テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
【詰めが甘い】
マンションのロビーに降りた宗親は、ふたりいるコンシェルジュのうちのひとりに問いかけた。
「すみません。うちの妻、見かけましたか?」
と。
24時間体制でシフトを組んで常に2名のコンシェルジュを配置しているこのマンションから出入りしようとして、彼女たちの目をかいくぐることは不可能だ。
そろそろ交代の時間のはずだが、宗親は今朝も彼女たちに行ってきますをした記憶がある。
そんな彼女らに、朝宗親と一緒に出かけたのを見たきりだと答えられたなら、春凪は帰宅していない。
だが――。
「17時過ぎにお戻りになられましたよ?」
ご自宅にいらっしゃるのでは?という疑問符満載の視線を向けられて、宗親はやはりな、と思う。
「そうですか。有難うございます」
言って立ち去ろうとして、やはりここまできたら1つ問うのも100問うのも一緒だと開き直る事にした。
「もしかして、うちの妹、来ませんでしたか?」
言えば一瞬明らかに戸惑うような間があって。
「あ……いえ、お、お見かけしていませんよ? ――ね?」
ソワソワと隣のもう1名のコンシェルジュに同意を求めて、ふたりして落ち着かない様で「お見かけしていません」と首を振る。
何とも歯切れの悪い感じだ。
このマンションのコンシェルジュはしっかり教育が行き届いたスタッフを採用しているはずなのに、これはおかしい。
(やはりアイツ、来ているな)
と宗親は確信した。
となれば――。
「僕が全責任を取るので正直に教えてください。緊急事態なんです」
宗親は普段は使いたくなくて避けているのだけれど、「今回だけは特別だ」と開き直って、〝オーナーの血縁〟という権限を使わせてもらう事にした。
「ほ、本当にお話申し上げても大丈夫です、か?」
それでもなお躊躇いの表情を消せないでいる最初のコンシェルジュが、自分のすぐ隣に座るもうひとりの女性と顔を見合わせてから、恐る恐るといった感じで問いかけてきて。
「ご存知でしょう? ゆくゆくは僕が父から全てを引き継ぐであろうことを」
春凪を娶ると決めたことで、父親から自分の元へ戻ってこいと言われるのは時間の問題だ。
そうなれば、宗親は現社長である父に遠慮する気なんてない。
自分の立場をフルに活かして、役員たちを実力でねじ伏せてやる、と思っている。
そのための外部への出向だったのだ。
今、春凪と一緒に勤めている会社で身につけたノウハウは、必ず自分の身を助けることになると、宗親は知っている。
もちろん、会社の経営とこのタワーマンションの所有権や運用とは別の話だと分かっているが、今現在父親の片腕として副社長を張っている叔父を牽制しておきたいのは確かなのだ。
宗親が辞退したからといって、まるでその機会を待っていたようにこのタワマンの最上階に移り住んできたことも実際気に入らない宗親だ。
まるで常に叔父に監視されているような気がして気持ちのいいものではないし、自分より上の階に叔父がいると思うと頭を押さえつけられているような気分がすることは否めない。
そう思っていることが知られるのは腹立たしいので顔に出したことはないし、たまたまロビーなどで出会えばにこやかに挨拶はかわすけれど、宗親的には心中穏やかならずなのも事実。
妹の夏凪はやたらとこの叔父になついているし、自分だって子供の頃は――というより今でも――すごく可愛がってもらってはいるのだけれど、まぁそれはそれ、これはこれ、だ。
ビジネスライクに考えるならば間違いなく宗親にとっての最大のライバルは叔父に違いないのだから。
叔父がこのマンションに住んでいることを考慮するならば、ここで虎の威を借る狐よろしくコンシェルジュたちの雇い主に顔がきくのだぞ、とやらかす事は出来れば避けたかったのだが。
自分のものである春凪が身動きが取れない状況にあるとあっては、悠長に構えてもいられない。
夏凪が裏で糸を引いていることならば、身内のしでかした不始末に仮初の婚約者である春凪を巻き込むのは可哀想だし、申し訳ないとも思ってしまった。
いくら偽装の妻候補とは言え、宗親は春凪にそのぐらいの情は掛けているつもりだ。
(というより春凪のことは――)
