情報を細かく拾い上げて、整理する。
海斗(北側で大きな戦闘……南東にも動きがある。分断された位置関係から考えると……)
海斗「……大体読めた。」
空斗「ほんと? さすが兄さん!」
空斗がぱっと明るくなる。
海斗「分析しただけだ。多分、こっちだ。」
瑛太「多分にしては、随分自信がありますね。」
瑛太が肩をすくめる。
海斗「外れたら責任は取る。」
そう言って歩き出すと、二人もついてきた。
はぐれてはいるが、完全にバラバラじゃない。
この森なら、まだ回収できる。
海斗(さっさと合流して、次に備えるか。)
俺はそう判断して、足を速めた。
帝偉side
森の中を進みながら、俺は内心ため息をついていた。
普巳「なあ、あれ食べれるかな?」
普巳が、そこらに生えている木の実を指さして言う。
帝偉「やめとけ。毒あったらどうすんだ。」
俺は即座に言って、腕を引っ張る。
普巳「大丈夫だろ、見た感じうまそうだし!」
帝偉「見た感じで判断するな。」
兄貴は昔からこうだ。自信家で騒がしくて、思いつきで動く。
それを止めるのが、いつの間にか俺の役目になっている。
ふと横を見ると、帝夜の姿がない。
帝偉「……チッ、あいつ。」
視線を巡らせると、帝夜がいつの間にか森の奥へ向かおうとしているのが見えた。
帝偉「おい、どこ行く気だ?」
帝夜「別に。ちょっとあっちの方に行こうと思っただけだ。」
帝偉「勝手に離れるな…!」
俺は襟を掴んで、強引に引き戻す。
帝夜「チッ…」
帝夜に反省の色は全くない。
その瞬間だった。
茂みが揺れ、ホーンラビットが飛び出してくる。
狙いは──普巳。
ツノが普巳の頬をかすめた、はずだった。
だが、次の瞬間、その結果がなかったことになる。
血も傷も、最初から存在しなかったかのように消えている。
普巳「……っと。今の、なかったことにした!」
普巳が軽く笑う。
能力──起こるはずだった結果を白紙にする。
厄介で、便利で、その分、必ずツケが来る能力。
帝偉「無茶するな…」
俺が言う間にも、別方向からホーンラビットが迫ってきていた。
帝偉「チッ……」
俺は能力を発動する。
自分の存在感を薄く、周囲に溶かすように操作する。
敵の意識が、俺から外れた。
同時に、帝夜が薄い氷を足元に展開し、その上を滑るように移動する。
さっきまでいた場所には、氷でできた帝夜が残る。
ホーンラビットが偽の姿に引き寄せられた。
帝偉「今だ!」
俺が踏み込み、普巳も動く。
それぞれの攻撃が決まり、ホーンラビットたちは倒れた。
普巳「いやー、危なかったな!」
普巳はいつも通り軽い。
帝偉「本当にそう思ってるなら、少しは慎重になれ。」
普巳「細かいこと気にすんなって〜」
……無理だな。
その後も、
普巳はまた木の実を見つけては「これならいけるだろ!」と言い、
帝夜は隙あらば別方向へ行こうとする。
そのたびに俺が止める。
そしてしばらく進んだところで、
普巳「うおっ!」
普巳が足を滑らせて転び、膝を軽く擦りむいた。
帝偉「……来たか。」
俺は小さく呟く。
能力の代償。
白紙にした結果は、形を変えて必ず戻ってくる。
普巳「いてて……まあ、このくらいなら安いもんだろ。」
普巳は笑って立ち上がる。
帝偉「安いとか言うな。」
普巳「細かいな〜お前。」
帝夜はそれを横目で見て、
帝夜「ほんと、兄弟そろって面倒だな。」と呟いた。
帝偉「お前には言われたくない。お前も弟をどうにかしろ。」
俺は即座に返す。
ため息をつきつつも、歩みは止めない。
帝偉(……全員無事に合流するまで、気は抜けないな。)
そう思いながら、俺はまた二人の背中を見張り続けた。
加奈登side
森の中を進みながら、僕は少し後ろを歩いていた。
米太「うおー!This forest is awesome!」
