「たっだいまー!」
テンション高く帰ってきたミューゼ。そこへアリエッタが名前を叫びながらトテトテと駆け寄ってくる──
「………………」
──筈だったが、何もやってこない。部屋の中を見てみると、異様にテンションの低いアリエッタが、ソファの上でクリムに抱っこされていた。
「って、アリエッタどうしたの?」
しょんぼりしながら顔を上げ、ミューゼを見るも、ため息をひとつ。
不思議に思い、アリエッタを抱いているクリムを見る。
「えーっと、怖がってるというか凹んでるというか……」
「フラウリージェで何があったの? まさか着せ替えしちゃった?」
すぐにアリエッタが落ち込む理由を考えた。
一番あり得るのは、欲望の赴くままに着せ替えを楽しむ行為。過去に何度もアリエッタの心を打ち砕いている。
「違うし。着せ替えはしなかったし」
フラウリージェでは着せ替え行為は一切無かった。というより一度全滅していたので、ほとんどの店員が食事以上に心がお腹いっぱいで、行動へと移さなかった。
「じゃあえっと……怖い目に合ったとか?」
服屋に行って凹む案件は着せ替え以外は思いつかなかった。ならば外で何かあったのではないかと推測する。
しかしクリムはアリエッタを抱きしめる力を強め、頬を撫でながら首を横に振った。
「それがよく分からないし。みんなで食事しながら話してるうちに、いつの間にか落ち込んでたし」
「何してたの……」
「ネフテリア様も乱入して、途中からよくわからなくなったし」
「はぁ……」
ミューゼもピアーニャに鎮圧された後に、その辺りの大まかな事はネフテリアから聞いていた。ただしアリエッタの様子は聞かされていなかった。
「そういえば絵を見て服を注文したって言ってたような……」
「先に試作作るから待っててって、ノエラさんが泣きついてたし。最終的には服を1種類だけ、ネフテリア様用に試作するって事で落ち着いてたし」
実際は13着のうち半分を融通してくれと頼んでいたが、アリエッタにじ~っと見つめられ、パフィとオスルェンシスに睨まれた結果いたたまれなくなり、渋々一番気にいった1着だけを涙目でお願いしていたのだった。
ちなみにパフィはともかく、アリエッタは咎めていたわけではない。なんだかよく分からずに、絵を見て楽しそうにしているネフテリアを眺めていただけである。
「へぇ、アリエッタには敵わないってぼやいてたけど、そうか注文じゃなくて懇願してたのね。オスルェンシスさんが冷たい眼で見てたのはそーゆーワケだったのねー」
「でね、5日後に試作出来た分だけ持ってくるし。閉店後にノエラさんとネフテリア様がここに来るし」
「りょーかい。お掃除に気合が入るわ」
「ごはん出来たのよー。ミューゼおかえりなのよ」
要件をいくつか伝えたところで、パフィが料理を終え、食事の時間となった。ミューゼ以外の3人はフラウリージェでかなり食べた為、軽食をつまむだけとなっている。主にミューゼへの報告の為にパフィが同席した。
「テリア様が必死に頼むくらいだから、反応はもちろん?」
「バッチリだったのよ。ノエラさんを倒したのよ」
「た、たおした?」
パフィは絵を見せた時の様子を説明し、その時にアリエッタがお礼の言葉を覚えた事も言った。
「お礼出来るようになったんだー」
「ええ、みんなおかしくなった程可愛いのよ……」
その時の事を思い出し、顔を押さえて身悶えするパフィ。意味が分からないミューゼは顔を傾げている。
「お礼で可愛い……アリエッタが可愛いのは分かるけど、そこまで?」
早急に、アリエッタにお礼言われるような事をしなければと、食べながら作戦を考えるミューゼであった。
続いて、今現在凹んでいるアリエッタの話題となる。
「じゃあパフィにも原因分からないんだ」
「そうなのよ。ネフテリア様が『ヨークスフィルン』に行こうって言い出した後までは元気だったのよ。その後しばらく話してたらいつの間にか怖がってたのよ」
「着せ替えしてないのに?」
「なのよ」
今の所、服屋では着せ替え以外で落ち込む原因が全く分からない2人。パーティ中も常にパフィかクリムと一緒にいたので、コッソリと何かされたという事も無い。
ネフテリアもその変化には気づいていたものの、報告するのが少し怖くなって、自分からミューゼには言わずにパフィに丸投げしていたのだった。
