テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
塩 﨑 _ .
314
171
𝕔𝕠𝕔𝕠
7,286
もなか
79
勇side
顔面に食らった猫パンチのヒリヒリとした痛みを手のひらで押さえながら、俺は部屋の壁に掛けられた時計に目をやった。
時刻は、午後11時45分。
あと15分。
15分経てば、深夜0時になる。
「……なぁ、仁人。あと15分で0時だぞ」
ベッドの上のモコモコした毛布に向かって声をかけると、突き出ていた尻尾がピクッと跳ねた。
「みゃーお(知るかボケ!)」
相変わらず毛布の中から怒りの鳴き声が聞こえるが、どこか緊張しているのが伝わってくる。
だってそうだ、0時になれば、さっきの「我慢できない」って言った俺と、この至近距離でまた生身の人間として向き合うことになるんだから。
俺は自分の手首をさすりながら、手当ての途中で散らばった救急箱の道具を静かに片付け始めた。
不思議と、心臓のバクバクはさっきより落ち着いている。
いや、落ち着かせないと、また0時になった瞬間にメーターが爆発して、戻った仁人を即座に猫に戻してしまう。
愛の出力コントロール、か。
マジで死活問題だな……
深く息を吐き、頭を冷やす。
仁人が照れて必死に言い訳していた姿は、確かに脳裏に焼き付いて離れないけれど、今はとにかく『健全な幼馴染の距離感』を必死にイメージするんだ。
カチ、カチ、と時計の針が進む音だけが、静かな部屋に響く。
やがて――時計の長い針と短い針が、真上で重なった。
ピッ、ピッ、ピッ、ポーン……。
0時を告げる電子音が鳴ると同時に、ベッドの上の毛布が、内側から一気に膨らみを見せる。
「あ……」
モコモコだった毛布が押し上げられ、そこから人間の長い手足と、大きすぎる俺のパーカーを纏った仁人の体が、ずるりと這い出てきた。
「……はぁ。やっと戻った」
仁人は気まずそうに髪を掻きむしりながら、ベッドの上に体育座りをした。パーカーの袖から覗く手は、まぎれもなく人間の男の形をしている。
俺は床に座ったまま、ベッドの上の仁人を見上げた。
「おかえり、仁人」
「……ただいま。っていうか、お前、その顔」
仁人がジト目で俺の頬を指差す。
鏡を見るまでもない。
さっき猫の姿で本気で引っ掻かれた引っ掻き傷が、赤くなって数本走っているはずだ。
「痛そうだろ? ヤンキーの勲章がまた増えちゃったわ」
「バカ。自業自得だろ……。変な雰囲気にするから……」
仁人はフイッと顔を背けた。でも、その耳の先端はまだほんのり赤い。
いつもならここで「んだとコラ!」と言い返すところだけど、今の俺には別の目的がある。
俺は立ち上がり、静かにベッドの縁へと腰掛けた。
仁人がビクッと肩を震わせ、警戒するように身を引こうとする。
「逃げるなよ」
俺は今度は手首を掴むのではなく、そっと、仁人の大きすぎるパーカーの袖口を掴んだ。
驚いたように目を見開く仁人に、俺はできるだけ優しく、体温を伝えるように語りかける。
「さっきは、焦ってごめん。驚かせた」
「勇斗……」
「でも、本気だから。お前が俺を心配して、人工呼吸だろうがなんだろうが……その、キスしてくれたの、めちゃくちゃ嬉しかった。だから、今度はちゃんとしたやつを、お前が人間の時に、お前の意志でさせてほしい」
まっすぐに目を見つめると、仁人の瞳が揺れた。
胸の奥が熱くなる。
メーターが上がりそうになるの
を、必死にグッと堪える。
「……お前、本当に、バカじゃないの」
仁人は蚊の鳴くような声で呟くと、掴まれていた俺の手のひらに、自分の温かい手を重ねてきた。
「メーター、上がってないな?」
「あ、ああ。今は……セーフ。奇跡的にコントロールできてる」
「じゃあ……」
仁人は顔を真っ赤にしながらも、今度は視線を逸らさずに、俺の襟元をぎゅっと 掴んできた。
「1回だけ、だからな。……変態勇斗」
そう言って、仁人が少しだけ顎を上げた。
今度は煙も弾けない。派手な音もしない。
静かな午前0時過すぎの部屋で、俺たちはゆっくりと、今度こそ『ちゃんとした』唇を重ね合わせた。
fin
コメント
3件

おっへへぇ…なにこれリピ確だろうへへへへ
読み終わりました……!「ちゃんとしたキス」っていうタイトルが、まさにこの話の全部を表してるんですね。勇斗くんが必死にメーターをコントロールしようとしている姿に胸がきゅっとなりました。それから仁人くんが「1回だけだからな」って言いながらも目を逸らさずに襟元を掴むところ、すごく仁人くんらしくて、でもちゃんと勇斗くんに向き合おうとしているのが伝わってきて泣けます。静かな0時過ぎの部屋で重ねたキス、甘すぎてずるいです。素敵な最終話をありがとうございました……!🤍