テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
石造りの回廊が、内側から弾けるような爆発音と共に崩落を始めた。
『黒い百合』の最深部、三十年の闇が詰まった迷宮は、自浄作用のようにすべてを飲み込み、崩れていく。
「急げ、山城!足を止めるな!」
俺は背中に突き刺さったナイフを強引に引き抜き、溢れ出る血を掌で押さえながら叫んだ。
「わかってます、兄貴……!でも、志摩さんが!」
通路の先、崩れ落ちた天井の隙間から、志摩が泥塗れの姿で這い出してきた。
その手には、組織のデータセンターから力尽くで奪い取ったと思われる、重厚なハードドライブが握られていた。
「……ハッ、死に損なったな、お二人さん」
志摩は吐血しながらも、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「この中には……親父さんが命を懸けて守った『黒い百合』の構成員リストと、この国の裏帳簿がすべて入っている。これがあれば、奴らはもう二度と表舞台には立てない」
出口へと続く非常階段を駆け上がる。
背後で、拓海の遺体と組織の野望が、コンクリートの濁流に飲み込まれていく音が聞こえた。
◆◇◆◇
横浜の埠頭
冷たい潮風が、傷だらけの俺たちの顔を撫でた。
水平線の彼方から、薄紫色の夜明けが少しずつ、だが確実に空を塗り替えていく。
志摩は埠頭の縁に座り込み、手にしたドライブを静かに見つめた。
「……これを公表すれば、日本の政財界はひっくり返る。だが、俺たちの居場所も完全になくなるぞ」
「……構わねえよ」
俺は海を見つめながら、短く答えた。
「俺たちは最初から、名前のない野良犬だ。居場所なんて、自分で歩いた跡にできるもんだろ」
俺は懐から、あの『黒い百合』の紋章が刻まれた古い写真を破り捨て、破片を海へと放った。
親父が囚われていた過去も、拓海が演じていた偽りの友情も、すべては波間に消えていった。
「山城。お前、これからどうする」
「……俺は、兄貴についていきますよ。どこまでも」
山城は鼻をすすりながら、だが力強く笑った。
志摩は立ち上がり、重いドライブを海の一番深い場所へと放り投げた。
「…えっ!?志摩さん、何を……!」
驚く山城を無視して、志摩はタバコに火をつけた。
「……あんな呪いの箱、この世には必要ねえ。証拠なんてなくても、俺が全員、地獄へ送り届けてやるよ。刑事としてじゃなく、一人の『掃除屋』としてな」
俺たちは、それぞれの傷を抱え、昇り始めた太陽に向かって歩き出した。
親父が守ろうとした「意志」とは、組織を継ぐことでも、過去を暴くことでもなかった。
ただ、次の世代が、自分の意志で、自分の足で、新しい朝を歩き出すこと。
俺たちの体から、黒い百合の香りはもうしない。
あるのは、鉄の匂いと、確かな生の熱さだけだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!