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#ダークファンタジー
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#BL
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言った瞬間、胸が空になる。空になったのに、痛みだけが残る。痛みだけが、縫季をここに繋ぎ止める。
縫季は拳を握りしめた。
(あの世界線は……近い場所だった)
香が。魂が。帝辛と。
近すぎて、逃げられなかった。近すぎて、痛かった。
縫季は目を開ける。
管理官の表情は、変わらない。変わらないからこそ、縫季の中の熱が際立つ。
「……それで……」
縫季は、声を絞った。
「それを俺に言って、何がしたい」
管理官は、少しだけ間を置く。置いたように見えた。白い霧が揺れる。
「魂の合流経路を照合する段階に入る」
縫季の喉が鳴った。
次の段階。嫌な予感が、背骨を這い上がる。
管理官は言った。
「帝辛の魂は、既に香へ還っている」
縫季の指先が、震えた。
還る。流れる。合流する。――消える。
「間もなく、合流可能な保存主流へ流れ始める」
「……保存主流?」
縫季は、息を止めた。
合流する。それは終わりだ。それは「もう触れられない」という意味だ。
管理官の声が、白い霧の中で冷たく響く。
「縫季。帝辛の魂が合流できる経路の照合を頼む」
縫季は答えられない。
「現行記録で、もっとも安定している保存主流だ」
管理官が、香の海の一部を指す。
白い海が、わずかに割れる。割れて、その奥に、別の白が見える。
縫季の胸が、嫌な形で跳ねた。
(……見るのか。俺が紡ぐ先を)
見る。見れば、照合される。照合手続が閉じれば、もう差し戻せない。
縫季は、唇を噛みしめたまま、そこから目を逸らさなかった。
◆
香の海が、ゆっくりと割れた。白の奥から、別の白が滲み出す。色が混ざる手前の、無彩の境界。
管理官が言う。
「あれだ」
縫季は息を止めた。目を逸らせば終わる。見なければ、知らないままでいられる。だが――確かめなければ、保存主流への合流が規定どおり閉じられてしまう。
縫季は、かすかに頷いた。
「……見せろ」
記録盤の光が揺れる。それは合図だった。
白が、ゆっくりと剥がれる。薄膜が一枚ずつ落ちていくように。音はないのに、何かが破れる気配だけが、縫季の皮膚を刺した。
最初に見えたのは、花だった。
いや、花だった「残骸」だ。
帝辛が大事にしていた王宮の花壇。朝露がよく似合う鮮やかな花々。彼が毎朝必ず通る回廊の、その脇にあった場所。
そこが、黒く焼け焦げていた。
花は朽ちて、跡形がない。土も乾き、割れ、風が吹けば崩れそうだった。
縫季の胸が、ひとつ落ちた。
(……嫌な予感しかしない)
視界がさらに広がる。
次に現れたのは、市場だった。
十年後も同じ声が響くはずの場所。帝辛が守りたいと言っていた世界線の象徴。
そこに――笑顔がなかった。
人々は痩せ細り、目に光がない。飢えが骨の形まで浮かび上がらせていた。子どもが泣いている。泣きながら、母親の袖を掴んでいる。母親の瞳は乾いていた。泣く水分すら残っていないような、そんな乾き。
屋台のいくつかは閉ざされ、開いている店からは、狂楽香の匂いが濃く漂っていた。
狂楽香で荒れた者が叫んでいる。怒りとも悲しみともつかない声。不安定に揺れ、壁にぶつかり、倒れ込む。
縫季は息を吸った。吸った途端、肺が冷えた。
(……こんなはずじゃなかった)
帝辛の世界は、もっと温かかった。市場のざわめきは優しくて、笑い声が交じっていて、みんな、あいつを見れば背筋を伸ばし、安心した顔をした。
それが今は――崩れている。
白い霧の奥に、王宮が現れた。
縫季の心臓が跳ねた。
王の間。帝辛が座るべき玉座。
そこに、座っていた。
帝辛だ。
だが――あまりに違う。
玉座に座る彼の姿勢は、まるで誰かに縫いとめられた人形のように硬い。美しかった背筋は折れかけ、肩は落ち、髪は乱れ、目だけが……泣いていた。
涙が、絶えず。絶えず、零れている。
黒闢がすぐ横に立っていた。影のように、冷たい気配で。
帝辛は黒闢に何かを言われている。聞こえない。声はここには届かない。だが、意味は分かる。
黒闢が囁くたびに、帝辛の肩が揺れる。揺れて、抵抗を潰されていく。
そして――
帝辛は、玉座から、かすかに首を縦に振った。
涙を流しながら。泣き続けながら。
その瞬間、市場の別の一角で悲鳴が上がった。香の波が伝えた。
命令が下ったのだ。
「民を犠牲にせよ」
帝辛の唇が、そう動いた。
拒んでいる。拒んでいるのに、言わされている。香で縫い付けられたように、意思が歪められている。
縫季は拳を握った。握った瞬間、爪が皮膚を裂いた。痛みが走る。それでも離せない。
(……やめろ)
声にならない叫びが、胸の奥で散った。
(帝辛、お前はそんな王じゃない)
帝辛は民を守るために、自分を削る男だった。孤独を抱え、誤解されても、最後の最後まで、誰かに手を伸ばし続けた。
それが今、泣きながら民を苦しめている。
黒闢が、帝辛の肩に手を置いた。
帝辛の喉が震える。泣き声を押し殺すように震えていた。
縫季の視界が、揺れた。
怒りか。悲しみか。どちらでもない。その両方でも足りない。
ここに映るものは、魂が「帰る場所」ではない。これが、帝辛の魂を還すべき世界だというのなら――
コメント
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みぅです🤍🥀 第55話、読み終わりました……。 帝辛が泣きながら民を犠牲にする命令を下すシーン、本当に胸が痛かったです。拒んでるのに、言わされてる——その描写が刺さりました。縫季の「お前はそんな王じゃない」っていう叫びが、静かに響いてきて、私も一緒に泣きそうになりました。 あの花壇の残骸も、市場の笑顔のない人々も、全部が「間違った還る場所」って感じで切ないです。でも縫季はそれでも目を逸らさなかった。その強さが、かっこよかったです。 更新ありがとうございます。また続き、読みに来ますね🌙