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第二話:秘湯の浄化と、初めての契り
朱塗りの回廊を歩くたび、足元から伝わる木の温もりが、まるで生き物の鼓動のようにドクンドクンと脈打って感じられた。
僕の意識は、玉藻が放つ甘い煙と香りに浸食され、現実と幻の境界線を失いつつある。彼女の細く白い指先が僕の手を強く引き、宿の最奥へと導く。そこには「月下美人の湯」と彫られた、古びたが重厚な設えの湯殿があった。
引き戸を引いた瞬間、白い湯気が生き物のように猛然と溢れ出し、僕たちの視界を乳白色の闇に染める。
硫黄の微かな香りに混じり、玉藻の体から立ち上る、あの焦がれるような芳香が鼻腔の奥を支配した。
「……さあ、何を呆けておる。まずはその薄汚れた現世の布を剥ぎ取らねば、清まるものも清まらぬぞ」
玉藻はそう言って、僕の胸元に細い指をかけた。
ボタンがひとつ、またひとつと外される。普段、満員電車で揉まれ、理不尽な上司に頭を下げ続けてきた、いわば僕の防護服であったはずのシャツが、彼女の手によって無残に床へ落とされていく。
剥き出しになった肌を、湿り気を帯びた山の夜気が撫で、僕は小さく身震いした。
「ふふ、震えておるのかえ? 案ずるな……妾(わらわ)がすぐに、芯まで熱くして進ぜよう。お主のその怯えも、汚れも、すべて妾が飲み干してやるわ」
彼女の指先が僕の鎖骨をなぞり、そのまま滑るように腹筋を下り、ベルトへと伸びる。
抵抗する意志など、とうの昔に霧の中に捨ててきた。
僕はされるがまま、生まれたままの姿にされた。羞恥心よりも先に、彼女の黄金の瞳に見つめられているという事実に、下腹部が熱く疼き、理性がひび割れていく。
「ほう……お主、形は悪くないのう。……だが、まだ『種(たま)』が眠っておる。妾がその根から、じっくりと呼び覚ましてやらねばならぬな」
玉藻は満足げに目を細めると、自らの着物の帯に手をかけた。
するりと、真紅の布が床に崩れ落ち、衣擦れの音が静寂に響く。
湯気の中から現れたのは、雪のように白い、しなやかな曲線美だった。
豊かな胸の膨らみ、引き締まった腰つき、そして何よりも目を引くのは、彼女の腰から生える大きな一房の、圧倒的な存在感を放つ白い尾。その尾は意思を持つかのようにゆらりと揺れ、先端が僕の太ももを撫でた。
「……見惚れたかえ? ほら、湯船へ参ろう。妾が直々に、お主を磨いてやろうぞ」
彼女に促され、檜の湯船に身を沈める。
湯は驚くほど滑らかで、肌に吸い付くようだ。
玉藻が背後から密着するように入ってきた。彼女の柔らかな胸が僕の背中に押し当てられ、豊かな尾が水中をうねり、僕の足に絡みつく。
「お主の背は、随分と凝っておるな。現世の重荷をすべて、妾に預けてしまえ。……ここは、お主を縛るものは何一つないのじゃから」
彼女の手が、首筋から肩、そして胸へと這い回る。
ただの洗体ではない。彼女の指先が触れる場所から、火のような熱が体内に流れ込んでくるのが分かった。
それは「霊力」を呼び覚ますための、あやかしの愛撫。
彼女の指が僕の胸板をなぞるたび、全身の血液が沸騰し、頭の中が真っ白に染まっていく。
「……ああ、熱くなってきおったな。お主の『種』が、妾を求めて騒ぎ出しておるぞ? さあ、前を向きなさい」
玉藻は僕を正面から向き合わせると、その艶やかな肢体を僕に預けてきた。
湯気を吸い込み、上気した彼女の顔は、この世のものとは思えないほど美しい。
その唇は熟れた果実のように赤く、誘うように僅かに開かれている。
僕は堪らず、彼女の細い腰を引き寄せた。
「おやおや、……随分と荒ぶるではないか。お主、妾に触れたくて堪らぬのじゃな?」
玉藻はクスクスと喉を鳴らし、僕の耳たぶを甘く噛んだ。
水中で、彼女のしなやかな尾が、僕の最も敏感な場所に触れる。
毛並みの柔らかさと、その奥に潜む獣の力強さ。
僕は堪らず声を漏らし、彼女の白い肩に顔を埋めた。
「……玉藻、……っ、僕は……」
「『玉藻』でよい。これからは、お主と妾は一心同体……つがいの仲になるのじゃからな。お主のその熱いものを、妾の奥底へと注ぎなさい。それが、この宿を、妾を救うたった一つの方法なのじゃ」
彼女は僕の首に腕を回し、熱い吐息を吐き出しながら、僕を挑発するように微笑む。
玉藻の手が僕の導き、彼女の湿った熱へと誘う。
結合の瞬間、全身を突き抜けるような衝撃が走った。
人間の女とは違う、吸い付くような、そして魂まで奪い去るような締め付け。
「ああ……っ、お主、良い……! 妾の中に、お主が満ちてゆく……。これほど濃い霊力、……たまらぬわ……っ!」
玉藻の表情が、気高い女将のそれから、一匹の牝としての恍惚へと変わる。
彼女は僕の背中に爪を立て、何度も何度も腰を跳ねさせた。
水面が激しく揺れ、檜の縁に湯が溢れ出す。
僕は夢中で彼女を抱きしめ、その白い尾を握りしめながら、自分の中にあるすべてを彼女に明け渡そうとした。
現世での苦しみ、孤独、虚無感。
それらすべてが、彼女と混じり合う快楽の中で燃え尽きていく。
僕は確信した。もう、あの冷たい雨の世界には戻れないし、戻りたくもない。
このあやかしの女の腕の中で、魂が尽きるまで翻弄されたい。
「……逃がさぬ、……絶対に逃がさぬぞ、お主……。お主のすべては、妾のものじゃ……」
玉藻の黄金の瞳が、涙に濡れながら僕を見つめる。
絶頂の瞬間、僕たちは同時に叫び声を上げ、湯殿の天井を突き抜けるような霊力の渦が巻き起こった。
月明かりだけが、あやかしたちの隠れ宿で交わされる最初の睦み合いを静かに、そして淫らに見守っていた。