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────パリンッ。
今日もまた、仁人のところへ行こうとした朝のことだった。
乾いた音が家の廊下に響いて、ガラスが辺り一面に飛び散った。
その音のすぐ近くを歩いていた俺は、突然の事で声も出せず、反射的に体を縮こまらせてしまう。
自分の真横を見れば、不自然に割れた窓ガラス。
足元には破片が散らばり、その一つが俺に当たったのだろうか、腕からは少し流血をしていた。
傷をもう片方の手で抑え、呆然と立ち尽くす。
割れた窓ガラスの穴をじっと見つめていると、血相を変えた母さんが飛んできた。
「何!?なんの音!?」
「あ、えっと………」
「なにこれ……なんで窓割れてんのよ……。」
母さんは俺と同じ方へ視線を向けると、戸惑いの声を漏らした。
「まさかこれ、勇斗がやったの?」
半分怒りの色を見せながら、疑いの目で俺を見てくる。
「いやっ、……俺じゃな──」
咄嗟に反論をしてしまいそうになって、慌てて言葉を飲み込んだ。
俺は、何もしていない。
勝手に、ひとりでに割れたんだ。
何か理由があるとすれば、それはきっと。
「………うん、そう。俺がやった。ちょっとふざけ過ぎてさ、ごめんなさい。」
頭に浮かんだそれを、覆い隠すように嘘を重ねる。
母さんに意味もなく怒られてでも、それだけは守りたかった。
「もー、何やってんのよ……てか勇斗、怪我してるじゃない!」
「あ、うん……破片が飛んできたっぽくて。」
「怪我してるなら早く言いなさいよ!ほら、あと片付けはやっとくから、先に手当してきなさい。」
「うん、ほんと……ごめんなさい。」
もう一度母さんに頭を下げて、小走りで自室へと戻る。
ベッドに腰掛けて、抑えていた傷に大きめの絆創膏をペタっと貼り、そのまま壁にもたれかかった。
ぼんやりとした頭で、天井を見上げる。
この1週間、さっきの窓ガラスみたいな不可解なことが何回も起こっていた。
棚の上から、突然荷物が落ちてきて頭に当たったり。
何も無いところでコケて、階段から転げ落ちたり。
大怪我こそしていないものの、俺の体は今あちこちに傷を作っていた。
冷静になって、じいちゃんの言葉を思い浮かべる。
『人に取り憑いて、災いをもたらす。』
多分きっと、いや絶対にそうなんだろう。
俺は今、仁人に取り憑かれている。
仁人と出会った時にも、言われたはずだ。
『ここには、悪いものがいる』と。
俺は勝手にあそこには、仁人以外の人ならざるものがいるのかと思っていたけれど。
仁人は恐らく、自分のことを指していたのだろう。
俺を傷付けないようにする為に、せっかく追い払ってくれてたのに。
俺が無視して何度も会いに行っていたから、いつの間にか取り憑かれていたんだろう。
絆創膏の上を、そっと撫でる。
このまま仁人に近付き過ぎたら、どうなるんだろうか。
少しの怪我では済まなくなって、大事故にでも巻き込まれて。
最悪、死ぬんだろうか。
「死ぬのは、ちょっと怖いかもなぁ。」
あまりにも呑気な声で、ぽつりと呟いてしまう。
別に自殺願望があるとか、病んでるとかそんな事は決してない。
ただ俺は、仁人と離れて平和に暮らすよりも、仁人の近くで自分の身を危険にさらす方が
幸せだと、考えただけだった。
ベッドから体を起こして、外へ出る準備をする。
腕を隠すように、着ていたTシャツから長袖へと着替えた。
こんな真夏に変だと思われるだろうか、それでもきっと仁人は、俺の傷を見たら悲しむだろうから。
仁人を悲しませるくらいなら、不自然でも何でもいい、そう思った。
「怪我、大したことないから友達のところ行ってくるね。」
母さんにそう言い残して、家を後にする。
俺はいつもと変わらない足取りで、神社へと向かった。
山へ足を踏み入れて、そのまま迷うことなく歩き続ける。
ある場所に到達した時、生暖かい風が頬を撫でて。
