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「あっ、聖女さまじゃん」
先に私を指さして声を上げたのは、宵色の瞳を持つ弟だった。
私も、久しぶりすぎて一瞬何処の子何処もかと思ったら、普通の子供でないことにすぐに気がついた。双子、それも大富豪の息子達。白いフリルと胸元にはそれぞれの瞳を象徴するかのような大きな宝石を付けたルクスとルフレは、私を見るなり駆け寄ってきた。彼らの後ろにいたメイドは私に気づきぺこりと頭を下げた。変装をしていても分かる人には分かるのだと、これでは意味がないのでは、とすら思った。
「久しぶりじゃん、聖女さま。星流祭以来」
「久リぶりじゃん、聖女さま。連絡もしてこないで」
「何で私がアンタ達に連絡よこさなきゃいけないのよ。暇じゃないんだけど」
と、返してやれば、彼らは何が面白のかクスクス笑いだした。そういえば、彼らに買ったプレゼントは贈れずじまいだったし、アルバに頼んで持ってきてもらおうかと思った。ここから聖女殿まではそこまで距離がないし、何よりアルバの足の速さならすぐ取りに行けるだろうと。
私はちらりとアルバの方を見た。
「何でしょうか! エトワール様!」
「ちょっと、お願いがあるんだけど……聖女殿までいってものを取ってきて欲しいんだ」
「物とは?」
「まあ、その彼らに贈るためのプレゼント。前にお世話になったし、そのお礼をまだちゃんと出来ていなくて」
そういえば、アルバは一から十理解したように頷いた。
「そうだったんですね。彼らは、伯爵家のご令息のルクス様と、ルフレ様ですよね。そんな方とも知り合いだなんて、さすがエトワール様です」
「あ、あはは……ということで、頼める?リュシオルに言えば、何のことだか分かってくれるはずだから、お願いね」
「はい……あ、しかし、その間の護衛は」
「それなら、心配ないよ」
と、口を挟んだのは私ではなくルクスだった。
彼は少し馬鹿にしたような笑みを浮べて、私とアルバににこりと微笑んだ。その笑みはやはり、含みがあるというか何というかでいけ好かない。
「何をプレゼントしてくれるかは分からないけど、どうせ僕達には不釣り合いな物だよ。だって、欲しいものは何でも手に入るんだもん。聖女さまが買うものなんて知れてるでしょ」
「私の主人を侮辱しないで下さい」
「へ? 聖女さま、護衛変わったの?」
そう突っ込んだのはルフレで、私の顔をまじまじと見てきた。それから、グランツの方に視線を動かして、また私に戻す。グランツの方をちらりと見たが、ここからでは角度的に顔が陰っていてよく見えない。
ルフレは、驚いたような様子で私の方に近寄ってきた。
「どういうこと?」
「話せば長くなるの、突っ込まないで」
気になるなあ……何て言いつつも、ルフレはそれ以上聞いてこなかった。聞いてきたらどうしようと思ったが、彼なりに配慮してくれたのかも知れない。まあ、ただの子供ではないんだし、それぐらいは出来るかと、私はそれよりもプレゼントを買ったものをいらないというような言い方をしたルクスを睨み付けた。彼は嘲笑的な笑みを浮べている。
「ちょっと、そんな言い方ないじゃない」
「だって、事実だもん」
「……いいわ、ルクスにはあげない。ルフレにはあげるから」
そう言ってやれば、ルクスの視線が一気にルフレの方を向いた。ルフレも何故僕? みたいな表情を浮べていたため、私はそのまま彼らの返事を待った。好感度で言えば、ルフレの方が高いし、ルフレの事の方がよく分かる。ルクスはませガキ過ぎていけ好かない。ルフレの方は、ませている感じがしない、ちょっと感じの悪い子供という感じだけど。
「何でルフレに? 仲良かったっけ?」
「アンタよりかはね」
「…………じゃあ、僕もいる。どうせ、不釣り合いだろうけど、聖女からの貢ぎ物だからね。受け取っておいて損はないと思う」
やはり、言い方が気に入らなかったが私は、それを素直になれないだけだと捉え、アルバに取ってきてと頼んだが、彼女は自分が私の元を離れることをためらっているようだった。
「あっ、女の騎士さん。大丈夫だよ。今ここにいるのはメイドだけだけど、店の前に僕達の騎士が沢山いるから。きっと聖女さまは安全だよ」
「……分かりました。ありがとうございます」
と、アルバはルクスに頭を下げた。
爵位はどっちの方が高かったか何て考えつつ、アルバが私の前まで来て深く頭を下げた。そうして、あげたときには、捨てられた子犬のようなかおをする物だから、私は困ってしまう。
「エトワール様、では行って参ります」
そういって、アルバは私に背を向けて歩き出した。しかし、扉付近で立っていたグランツの前で立ち止まると、何か一言二言口にした。
「グロリアス、エトワール様とトワイライト様をよろしくお願いします」
アルバは、何かをグランツに告げた後店を出て行った。
アルバの雰囲気からして、護衛を――なんちゃらかんちゃら何だろうけど、グランツはそれに対して何も返さなかった。当たり前だから何も言わなかったのかも知れないけれど、それもそれで感じが悪いと思った。まあ、それを咎めはしないけれど。
私は、何も言わないグランツを少しの間見ていると、クイッと私の服を引っ張るトワイライトに気がつき彼女の方に身体を向けた。
「お、お姉様。彼らは?」
「ああ、あの子達はね――――」
「ええっ! 聖女さまって妹いたの!?」