そこまで考えて、まぁ自分の春凪への想いはどうでも良いのだと思い直した宗親は、コンシェルジュふたりを真正面からヒタと見据えた。
「それに……。妻はもちろんのこと、妹も僕の身内ですので」
家族間のことなのだから言っても然程問題はないでしょう?と含ませると、
「かしこまりました。では……正直に申し上げます」
宗親の、射るような真摯な眼差しと、畳み掛けるような言葉に根負けしたらしい。
コンシェルジュのふたりが顔を見合わせてうなずき合ってから、口を開いた。
「いらっしゃいました。本日23時まで……25階のゲストルームAを押さえておられます」
言われた宗親は、ふたりににっこり微笑む。
自分がそうすることの効果を十二分に知った上での極上スマイルだ。
それを浮かべながら、
「話してくれてありがとう。――えっと……迷惑ついでにもうひとつだけ僕に協力してもらえますか?」
そう言ったら、目の前のふたりがポッと頬を赤く染めて問うてきた。
「どのような……ご用件でしょうか?」
何なりとお申し付けください、という声が聞こえてきそうなうっとりとした表情に、宗親は内心ほくそ笑みながら続ける。
「僕にもその部屋に入室する権限を」
本来ならば絶対にやってはいけないことだけれど、やってはいけないというだけであって、出来ないと言う意味ではない。
そもそも夏凪の顔認証であの部屋のロックを解除出来るようにしたのは他ならぬコンシェルジュなのだ。
さすがにそれは……と躊躇う素振りを見せたふたりに、宗親は追い討ちを掛けるようにニッコリ微笑んだ。
全責任は僕が取るのだからやりなさい、という圧を込めて。
「――すぐに出来ますよね?」
という言葉とともに。
***
宗親が夏凪が借りたゲストルームAの扉を、コンシェルジュをけし掛けて半ば強引に取得した解除キーを使って開けてみると、きらきらのフルーツタルトを食べながら呑気にお茶会を繰り広げている夏凪と春凪の姿があって。
顔合わせの時にはあんなに春凪のことを敵視しているように見えた夏凪が、どういうわけかコロコロ笑いながら春凪と打ち解けているように見えた。
自分の妹の性格を熟知しているつもりだった宗親だったけれど、案外宗親が把握している夏凪はほんの一面に過ぎないのかも知れない。
てっきりプライドの高い、自分に似て腹黒な所のある妹が、名前の通り、春風駘蕩が服を着て歩いているような春凪のことをいびり倒しているのではないかと要らぬ心配をしてしまった宗親だったけれど、現状を見る限りではそんなこともなさそうで。
親族権限まで使って手荒な真似をしたと言うのにこれ。
自分だけ馬鹿みたいではないかと思ってしまった宗親である。
「――これはどう言うことなんですか?」
行き場のない怒りを一度深呼吸をして静かな声音とともに吐き出せば、夏凪がキョトンとした顔をして「あら、お兄様。見て分かりませんこと? 春凪さんとお茶会をしてるんですわ」とあっけらかんと返してきて。
いや、見れば茶会の最中だと言うのは一目瞭然なのだが、宗親が言いたいのはそういう事ではなく。
オロオロと視線を彷徨わせている春凪だけは、宗親の真意を汲んでくれているらしいことが分かるのがせめてもの救いだ。
「むっ、宗親さんっ。ごめんなさいっ、私っ」
春凪の口にした〝ごめんなさい〟は、宗親にマトモな連絡も寄越さず夏凪との語らいを楽しんでしまったことに対する謝罪だろうか。
一瞬そう思った宗親だったが、何かが違う気がして――。
「謝られることありませんわ、春凪さん! お兄様がアタシへの義理も忘れるくらい春凪さんのことを溺愛なさっていてうらやましいって話をしていただけなんですものっ」
今日のアレコレは、急に自分の姉になった春凪という人間が、どれだけ宗親に愛されているのかが量りたくて計画したことなのだと夏凪が言って。
それがどうやったら〝自分が春凪を溺愛している〟という結論に達したのかが読めなくて思わず恨めしげに春凪を見た宗親である。
「ひっ! ち、違うんですっ。……私っ、宗親さんが私を少しでも早く手に入れたくてあれこれ急がれただなんて一言もっ!」
途端春凪がそんな声をあげてことの次第をほぼ暴露した挙句、夏凪の陰に隠れて。
宗親は頭の中、
(ちょっと待て。何でそんな話になっている?)