「原因が分からないなら仕方ない。とりあえず元気を取り戻させなきゃ」
「あの場にいた私達だと今日は手に負えないかもしれないのよ。そうなったら明日よろしくなのよ」
「うん、任せて」
この後パフィとクリムは、アリエッタの機嫌取りに奮闘した。出来る事といえば、ひたすら抱きしめて撫でまわすくらいだった。元気が出なければ、明日留守番のミューゼに託す予定である。
困った2人はアリエッタを2人がかりで風呂に入れていた。さすがにその時は慌てて逃げようとしたが、結局2人に挟まれながら茹で上げられ、より一層静かになっていった。
「のぼせないように半身浴だったのに、どうしてこうなるし?」
「さぁ……」
(もういやぁ……2人とも柔らか過ぎ……せめてお湯の中だったら見えなかったのに)
アリエッタの前世を知らない大人達は、不思議そうにグッタリしているアリエッタを介護していた。
『アリエッタ、大丈夫?』
『……全然大丈夫じゃない』
アリエッタの精神世界、色々と見ていたエルツァーレマイアは、元気の無い娘を心配し、膝枕で甘やかしている。話というか、事情聴取をしたいということで、頭は撫でていない。
『アレがそんなにショックだったの?』
『……うん』
『そっかー』
フラウリージェのパーティ中、会話中に目にしたある物体が、アリエッタに大きな衝撃を与えていた。パフィがいくら撫でても、テンションが戻らない程である。
原因が分かり、そんな娘の様子に頭を捻るエルツァーレマイア。そして1つの結論を口にした。
『諦めて受け入れよう?』
『うわああああああああああん!!』
その一言で、アリエッタは丸くなって泣いた。そのままエルツァーレマイアの膝をペチペチ叩き始める。
(うふふ、可愛いなぁもう。でもこればっかりは受け入れてもらうしかないわねぇ)
和んでいると、ふと涙目で睨みつけるアリエッタと目が合った。
『あら、そんなに見つめられたら照れちゃうじゃないの♡』
『睨んでるんだよ! ばかあああああ!!』
そしてまた膝をペチペチ叩き始める。そこには成人男性の面影は一切無い。順調に幼い泣き虫少女へと成長?している様子である。
原因がはっきりしたので、エルツァーレマイアはアリエッタの頭をそっと撫で、落ち着かせた。
『うぅ……』
『悪かったとは今も思ってるわ。でも、アリエッタは女の子なのよ』
『うん……もうそこは諦めてる』
『可愛い服も着たし、トイレだってもう1人で出来るものね』
その発言で、アリエッタがピクリと身を震わせた。
『遅かれ早かれ、アレは絶対避けられないわ』
『うわああああん!! やっぱやだああああああ!!』
『だって見た感じ、ぱひーもてりあもノリノリだったじゃない』
フラウリージェでみた物を思い出して、アリエッタの顔は真っ赤に染まり、エルツァーレマイアの頬がピンクに染まった。
顔を押さえるアリエッタをしっかり堪能しながら、エルツァーレマイアは可能な対抗策を思案する。
『アリエッタ。気持ちだけでも楽になる方法があるんだけど、聞く?』
『…………うん』
『良い子ね。といっても、アリエッタが今までやってたことをするだけよ。自分で好きなのを描いて、のえらに見せるの。それだったら自分の思った通りの物が出来るでしょ?』
『………………』
案を言うと、アリエッタがむくりと起き上がった。その目は希望に満ち溢れている……なんて事は無く、人生を諦めたような絶望的な目になっていた。
『そんな顔も可愛いわね……ウチのアリエッタは万能だわ』
『! ママの……ド変態いぃぃぃ!!』
『あんっ♡』
突如エルツァーレマイアに飛びかかり、押し倒した。そのままポコポコと拳で叩いていく。
『いたいいたいー……いや…ちょっとアリエッタ? いたっ…本当に痛いんだけど? 力強くない?』
最初はポコポコだったが、いつの間にかドスドスという音がハッキリと響き渡るようになっていた。
『いたあっ! アリエっ……ごめ、ごめんっだっ……ったあーーー!?』
こうしてしばらくの間、精神体同士にも関わらず物理で殴られまくった女神の悲鳴が、娘の精神世界で響き渡るのだった。
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