兄さんが、相変わらずのハイテンションで駆け回っている。
加奈登「兄さん、あんまり走ると転ぶよ。」
そう声をかけつつも、内心ではその様子を眺めているだけで胸がいっぱいになる。
元気で、楽しそうで、生きてる。それだけでいい。
……いや、よくはないんだけど。
米太「大丈夫だって!ほら見てこれ!」
兄さんはしゃがみ込み、変な形のどんぐりを掲げた。
米太「Weirdじゃね?超レアじゃん!」
加奈登「確かに、珍しい形だね。」
思わず微笑んでしまう。
少し離れたところで、枢臣くんは無言で周囲を警戒していた。
必要以上に口を出さず、でもちゃんと見ている。相変わらずだ。
その瞬間だった。
茂みが大きく揺れ、ホーンラビットが飛び出してくる。
一直線に、兄さんへ。
加奈登「え──」
米太「おっと!」
兄さんは即座に反応し、テンションを一気に引き上げる。
米太「よっしゃ来た!」
能力が発動し、勢いそのままに一体を叩き潰す。
……でも。
別方向から、もう一体。
死角だった。
加奈登「兄さん──!」
ツノが兄さんをかすめる。
枢臣「チッ……!」
攻撃に気づいた枢臣くんがすぐに銃を構えるが、枢臣くんがいつも使っているのはスナイパーライフル。
距離が近すぎる。
枢臣「近すぎるな……!」
──その瞬間。
頭の中が、真っ白になった。
兄さんが、傷つけられた
それだけで、全部どうでもよくなった。
能力が、勝手に発動する。
身体の奥から、熱が吹き上がる。
加奈登「……兄さんに、触らないで。」
自分の声が、やけに低く聞こえた。
戦斧を握り、踏み込む。
視界に入ったホーンラビットを、次々に叩き伏せる。
重さも、距離も、関係ない。
ただ、邪魔なものを排除するだけ。
数秒で、周囲は静かになった。
米太「……加奈登?」
兄さんの声で、ようやく我に返る。
加奈登「兄さん、大丈夫!?」
僕はすぐに駆け寄り、腕、肩、背中、脚と順番に確認する。
米太「え、ちょ、そんなに!?」
加奈登「少しでも傷があったら嫌だからね。」
米太「かすっただけだって!really!」
加奈登「……本当に?」
米太「ほんとほんと!」
ようやく安心して、息を吐く。
加奈登「よかった……」
膝が少し震えたけど、兄さんの前では見せない。
枢臣くんが銃を下ろし、淡々と口を開く。
枢臣「助かった。……すごい切り替わりだったな。」
加奈登「ピンチだったから、だよね。」
僕はいつもの調子に戻して微笑む。
加奈登「兄さん、もう少し周り見ようね。」
米太「はーい、反省しまーす。」
それでも、また楽しそうに歩き出す兄さんを、僕は半歩後ろから見守る。
加奈登(兄さんが無事なら、それでいい。)
それ以上の理由なんて、僕にはいらなかった。
琉聖side
森の中は、静かだけど落ち着かない。
風の音や、葉っぱの擦れる音が少し大きく聞こえる。
琉聖(……こっち、だいじょうぶ。)
僕は目を閉じて、意識を広げる。
野生動物の気配。足音の流れ。
危ないところと、安全なところの境目が、なんとなく分かる。
琉聖「こっち、行けそうだよ!」
僕がそう言うと、太希さんが頷いた。
太希「了解。頼むな、琉聖。」
そのすぐ後ろで、兄さんが太希さんにぴったりくっついている。
利亜「太希〜……この森、こわいんねぇ〜」
太希「またかよ。離れろよ。」
そう言いながらも、太希さんは兄さんを引き剥がそうとはしない。
琉聖(仲、いいんだな……)
そう思った、その時だった。
前方の茂みが、がさっと揺れる。
琉聖「──ッ!?」
ホーンラビット。
しかも、真っ直ぐ──僕に向かって。
避けようと足を動かした瞬間、視界が淡く光った。
バン、と空気を弾く音。
琉聖「……え?」
僕の前に、透明な壁みたいなものが現れていた。
