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almost gone,but still here

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almost gone,but still here

2 - until you want to go back

♥

522

2025年05月24日

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楽屋の片隅、床に膝を抱えてうずくまるSHOOTの肩が、小刻みに震えていた。

照明の落ちた静かな室内、薄暗がりの中に、彼の荒い呼吸と、かすかに鼻をすする音だけが漂っている。

涙の熱が頬を伝っては、静かに首筋を濡らし、床に落ちる前に袖で拭う。けれど、その袖ももうびしょ濡れだった。


「誰にも……見られたくない」


そう願っていた。

せめてこの瞬間だけは、誰にも知られず、壊れた自分を隠したまま、時間が止まってくれたらと。


だが、その静寂は唐突に破られた。


――カチャ。


楽屋のドアが、ためらうように静かに開いた音が響く。

すぐに、ひとつだけ、足音が近づいてきた。ゆっくりと、でもためらいのない歩み。


「……SHOOT」


その声が耳に届いた瞬間、SHOOTの身体がびくりと跳ねた。

目を上げなくても分かる。兄のMORRIEだ。


「やめて……来ないで……っ」


かすれた声。喉の奥にひっかかったような、泣き声まじりの拒絶。

平静を装いたくても、MORRIEにはもうすべてが見透かされていた。


「泣いてるの、気づかないとでも思った?」


低くて、けれど優しい。

逃げ場をなくすようなその声に、SHOOTはぎゅっと唇を噛んでうつむいた。


MORRIEは、SHOOTのそばまで歩いてきて、静かにしゃがみ込む。

その高さは、まるで彼の痛みを真正面から受け止めるための位置だった。


「お前、全部抱えすぎなんだよ。俺に甘えていいって、何回言わせんの……」


その言葉に、SHOOTの頬をまた涙が伝う。


どうしても――

どうしても、甘えたくなかった。


アイドルとして、弟として、ちゃんとした“自分”でいたかった。

でも、それができなくなった。


MORRIEは、小さくため息をつくと、やわらかな声で言った。


「ほら、こっち来い。……俺の前でぐらい、泣きたいだけ泣いていいから」


その一言で、胸の奥で張りつめていた最後の糸が、ぷつん、と音を立てて切れた。


「……もう、頑張れない……」


SHOOTは立ち上がることもできず、そのままMORRIEの胸元に崩れるように飛び込んだ。

MORRIEの腕がしっかりと彼を抱きしめる。何も言わず、ただ強く、優しく包み込む。


弟が壊れそうになるたびに、何度でも、何度でも、MORRIEは支え直すつもりだった。

SHOOTが一人で立てなくなったなら、何度だってその肩を貸すと決めていた。


──


数日後、公式から発表があった。



「日頃より、弊社所属グループBUDDiiSを応援いただき、誠にありがとうございます。


メンバーのSHOOTですが、心身のバランスを整えるため、一定期間の療養が必要との診断を受けました。


現在は医師の指導に基づいて治療をしております。


本人の回復を最優先に考え、メンバー、スタッフとも協議を重ねた結果、今回の公演に関して、出演を見合わせることに致しました。


今後につきましては、主治医の指導のもと、経過観察を行いながら仕事再開の時期を調整させていただきます。


いつも応援いただいておりますファンの皆様、関係者の皆様にはご心配・ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。」



SNSには、ファンたちの心配と励ましの声が溢れた。

あたたかいメッセージの合間には、心ない噂や憶測も飛び交っていた。


けれど、その時のSHOOTは、もう何も見ていなかった。

スマホも、テレビも、SNSも──一度、すべての光と音を手放した。


彼は今、海辺の小さな街にいた。

MORRIEが時間をかけて探し出してくれた、静かで穏やかな場所。


風の音が波にまじり、朝日がレースのカーテンをやわらかく照らす。

遠くで鳥が鳴いていた。

誰にも気づかれない部屋で、SHOOTはただ、自分の呼吸だけを感じていた。


MORRIEは、東京での忙しい日々の合間を縫って、何度も訪ねてきた。

アイドルの話も、ステージの話も、音楽の話も、しなかった。


ただ、一緒にラーメンを食べた。

波打ち際を散歩して、夜空を見上げた。

コンビニで買ったアイスを半分こした。


ある夜、星のきらめく空を見上げながら、SHOOTはぽつりと呟いた。


「ねぇ、ひで……俺、もう戻れないんじゃないかな……」


その声は震えていなかった。涙も、もう出なかった。

ただ、どこまでも静かで、少しだけ哀しかった。


MORRIEはしばらく黙って空を見ていた。

そして、ゆっくりとした声で、空に向かって言った。


「戻るために休んでんだろ。……お前が“帰りたい”って思ったら、そん時は絶対迎えに行くから」


その言葉を聞いても、SHOOTは泣かなかった。

ただ、目を伏せて、小さく「うん」とだけ呟いた。


それだけで、十分だった。


──夜が、少しずつ明け始めていた。




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コメント

5

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今回も最高でした! お知らせの所が本物そっくりすぎてびっくりしました! 次も楽しみです!

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