俺の目の前には、自然と小さな神社が佇んでいた。
「勇斗っ!待ってたよ!」
俺の姿を見つけた仁人が、まるで子犬のように境内の奥から走ってくる。
目の前まで来ると、えくぼを浮かべてとろんとした笑顔を見せた。
そうだ。この可愛い顔さえ見れれば、自分がどうなってもいいんだ俺は。
別に、どうでもいい。
仁人以外はもう、全てどうでもいい。
「今日いつもより来るの遅くなっちゃったね、ごめんね。」
「ほんとだよ。今日は来てくれないのかと思っちゃったじゃん。」
上目遣いで俺を睨みつけて、頬を膨らませる。
本人は怒っているつもりなんだろうけど、全く怖くなくて。
どう頑張っても愛嬌の方が勝ってしまうのが、いかにも仁人らしい。
「ごめんごめん。お詫びに今日は、いつもより長くいるから。」
「えっ、いいの?でも…夕飯までに帰らないと怒られるんじゃなかった?」
「怒られるよ。でも、別にそんなのどうでもいいもん。」
「えー、でも勇斗が帰った後に俺、今自分のせいで怒られてるのかなぁって思うのヤダよぉ。」
「………じゃあ、もう帰るのやめようかな。」
じゃれ合うような会話の中で、俺がそっと言葉を落とす。
その小さな声は仁人には届かなかったようで、「ん?なに?」と聞き返されたけれど。
「ううん、なんでもない。」と、思わず誤魔化してしまった。
本殿の扉前に腰掛けると、仁人が肩が触れそうな距離で、横に座ってくる。
腰を下ろした仁人は、俺の体を見つめながら声を掛けてきた。
「勇斗、長袖……暑くないの?」
「えっ…あーー、ちょっと日焼けしたくなくてさ 笑」
笑いながら、苦し紛れの言い訳をする。
優しい仁人は俺の怪我を見れば、自分のせいだと嘆くはず。
取り憑かれたことは、死んでも話すつもりはなかった。
「それを言うなら、仁人も長袖じゃん。」
話題をそらすように、仁人が着ている長袖の白い無地のカットソーを指差した。
「だって俺、寒さとか暑さとか感じないもん。」
「ぅえっ!?そうなの!?」
「ふふん、そうなんだよっ。」
腰に手を当てて、胸を張り、自慢するようにドヤ顔を決めてくる。
その姿があまりにも可愛くて、自然と頬が緩んでしまった。
「へーそっか。それなら過ごしやすくていいね。」
「まぁね。後、眠いなーとかお腹空いたなーとかもないかな。」
「ふーん、そうなんだ………ってあれ?」
「ん、どうしたの?」
「いや。俺が来た時たまにさ、目つぶって横になってない?」
「あ。あれは、考え事してるだけだよ。」
「てっきり昼寝してるのかと思ってた……いつも何考えてんの?」
「勇斗のこと。」
他愛もないやり取りの中、不意にそんなことを言われて、思わず息を呑んでしまう。
言葉を失ったまま、まるで闇を溶かしたような、黒く澄んだ瞳をじっと見つめる。
お互い何も言わないまま、視線を絡めていると、ゆっくりと仁人の顔が近付いてきた。
そして目を閉じる間もなく、視界の全てを仁人が埋めつくした。
何も感じない。
体温も、感触も、普通ならかかるはずの息も。
そこにいるはずなのに、俺の唇は何一つその感覚を拾ってはくれなかった。
それなのに、可笑しくなってしまったのではないかと疑うほど、全身が熱くなって。
心臓が今にも、破裂してしまいそうだった。
名残惜しそうに、仁人の顔が遠のいていく。
指先一つ動かすことが出来ず、瞬きを繰り返すだけの俺を見て、仁人は
「ふふ、ちゅー……しちゃった。」
と自分の唇に両手を当てながら、照れくさそうに笑った。
その無防備さに俺の理性は崩れていって、もう一度唇を重ねたいと思い、本能のまま仁人の頬に手を伸ばした。
でもやっぱり、俺の指は仁人に触れることはなく、神様の悪戯みたいに呆気なく抜けていった。
何も感じられなかった手を、きつく握りしめる。
手のひらに爪がくい込んで、じわりと血が滲んだ。
「……………触りたい。」
「俺、仁人に触りたいよ………。」
がくぶち🐌
ゆ。