ホーンラビットのツノが、それにぶつかって弾かれる。
太希「大丈夫か、琉聖。」
太希さんの声。
琉聖(あ……太希さんの、能力……)
仲間が攻撃された時に、自動で守る結界。
ちゃんと、僕を守ってくれた。
琉聖「ありがとう……」
その次の瞬間。
利亜「じゃあ、隠れるんね!」
兄さんが、楽しそうに言う。
ふわっと、世界が消えた。
自分の手も、足も、見えない。
太希さんも、兄さんも、消えている。
琉聖(透明……)
兄さんの能力だ。
姿を失ったまま、太希さんが一気に距離を詰め、
ホーンラビットは、気づいた時にはもう倒れていた。
利亜「もういないんね!」
利亜兄さんの声と同時に、視界が戻る。
琉聖「……びっくりした。」
思わず、そう漏らす。
利亜「ごめんごめん。でも安全なんね!」
兄さんは、へへっと笑った。
その後も、僕が感じ取った安全な道を選びながら、三人で進む。
しばらく歩いたところで──
?「あ、いたいた。」
聞き覚えのある声。
木の間から現れたのは、海斗さんと空斗さん、瑛太さん。
その後ろに、陸斗さん、那知さん、父さん、翡翠。
どうやら、途中で合流していたらしい。
零王「利亜!琉聖!」
父さんが、ぱっと表情を明るくする。
零王「会えてよかったんね〜!」
利亜「パパ!」
利亜兄さんも嬉しそうだ。
その一方で、太希さんは那知さんを見た瞬間、
ほんの一瞬だけ、表情を歪めた。
こうして、僕たちは十人になった。
人数が増えて、少し安心する。
でも、森はまだ広い。
琉聖(ほかのみんなも、早く見つかるといいな。)
僕はまた、そっと意識を広げて、
次の安全な道を探し始めた。
エイラside
森の中は、思ったよりもずっと入り組んでいる。
気づけば勇者のみなさんは、三、四人ずつに、きれいに散ってしまっていた。
エイラ(ふふ……これはこれで、悪くありませんね。)
エイラ「みなさん、結構ばらけちゃいましたね。」
私は歩きながら、隣のレイヴンさんに声をかける。
レイヴン「だな。まあ、想定内だろ。」
少し呆れたような声。でも、否定はしない。
エイラ「良い練習になりますし、結果オーライです。」
私は素直にそう言った。
エイラ「むしろ、こういうのが森の探検の醍醐味じゃないですか?」
レイヴン「……お前、本当に楽しそうだな。」
レイヴンさんは肩をすくめる。
エイラ「はい。正直、ワクワクしています…!」
エイラ(未知の地形、予想外の分断、臨機応変な対応……とても良い教材ですね。)
そう考えていると──
横の茂みから、ホーンラビットが勢いよく飛び出してきた。
私は視線も向けず、指先を軽く振る。
ぱちん、と小さく空気が弾けて、
詠唱もない下級魔法が発動する。
次の瞬間、ホーンラビットは地面に転がっていた。
私たちは何事もなかったように歩き続ける。
そのすぐ後ろから、また別のホーンラビット。
今度はレイヴンさんが、一歩も止まらずに前に出る。
どこから取り出したのか分からない刀が、いつの間にか手にあって、
一振り。
それだけで終わり。
レイヴン「この森、数が多いな。」
レイヴンさんが、淡々と言う。
エイラ「ええ。でも、練習相手としてはちょうどいいですね。」
勇者メンバーの居場所は、今のところ分からない。
でも、不思議と焦りはなかった。
エイラ(あの人たちなら大丈夫ですよね。)
実際、戦力も判断力も十分すぎるほどある。
それぞれが、それぞれの場所で、きっと上手くやっている。
レイヴン「にしても。」
レイヴンさんが、少しだけ声の調子を変える。
レイヴン「普通、引率役はもっと慌てるもんじゃないのか?」
エイラ「そうでしょうか?」
私は首をかしげる。
エイラ「制御不能な状況ではありませんし、学びの余地も多いですし。」
