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Ruu
23
羽海汐遠
16,561
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「リズごめんね。あなたまで付き合わせてしまって……」
「とんでもありません。クレハ……いや、ラリーさんの行かれるところならば、例え火の中水の中です。どこまでもお供致しますよ」
『とまり木』でルーイ様とティータイムを満喫した後、私とリズは馬車で軍の詰所へと向かった。ルーイ様お手製栗のパウンドケーキを届けるためである。
「今、リザベット橋の警備は三番隊だと伺っております。三番隊には見知った方も多いですが、警備隊の隊員でラリーさんの正体を知っているのはクライヴさんとフェリスさんだけです。ルーイ先生の助手であるラリーさんに無体を働く者はいないと思いますが、くれぐれもお気をつけて……」
「うん、分かってる」
ラリーの姿の時は周りの目を気にせず自由に振る舞えるので気楽である一方、『クレハ・ジェムラート』だからこそ得られていたであろう恩恵を受けられなくなってしまう。
警備隊の隊員はレオンの婚約者である『クレハ』には敬意を持ち、丁重に扱ってくれる。でも『ラリー』はルーイ様の関係者とはいえ、ただの助手なのだ。雑にされることはないにせよ、クレハと同等の扱いを受けられるのかと聞かれれば否である。自由と引き換えに周囲からの保護が手薄になってしまう。
これまで幾度もラリーの姿で行動してきたので、その辺りの違いは充分理解しているつもりだが、改めてリズの言葉を胸に刻み込んだ。
「ラリーさんの正体をむやみやたら明かすわけにもいきませんからね。多少警備が手薄になったとしても、変装した姿であればそもそも目立つのを抑えられますし、敵を欺くにも有効です。ラリーの存在はクレハ様の息抜きという用途以外にも多くの使い道がありますので、その使いどころをしっかりと見極めるのが大切ですね」
「さっきルーイ様にも『ラリー』への変装はちゃんと考えてしなさいって言われた。楽だからってやり過ぎないようにするね」
私の言葉を聞いたリズはにっこりと微笑んだ。ルーイ様もリズも変装を多用し過ぎるのは要注意だと言うが、決してやめろとは言わない。これは『ラリー』というもうひとつの私の姿が、いざという時に役に立つと考えられているからである。
『クレハ・ジェムラート』には明確に命を狙っている、いわば『敵』が存在している。それらがまたいつ牙を向いてくるか分からない。ラリーはそんな『敵』から身を守るための手段となり得るのだ。
先ほどリズが口にした『敵を欺く』ことができるというのもそのひとつ。変装することで危害を加えようとする輩から逃走しやすくなるし、その姿を利用して潜入調査だってすることが可能なのだ。私が初めてラリーの姿になったのだって襲撃事件の調査のためであった。
「今日はクライヴさんの他にネルさんとティナさんにもお会いになる予定なのですよね? それならば変装は必須ですよ。ルーイ先生の仰る使いどころってやつですから」
ネルとティナに対面する時は必ず『ラリー』で行けと言われていた。これはルーイ様もリズも昔から一貫している。
初めてふたりに会ったのがラリーの姿だったということもあるが『クレハ・ジェムラート』の存在が彼女たちの精神に与える影響が未知数なのだ。
ルーイ様いわく、ふたりに施された暗示は弛んできているらしい。それでも……私の命を狙っていた『敵』と通じていた彼女らを、安全だと判断することはできなかった。何か起こるかもしれないし、何も起こらないかもしれない……ネルとティナを心配する一方で警戒もしている。そんな状態が数年間続いていた。
「……私の本音としてはラリーさんの姿ですら会って欲しくないのですけどね。あのふたりが『予言者』と呼ばれる犯罪者に誑かされていたというのは知っていますが、ニコラさんの事もありますし……どうしても割り切れない感情が湧いてきてしまいます。それに、クレハ様にもしものことがあったらと思うと……」
『予言者』……6年前、ジェムラート家の侍女であった『ニコラ・イーストン』を利用して私の命を奪おうとした者。私の『敵』である。
ニコラさんは私に対して抱いていた加害感情を予言者に利用され、犯罪に手を染めてしまったのだ。ネルとティナは予言者とニコラさんを繋ぐ橋渡しの役割を担っていた。三人とも予言者によって人生を狂わされたといえる。
リズはネルとティナが暗示をかけられていたとはいえ、予言者側にいたという事実がありながら、拘束すらされていない現状に不満を持っていた。ニコラさんがしたことは許せないとしても、いまだに消息不明となっている彼女のことを考えると、虚しさや悔しさといったやりきれない思いに囚われてしまう。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずってリズは知ってる? 前にルーイ様が教えくれた言葉なんだ。簡単に言うと、大きな成果を得るためには自ら危険の中に踏み込む必要があるって意味。ネルとティナに時々会わせて欲しいってお願いしたのは私だから……」
『予言者』が一度自身の手駒として利用していたネルとティナ。彼女らに再び接触を図る可能性はゼロじゃない。そして、ネルとティナも『ラリー』の姿とはいえ『クレハ』と接することで、予言者の正体に関わる記憶を取り戻すかもしれない。
クレハと会うと『何が起こるかわからない』と危惧しながらも、その何かが良いものであるという期待も捨てきれない。そんなどっちにも振り切れないもどかしい状態を解決するための妥協策が『ラリー』だったのだ。私が身分を偽り、危険だと知りつつもふたりと会っているのはそれが理由である。
「ネルとティナに会う時は必ず複数人でって決まりもあるじゃない。警備隊の隊員が付き添ってくれるから、私ひとりで対応するわけではない」
事件が発生した直後、私が8歳の子供の時だったらルーイ様だって反対していたと思う。でも、今の私はあの頃とは違う。
6年間の鍛錬の末、私の戦闘技術はかなり向上した。リズには内緒にしているけど、魔法だって上達したのだ。風の魔法を使えばリズを抱えて屋根の上に飛び上がることだって簡単だ。
私に魔法を教えてくれたルーイ様……そして、戦闘の指南をしてくれたレオンとクラヴェル兄弟を初めとした『とまり木』の皆のおかげだ。残念ながらレオンやクラヴェル兄弟と肩を並べるには至らなかったが私は強くなった。それは胸を張って間違いなく言えるだろう。
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