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走ってきた人物は意外な人物ではなかったため、私は薄い反応をしながら、彼が私の前まで来るまで足を止めることに下。トワイライトはどうしたんだろうという感じで、私達の方に走ってくる、亜麻色の髪の騎士の方を見た。
揺れる亜麻色の襟足と、よっぽど焦って私の所まで来たのだと分かる汗を見て、私は彼らしいとフッと笑った。
「エトワール様」
「グランツ、どうしたの? そんな慌てて」
「いえ……聖女の近衛騎士達が騒いでいたので、エトワール様に何かあったのかと……しかし、その予想は大きく外れましたね」
と、グランツは、ちらりとトワイライトの方を見た。トワイライトはどうも、と頭を下げた。
グランツは、そんなトワイライトの姿を見て膝を折り頭を下げた。彼もキッとトワイライトが聖女だって聞かされていたんだろう。それに、攻略キャラだし、ヒロインを前にしたら何か本能的なシステム的なあれがあるかも知れない。
だから、本当は会わせたくなかったんだけど……
そう思いつつ、心の中でもやっと霧がかかるようで私はいけないと首を横に振った。
「彼はね、私の護衛騎士のグランツ。すっごい頼りになる騎士なの。私の自慢の護衛騎士」
「……グランツ・グロリアスです。エトワール様の護衛を務めさせて貰っています。『平民』出身のみですが、以後お見知りおきを」
「グランツさん、ですか……はい、よろしくお願いします。私は、トワイライトと申します」
トワイライトは微笑んでぺこりと頭を下げた。サラリと落ちる蜂蜜色の髪は、日の光を浴びると黄金に輝いて見える。黄金の蜂蜜……何だか美味しそうだなと思いつつ、グランツを見た。彼は何故か中々顔を上げようとしなかったからだ。如何したのだろうと、気になっていると、さらに気になる疑問が浮上した。
(そういえば、平民出身って言ってたけど、グランツって苗字あるんだよね……この世界の平民って見たところ、セカンドネームは持っていないようだし、リュシオルもそうだったから)
グランツは先ほど平民を主張して言った。それはもしかしたら、トワイライトを試すためだったのかも知れない。平民という身分は貴族からの差別の対象になり、またそれをグランツ自身魂プレックスに思っているから。だから、あえて主張して言ったんだと思う。まあ、トワイライトはまだ此の世界について全然知らないようだし、グランツの意図に気づくかどうかは分からないけれど。
でも、私はそれよりも改めてグランツのフルネームを聞いて気になってしまったのだ。後から彼に聞こうかと思ったけれど、今更聞ける問題でもないのかも知れない。
「グランツ」
「はい、何でしょうか。エトワール様」
「何で、顔あげないのかなあって思って。いつまでもそうしていたら、トワイライトに失礼じゃないかなって……」
「何故ですか?」
「何でって、失礼だから……というか、同じ聖女なんだし顔ぐらいみせてあげれば良いんじゃないかなって」
「…………」
グランツは立ち上がったが、トワイライトに顔を見せようとしなかった。いつもは素直に……(といっても、素直じゃないときもあるんだけれど)聞いてくれるのに、如何したのだろうと、私がグランツの顔を覗くと、彼はなんとも言えない苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。仮にも攻略キャラで、ヒロインの前なのにそんな顔が出来るのかと私は驚いた。先ほど自分で平民と言ったことがそれほどまでにダメージを受けていたのか。はたまた違う要因か。
「グランツ、どうして落ち込んでいるの? 何かあった?」
「いえ、とくには……」
「いや、絶対何かあったでしょ。それとも、まだこの間の事引きずっていたり怒っていたりするの?」
この間の事とは、調査の時のことだ。アルベドと距離が近かったこととか、仲がよく見えたこととか。グランツはアルベドを毛嫌いしているから。グランツは一応光魔法に分類されるから。
だが、その事を引きずっているにしてはやはり長すぎるような気もするのだ。他に要因があるのではないかと探りを入れようとすると、ようやくグランツは顔を上げた。
彼の顔を見て私は目を見開いた。何故なら、彼の目が少し赤く腫れていたからだ。
(もしかして、泣いていたの?)