と、常ならば思考回路の中でさえも使っているはずの敬語も忘れて思ったけれど、眉をほんの少し動かしただけで、何とかポーカーフェイスを貫いた。
「お兄様っ、照れ隠しに春凪さんをいじめるのは許しませんことよ?」
春凪さんはアタシの親友なんですから!と胸を張る夏凪に、「それ以前として、春凪はお前の義姉になるんですけどね?」という言葉とともに溜め息の出た宗親だ。
(いくら妹でもそこはしっかり押さえておいてもらわないと、周りへの示しがつかない)
そんな風に思った宗親だったけれど。
「アタシ、兄姉はお兄様だけで間に合ってます」
とあっさり却下されてしまった。
「アタシに必要なのは歳の近い友人だってお兄様もおっしゃってらしたでしょう?」
夏凪が高飛車で早とちりで他者の話を半分程度にしか聞かない性格のせいで、歳の近い友人が出来ないことを、宗親が兄として気を揉んでいたことは確かだ。
しっかり話してみればいい子だと分かってもらえるはずなのだが、どうしてもそこにたどり着くまでが難しいらしく。
今まで夏凪には――利害関係を抜きにして――友人らしい友人が出来たことがなかった。
ひとえに自分や家族が夏凪のことを甘やかし過ぎてしまったがゆえの弊害だろうと分かるから、罪の意識を感じなくもない宗親なのだ。
だから夏凪が同い年の春凪と仲良くなれたというのは確かに大変喜ばしいことではあるのだけれど。
「僕や春凪の前で彼女のことを親友と呼ぶのは構いません。ですが――公の場では〝お義姉様〟と呼ぶように」
妹の、身分をわきまえない言動を苦々しく思いながらも、溜め息まじりで妥協案を提示してしまうあたり、宗親も夏凪には大概甘い。
「そっ、それはアタシも分かっています。TPOを踏まえた言動を取るのはレディとしての嗜みですものっ!」
宗親が譲歩してきたことで、夏凪の方も少しだけ態度を軟化させた。
しかし宗親はそこですかさず夏凪に釘を刺すのを忘れない。
「それとね、夏凪。いつも言っていますが、〝アタシ〟ではなく〝わたし〟と言うように。普段から意識して直すようにしておかないと、咄嗟の時に癖が出て恥をかいてしまいますよ?」
毎度会うたびにそこは正すように言っているのだけれど、頑なに「アタシ」で通す妹に、宗親もほとほと手を焼いている。
幸い公の場では「わたくし」などと、宗親の提案の更に上をいく夏凪なのだけれど、こうして普段何気ない会話の中で「アタシ」を連呼していると、いつかボロが出てしまいそうで兄としては気がかりなのだ。
「プライベートのアタシはアタシですもの。問題ありませんわ」
ちゃんと公私で使い分けているのもご存知でしょう?と言わんばかりの物言いに、宗親は小さく嘆息した。
(やはりこの子は我が強くていけない)
宗親は、夏凪がせめて春凪の半分くらいで構わないから、自分の言うことを素直に聞いてくれたらと思わずにはいられない。
歳が離れていることもあり、夏凪のことは可愛い妹だと思っているのだけれど、こういう意固地な態度を見るたびに、宗親は接し方を間違えたかな?と考えてしまうのだ。
両親にしても、宗親がある程度育ってから生まれた久々の赤ちゃん――しかも女の子!――に、長子である宗親に接するときとは明らかに態度が違っていて。
夏凪のことは父も母も思いっきり甘やかしていたと、宗親は幼心に記憶している。
将来、後継人にと考えている跡取り息子の宗親と、ゆくゆくは良縁に恵まれて嫁がせられたら、と思っている娘とでは親の方も気合の入れ方が違ったのだろう。
両親が、宗親に厳しく当たった罪悪感を、夏凪を甘やかすことで埋めているようにも思えて、宗親は自分の背負っているものの重さを痛感したのを覚えている。
他者になるべく本心を悟られないように、と教育されてきた宗親にとって、妹の夏凪は唯一気負わず接することのできる対象だった。
夏凪も歳の離れた兄のことを「お兄様」と慕ってよく懐いてくれたし、頼られることに快感を覚える性質の宗親は、少々夏凪に肩入れし過ぎてしまったらしい。
元々おしゃまなところのあった夏凪は、いつしか年齢の割に老成した物言いをする、可愛げのない女性に成長してしまった。
91
#契約結婚
鷹槻れん

12,587
#第4回テノコン
れの
3,792
コメント
2件
むねちかさん、頑張ってるやん(笑)
読み終えたわ。 宗親がオーナーの権限まで使ってコンシェルジュを脅す感じ、めっちゃカッコよかったんだけど、あとで夏凪と春凪が仲良くフルーツタルト食べてるのを見て「自分だけ馬鹿みたい」ってなるギャップが面白すぎた(笑)。 しかも夏凪が「親友」宣言してきて、義姉扱いを渋る流れとか、兄妹の関係性がじわじわ見えてきてほっこりしたわ。 春凪がオロオロしながら「溺愛してるって言ってない!」って暴露しちゃうのも可愛かったし、またこの二人の距離が縮まった回だったな。次も楽しみ🔥