レイヴン「……やっぱりお前、変だな。」
エイラ「…よく言われます。」
また、横からホーンラビットが現れる。
私は今度も、歩きながら魔法を放つ。
倒れる音を背に、私は森の奥へ進む。
エイラ(さて……無事に全員合流できるでしょうか。)
そんなことを考えながら、
私は楽しそうに、森を探索し続けていた。
北実side
しばらく森の中を進んでいると、
前方から聞き覚えのある声がいくつも重なって聞こえてきた。
空斗「あ、いた!」
翡翠「こっちだよ!」
気づけば、はぐれていた仲間たち全員と合流していた。
思ったより早く集まれたことに、俺は少しだけ安心する。
そこへ、少し遅れて、
森の奥から、何事もなかったかのようにエイラとレイヴンが現れる。
エイラ「皆さん、無事でしたか?」
エイラは楽しそうに微笑む。
レイヴン「大丈夫そうだな。」
レイヴンは短くそう言って、周囲を見回した。
エイラ「では、次は本命ですね。オークの集落を探しましょう。」
全員で固まって進み始める。
今度は誰も、迷子にならないように。
少し歩くと──
木々の隙間から、粗雑に組まれた柵や、焚き火の煙が見えた。
レイヴン「……あれだな。」
レイヴンが小さく呟く。
オークの集落だった。
中には、明らかに体格の大きい個体や、装備の整った上位種もいる。
空気が一気に張り詰める。
エイラ「数は多いですが、問題ありません。」
エイラは落ち着いた声で言った。
合図と同時に、戦闘が始まった。
魔法、能力、武器。
今までの訓練で磨いてきたものが、一斉に叩き込まれる。
俺も南実と目を合わせ、
例の合わせ技で前線を崩す。
日向が敵の動きを鈍らせ、
国雲の補助で一撃が重くなる。
後衛からは魔法や銃撃、
側面では別の班がオークを押し返していく。
上位種もいたが、
数と連携の前では、長くはもたなかった。
最後の一体が倒れたとき、
集落には静けさが戻る。
レイヴン「……終わったな。」
レイヴンがそう言った。
森を抜け、街道に出る頃には、空はすでに夕方の色になっていた。
エイラが空を見上げてから、こちらを見る。
エイラ「今日はこのまま王都に戻るには、少し時間が足りませんね。」
南実「じゃあどうする?」
エイラ「せっかくですし!」
エイラは楽しそうに提案する。
エイラ「この街に泊まっていきましょう!」
異論は出なかった。
街に入り、宿を確保する。
大きすぎず、小さすぎない、冒険者向けの宿だった。
エイラ「では、今日は自由行動にしましょう。」
エイラがそう言うと、
みんな一気に表情が緩む。
米太「飯行こうぜ!」
普巳「俺は街探検する!」
それぞれが好き勝手に散っていく中、
俺は宿の前で一度、深呼吸した。
今日は、少しゆっくりしてもいいだろう。
そう思いながら、
俺も街の中へ歩き出した。
街に入ってから、自然と行動を共にする顔ぶれが固まっていた。
南実、日向、陸斗、海斗、空斗、そして俺。
特に決めたわけじゃないが、歩調も会話の間も噛み合っていて、気づけばこのメンバーで街を歩いていた。
南実「ねえねえ、あれ見て!」
南実が指をさす。
視線の先にあったのは、かなり年季の入った建物だった。石造りで、外壁はところどころ色が抜けている。看板にはかすれた文字で「図書館」と書かれていた。
北実(……かなり古いな。)
感覚的に、百年どころか、それ以上前からここにあるように見える。
空斗「うわ、絶対面白そう!」
空斗が目を輝かせる。
空斗「ね、入ろうよ!」
南実も即座に頷いた。
南実「行きたい!こういう場所、絶対何かあるでしょ!」
反対する理由もなく、俺たちはそのまま中へ入った。
中は外観以上に古かった。
高い天井、木製の書架、背表紙が擦り切れた分厚い本の数々。空気そのものが、長い時間を蓄えている感じがする。
