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それから3人は大通りへと歩きだした。
横断歩道を渡る少し前に、信号が赤に変わる。
(お父さん……)
私はお父さんの背を見つめながら、知らないうちに立ち上がっていた。
写真の中でしか見つめられなかった人が、歩いて、話をして、笑っている。
瞳に映る光景が、私にはまるで仮想現実のようだった。
会いたかった。
何年もずっとずっと、お父さんに会いたかった。
だけど、会えたらどうしたいとか、なにを話したいとか、そういったことはまるで考えていなかった。
だから私は、馬鹿みたいにお父さんの姿を目に焼き付けるしかできない。
お父さんがリオンになにか話しかけた。
その横顔がとても優しくて、私は切なくて、涙が零れそうになった。
『追いかける?』
ざわめき混じりに声が聞こえた。
私はほぼ無意識にレイを見つめ、それからお父さんへ目を戻した。
追いかける?
お父さんを?
お父さんの背中を見ながら、自分が傍に駆け寄るところを想像した。
あの信号が変われば、もうお父さんとはこれで終りになる。
声をかければ振り向いてくれる距離にいるのに、あと数十秒で手が届かないところまで離れてしまう。
お父さん。
お父さん、お父さん。
心の中で名を呼んでも、お父さんはリオンを見つめたままだ。
ずっと会いたかった。 何年もの間ずっと。
今この瞬間も、私はお父さんを恋しいと思ってる。
だけど……たとえ追ったとしても、それから先に幸せを想像できない。
私はかなり間をあけて、首を横に振った。
行けない。
お父さんにはお父さんの世界があるし、やっぱりそれが私の手が届かない場所だったから。
信号が青に変わり、3人が大通りを渡っていく。
姿が見えなくなると、私はぺたんと花壇の淵に腰を下ろした。
心の中が抜き取られたみたいで、なにも考えられない。
一定の間隔をあけて、駅から出てきた人が目の前を通り過ぎていく。
電車が過ぎる音を耳に、放心したままどれくらい経っただろう。
ふいに顔をあげた時には、さっきまでまだ薄明るかった街は、完全に夜の装いだった。
腕時計に目をやれば、時刻は8時を指そうとしている。
(1時間もこうしていたんだ)
私はようやくとなりを見た。
レイは黙って遠くを見つめている。
ずっとそうしてくれていたから、となりにいても存在をほとんど感じなかった。
私の視線に気付き、レイはこちらを見る。
目が合ったと同時に、なにか言わなければと言葉を探した。
だけどまとまらずにうつむきかけた時、レイが先に言った。
『腹減ってない?』
『……え?』
『なにか食べて帰ろうか』
てっきりお父さんのことを言われると思っていた私は、目を瞬かせた。
正直お腹はすいていなかった。
けど時間も時間だし、付き合ってくれたレイは空腹だろう。
私は弱々しく笑った。
心の中でレイに「ごめん」と謝りながら。
『そうだね、そうしよう』
そう言った時、レイは少しだけ悲しい目をした。
だけどすぐに私の手を取って立ち上がる。
引き上げられる形で立ち上がり、私は力の入らない足で、レイと飲食店が並ぶ通りへ歩き出した。