101 ◇哲司の見舞い
「良かった。雅代ちゃん、ちゃんと意識が戻ったんだな」
「うん。心配してもらってありがとう。でもどうしてここにいるのが分かったの?」
一体誰が彼に知らせてくれたのか、本当に分からなくて雅代は思わず哲司に尋ねた。
「雅代ちゃんのお母さんから知らせてもらった」
「手紙で?」
「うん。意識不明で入院って知らされたからびっくりしてしまって……」
哲司は一報をもらってから心配で雅代が死んでしまうかもしれないと思うと
居ても経ってもいられなくて、食事も喉を通らないほどだった。
だが、哲司がそれを雅代に伝えることはなかった。
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから安心して」
「そっか。元気そうで良かったよ」
「お母さんが手紙出しちゃったりしてごめんね。私両親には哲司くんとの
こと何も話してなかったから……」『まだ、仲良くしてると思って手紙出したんだと思うの』
頭の中で出て来た言葉は、半ばまでで途絶えた。
流石に途中からの台詞は言えなかった。
「うん、お母さんにしたらまさか俺が雅代ちゃんにプロポーズしたなんてこと
知らないだろうしね。いいよ気にしなくて。
それに連絡もらってよかったと思ってるし」
「哲司くんはやさしいね。そう言ってくれてありがとう」
『そんなこと言ってもらえる立場じゃないのにね』
❀
哲司に対して、どんどん口に出して言えない言葉が増えて切なかった。
それでも、その顔を見れば不思議と心が安らぐ――雅代だった。
「俺さぁ、意識無くした経験がないだろ? どんな感じ?」
「分かんないわよぉ~。意識ないんだからぁ~」
「「ははっ」」
他愛もない話を朗らかに語り、哲司は帰っていった。
帰り際―――
戸口で『またね』と軽く手を振る哲司に向けて、雅代は知らず知らず胸の内で
再会を願うかのような言葉を呟いた。
『うん、またね。ありがとう哲司くん。元気いっぱいもらったよ』
ふたりの別れ際の言葉は、日常的に一般的に誰もが使っている何気ない表現なのに、
雅代はそこに意味を見出そうとした。
それは、病気からくる心細さがそうさせたのかもしれなかった。
――――― シナリオ風 ―――――
雅代
「……哲司くん!?」
哲司(安堵した笑顔で)
「良かった……雅代ちゃん、ちゃんと意識が戻ったんだな」
雅代
「うん。心配してもらってありがとう。
でも、どうしてここにいるのが分かったの?」
哲司
「雅代ちゃんのお母さんから知らせてもらったんだ」
雅代
「手紙で?」
哲司
「うん。“意識不明で入院”って聞いて、びっくりしてさ……」
(N)「知らせを受けてからというもの、哲司は食事ものどを通らなかった。
雅代が死んでしまうかもしれない――そう思うと、居ても立っても
いられなかったのだ。
だが、それを本人に伝えることはなかった」
雅代
「心配かけてごめんね。もう大丈夫だから、安心して」
哲司(ほっと息を吐いて)
「そっか。元気そうで良かった」
雅代(少し言いにくそうに)
「お母さんが手紙出しちゃったりしてごめんね。
私……両親には哲司くんとのこと何も話してなかったから。
たぶん、まだ仲良くしてると思って手紙出したんだと思うの」
哲司
「うん。お母さんにしたら、まさか俺が雅代ちゃんにプロポーズしたなんて
知らないだろうしね。
いいんだ、気にしなくて。それに、連絡もらって良かったと思ってるし」
雅代(微笑んで)
「……哲司くんは、やさしいね。ありがとう」
(心の声)
『そんなこと言ってもらえる立場じゃないのに……』
ふたりの間に柔らかい空気が流れる。
哲司「俺さぁ、意識なくしたことないんだけど……どんな感じなんだ?」
雅代(苦笑しながら)「分かんないわよ。意識ないんだから」
ふたり、顔を見合わせて笑う。
(N)「他愛もないやり取り。
けれどそのひと時は、不思議なほど心を安らげた」
別れ際に哲司、戸口に立ち、軽く手を振る。
哲司「――またね」
雅代(心の声/胸の内でつぶやく)
『うん、またね……。ありがとう、哲司くん。元気をいっぱいもらったよ』
(N)
「何気ない、ありふれた別れの言葉。
けれど雅代にとっては、そこに特別な意味を見出さずにはいられなかった。
病に揺らぐ心細さが、そうさせていたのかもしれない――」
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