「グラ……」
私がグランツに手を伸ばそうとしたとき、遠くの方から「聖女様―」と呼ぶ声が聞え、私は声のする方を見た。そこには、何人かの騎士がおり、先頭には騎士団長のプハロス・シハーブがいた。
「エトワール様、ご無沙汰しております」
「は、はい……お久しぶりです。プハロス団長」
私は、短いドレスの裾を持ち上げてぺこりとお辞儀をした。そんな私を見て、プハロス団長は孫を見るような目で見て、深い皺の寄った顔に笑みを浮べた。
大男で、見た目は怖いプハロス団長だが彼は誠実で差別をしない。それに、グランツの剣術の師匠でもある。だから、後ろにいる騎士達とは違うと私は後ろで私よりもトワイライトに注目している騎士達を冷めた目でみた。
勿論、トワイライトが本物の聖女だってことは、私も分かっているし、彼女が注目されるのは分かるが、一応彼らは、私を守ってきてくれた近衛騎士達かと思うと情けなく思う。私のことを守りたいとも思わない人達に、これまで守られてきたのかと思うと。やはり、信用出来るのはグランツだけだと。
でも、そんなグランツは浮かない様子だし、いつもの変わらぬ無表情だったが、それでも悲しさが溢れている感じがして、今すぐに大丈夫だよ、どうしたの? って聞いてあげたかった。しかし、この場では出来ない。
「えっと、それで何か用事でしょうか?」
「はい。聖女様の護衛についてのお話です。聖女様、トワイライト様が召喚され、彼女の護衛をしたいものが何十、何百といて、私の方で選んでも良かったのですが、エトワール様がご自身で騎士を選んだようにトワイライト様にもまた、自身で選んで貰った方が良いかと思いまして。やはり、自分の信頼するものに選んで貰いたいじゃないですか。我々も、その方がせいが出ます」
と、プハロス団長は言うと、優しい笑みを浮べた。
私はその話を聞いて確かにと思ったが、何処の馬の骨だか知らない人に私の妹の護衛が務まるのかと思った。トワイライトは本物の聖女だし、私みたいな扱いはしないだろうが、人によって態度を変える騎士達に、トワイライトを守って欲しくない……と言うのが私の考えだ。それに、トワイライトはまだここの騎士達のことをよく知らないだろう。
私はそう考えて、グランツの方をちらりと見た。
「ねえ、グランツ。グランツはトワイライトの護衛とか……やりたいとか思ったりしないの?」
「どうして、俺にそのようなことを聞くんですか?」
「え、だって、聖女に仕える護衛騎士って、そりゃ、皆から酷い目で見られないだろうなって……平民だって文句言ってくる人もいなくなるだろうし、それに、私はアンタの剣の腕を見込んで言ってるの。アンタなら適任じゃないかなって」
「………そうですか」
少しは喜んでくれるかと思ったけれど、グランツはさらに落ち込んでしまったようだった。
元々グランツは、本物の聖女に仕えることが出来たら……何てこぼしていたし、てっきりトワイライトが現われて、彼女の護衛をしたいと思っているものだと考えていたのだけれど、どうやら違うらしい。でも、グランツに言ったとおり、本物の聖女の専属の、唯一無二の護衛騎士になれば平民だって馬鹿にされることはなくなるだろうし、もしかしたら、平民達の身分についても色々変わっていくかも知れないというのに。
それに――――
(グランツは、トワイライトの護衛騎士になって、それから騎士団長にまで上り詰めたんだもん。彼をそこまであげるには、きっとトワイライトの護衛騎士になった方がいい……物語を変えたらどうなるか分からないから)
私は自分の考えに納得しつつも、何処か胸の中でモヤモヤが晴れなかった。
自分が死なない程度に攻略キャラをトワイライトと接触させて、彼らがヒロインに選ばれなかった場合でも、楽に過ごせる環境をと思ったのだ。それが、私に出来ることだと思っているし、今は、トワイライトと仲良くやっていけそうだから、悪役に、ラスボスになって成敗されることはないだろう。
「グランツさんは、私の護衛をするのが嫌なんですよね」
と、それまで黙っていたトワイライトが口を開いた。今、彼女が口を開くことは非常に悪いと私は止めにかかったが、時既におそしで、後ろにいた騎士達の視線が一気にグランツに集まった。元々、トワイライトが来るまで聖女として扱われてきた私に選ばれた護衛騎士というのがグランツで、彼は騎士団唯一の平民という身分ながらに、その聖女の護衛という地位を手に入れた。騎士達は偽物聖女であったが私の護衛に選ばれたグランツを恨み、嫉んでいた。
だから、この場で怒りを買うのはグランツだった。
グランツに、いいえという選択肢はない。
「いえ、そういうわけではありません。しかし、俺はエトワール様の――――」
「トワイライトが守って欲しいって言うなら、これほど名誉なことはないんじゃない!?」
私は、この場をどう切り抜ければ良いか分からなかったため、自分のテンションを極力上げて、パンと手を叩きグランツに笑顔を向けた。
グランツはハッとした表情で、揺れる翡翠の瞳を私に向けてきた。その瞳に落胆と絶望が渦巻いていたことに私は気づくことはなかった。
「だって、私は皆から慕われていない聖女だし、伝説上の聖女と容姿が瓜二つな本物の聖女が現われたのよ? 私の役目は終わったようなものじゃない。護衛を今付けるべきはトワイライトよ。それに、私が守ってきて貰ってこの騎士団の中で一番信頼できて強いって思うのは、グランツなんだもん。だから、ね……」
そこまで言って、私は何故か目尻に涙がたまっているのが分かった。
グランツを励まし、彼の立場が悪くならないようにって言い出したのに、何で私がこんなにも悲しい気持ちになっているんだろうかと。
私は、ここにいる人達にバレないように目を擦って、ね?と再びグランツを見た。グランツは、いつにも増して空虚な瞳を私に向けていた。その瞳に私はうつっていなかった。
ピロロンと悲しげな機械音と共にグランツの好感度が下落した。
(何よ。本物のヒロインが現われたのよ。どうせ、アンタもすぐ心移りするんでしょ?)
そんな思いも、私の中にかすかにあった。だって、私は所詮、悪役だもの。
そう、一人で沈んでいると、プハロス団長が「それは違います」と声を上げた。
「エトワール様も聖女の一人なのですから、そんな自分を卑下するような言い方はおやめ下さい」