南実「図鑑すっご……」
空斗「この本、厚さおかしくない?」
空斗と南実は完全にテンションが上がっていて、あちこちの棚を見て回っている。
俺はその様子を横目に見ながら、ふと一つの考えが頭をよぎった。
北実(……そういえば。)
絵本の並ぶ一角を見つけ、そちらへ足を向ける。
理由は単純だった。
──不思議の国のアリス。
アリシア家の五人が営む喫茶店の名前。
この世界にも、その童話があるのか、急に気になった。
棚を一つ一つ見ていくが、それらしいタイトルは見当たらない。
北実(……ないな。)
しばらく探していると、海斗が近づいてきた。
海斗「何か探してるのか?」
北実「絵本だ。不思議の国のアリス。」
海斗「ああ、あれか。」
海斗は少し考えてから言った。
海斗「一緒に見よう。」
二人で棚を確認していくが、結果は同じだった。
見当たらない。同じ題名どころか、似た雰囲気の本すらない。
海斗「……変だな。かなり有名だし、あってもいいと思うんだが…」
海斗が小さく呟く。
そのとき、背後からしわがれた声がした。
?「何を探しておるのかな?」
振り返ると、杖をついた老人が立っていた。
白髪で背は低いが、目だけは妙に澄んでいる。
この図書館の館長らしい。
俺は事情を説明し、「不思議の国のアリス」という絵本がないか尋ねた。
館長は首を傾げる。
館長「聞いたことがないな。そんな本は、この図書館にはないな。」
北実「……そうですか。」
だが、館長はすぐに、何かを思い出したように目を細めた。
館長「いや……一度だけ、その名前を聞いたことがある。」
俺と海斗は、同時に顔を上げた。
館長「わしがまだ幼かった頃じゃ。七十年ほど前になるかな。当時は、父がこの図書館の館長をしておってな。」
館長は、遠い記憶を辿るように語り始めた。
金髪と黒髪が混じった、不思議な髪色の子供たちが五人。
女の子が二人、男の子が二人、それからボーイッシュな女の子が一人。
兄弟のように仲が良く、特に女の子二人は双子のようだった、と。
その五人が、まったく同じ質問をしたという。
「不思議の国のアリス」という絵本はないか、と。
当時の館長──館長の父も探したが、見つからなかった。
後日、改めて調べても、結局その本はどこにも存在しなかった。
話を聞き終えたとき、俺と海斗は一瞬だけ視線を交わした。
北実(……アリシア家の五人?)
だが、すぐに否定する。
七十年近く前という時間の差。
そして、髪色が決定的に違う。アリシア家の五人は、全員が完全な金髪だ。
海斗「……別人、だな。」
海斗が低く言った。
北実「ああ。」
俺も頷く。
──それでも。
一致しすぎている。
偶然で片付けるには、どうにも引っかかる。
北実(じゃあ、なんでアリシア家の五人は、その物語を知ってる?)
答えは出ないまま、俺たちは図書館を後にした。
少し歩いてから、近くの喫茶店に入り、遅めの食事をとることにした。
メニューを眺めていて、俺はふと気づく。
北実(……和菓子がない。)
抹茶も、団子も、饅頭も。
アリシア家の「不思議の国のアリス」には、確かにあったはずだ。
店員に尋ねてみると、怪訝そうな顔をされた。
店員「ワガシ…? いえ、知らないですね。聞いたこともありません。」
その答えに、胸の奥がざわつく。
北実(知らないはずのものを、なぜあの店は普通に出している?)
結局、その疑問も解けないまま、宿へ戻った。
部屋では、今日の街の感想を言い合ったり、依頼の話で少し盛り上がったりして、いつの間にか夜も更けていた。
布団に入って目を閉じても、
図書館の話と、和菓子のことが頭から離れなかった。
北実(……この世界には、まだ俺たちの知らない何かがある。)
そんな考えを抱えたまま、俺は眠りに落ちた。