「ええっ! 聖女さまって妹いたの!?」
と、私が双子を紹介しようとすると彼らは私を押しのけてトワイライトの前に出た。全く私のことを何だと思っているんだと、貴族のボンボンだから何でも許されるとでも思っているのだろうかなんて思いつつ見ていると、ヘルプといった感じにトワイライトが私の方を見てきた。
私は、仕方ないなあと、彼らから引きはがそうとしたとき、グランツが口を開いた。
「すみません、俺の主人が困っています」
そう、低い声で言ったグランツに驚いたのか双子はトワイライトから距離を取った。トワイライトはすぐさま私の後ろに隠れた。双子は、「あっ」と声をそろえて、隠れたトワイライトを目で追っていたが、すぐに私ニッコリとした気味の悪い笑顔を向けた。これは、確実に何かを企んでいる顔だ、と私は嫌な予感を膨らませる。
グランツは私達の前に出てきてくれて、庇うように双子の前に立ちふさがったけど、両脇から顔を覗かせて双子は私達を見ようとしてくる。グランツは、何も言わない。
「本当に妹なの?」
「妹って言うか、妹なんだけど」
「妹です!」
どう説明すればいいか迷っていると、トワイライトは大声でそう言って、私の服をギュッと掴んだ。それはもう破れるんじゃないかってぐらい。落ち着いてと言いたかったが、トワイライトは妹ポジションが譲れないのか、そう認知してもらいたいのか分からないが、もう一度妹だと口にした。
魔法で髪色を変えているが、実際髪色は真逆だし、姉妹にしては似てなさ過ぎるのだ。まあ、と言っても聖女という唯一無二の共通点があるから、そういう風にも捉えられなくはないだろう。
双子はふーんといいながら、トワイライトに名前を尋ねた。自分たちは名乗らずに、メイドは其れを咎めたが、ルクスの「煩い」の一言で黙り込んでしまった。あのメイドさんは本当に不遇すぎる。
トワイライトは、少し戸惑ったような表情を見せたが、ずっとこうしているわけにも行かないと、私の後ろから出てきて、ドレスの裾をキュッと持ち上げると軽く頭を下げた。
「私は、この間帝国の危機に応じて召喚されました。聖女の、トワイライト・カファスと申します」
と、聖女と隠す素振りもなく口にし、そう自己紹介をした。
それを聞いて、双子は目を点にした。だが、すぐに目を宝石のごとく輝かせて、嬉しそうにトワイライトの周りとまわる。そんな二人の圧に押されて私はバランスを崩し倒れそうになる。
「……っ」
足下がふらついて倒れそうになった時、優しく私を抱きしめてくれたのはグランツだった。彼は、その空虚な翡翠の目で私を見下ろしている。ただ、その瞳の奥に黒いような欲情といった熱い感情が渦巻いている気がして、私は少しゾッとしてしまった。その目を向けられたことがなかったから。いや、前にもそんな風に見えたことが度々あった。グランツの瞳は、いつも空っぽのくせに、ふとしたときに何かに対する怒りや殺意が渦巻いているときがある。だが、またそれと違った感情のような気がして、私はグランツに抱き留められたまま動けなかった。
(もう何とか言ったら如何なのよ……)
質問攻めに遭って、こちらに助けを求めているトワイライトに応えなきゃいけないのに、彼は私の肩を掴んでいる手を離してはくれなかった。なのにも関わらず、何も言わないから本当に恐怖でしかない。
私は耐えられなくなって、身を捻って彼の胸板を押した。
「嫌だ、離してっ!」
ドンッと音共に、彼は後ろへよろけ、私は彼の腕の中から解放された。解放された私の身体は、もう自由なはずなのに、どうしてか震えていた。まるで、まだ終わっていないとでも云うような震えに、私は彼に捕まれていたところをさすっておちつかせる。
「エトワール様……」
「倒れそうになったところ支えてくれたことは感謝してるし、ありがとう。でも、何も言わずに抱きしめるみたいな……やめて」
「ですが、そうでもしないと」
「何よ」
グランツは、ようやく口を開いたが、何を言いたのか私にはさっぱり理解できず戸惑ってしまった。彼は、私を捨てて新しい主人に乗り換えた男なのに、何を未練がましく私に縋るような瞳を向けるのか。
「エトワール様は、本当に見ていて危ないので。抱きしめでもしないと、何処かに行ってしまいそうだと」
「何よ。自分の身ぐらい、自分で守れるわよ! 前にも言ったわよね、私をただ守る対象として見ないでって、アンタに言ったはずよ。守って貰えるに値する人間でありたいって、それが主人としての役目だと思ってるから」
それは、過去の事だけど考え方はアルバになっても変わらない。ただ、守って貰う守るの関係でありたくないから。グランツは、分からないとでも言うように首を傾げた。それにも、腹が立ったため、私は彼に向かって指を指す。
「それに、今アンタの主人は困ってるの、助けてあげたら如何なの!?」
「…………」
「だんまりね。いいわ、私はアンタとはなすことなんてなにもないし、妹が助けを求めてるから、じゃあ」
私は、グランツにそれだけ言って、双子に絡まれているトワイライトの元へ向かった。店の端で言い合っているのに気づかないぐらい双子はトワイライトを質問攻めにしていて、トワイライトはげっそりとしていた。可愛い顔が台無しだ。
そんな、私とトワイライトをよそに、グランツは自分のまめの潰れた手のひらを見て、空虚な瞳を曇らせていた。
「何で……」
そう呟いたグランツの悲しい声は、私の耳には届かなかった。