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絶望の色に染まっていたはずの母親の瞳に、突如として場違いなほどの「光」が宿った。
彼女は、震える足取りで柊さんへと駆け寄る。
「……ああ、やっぱり! 加賀美さん、来てくれたのね! 連絡が取れなくなってからずっと探していたの。ひろみです、覚えてますか? 本当に、本当にありがとう……!」
母親は柊さんの手を取り、縋るように何度も頭を下げた。感謝の言葉が、止まらない涙と共に溢れ出している 。
私は呆然としてその光景を見つめていた。被害者から、感謝されている?
「……ちょっと、来てください」
私は柊さんの腕を強引に掴み、リビングの隅へと引きずっていった。
「加賀美って誰ですか? あの人、あなたの詐欺の被害者なんですよね? なんであんなに感謝されてるんですか。恨まれてるどころか、まるで神様みたいに拝まれてますけど……」
私が小声で問い詰めると、柊さんはひどく居心地が悪そうに、グレーのコートの襟を弄った。
「……加賀美は、霊感商法をやっていた頃の偽名だ。南さん、詐欺の被害者から感謝されることは珍しくないんだよ。特に、形のない救いを売る場合はね。僕は昔、彼女の癌を治したんだ」
「癌を治した!? 霊能力で、本気でそんなことを……?」
「見せかけただけだ。実際に治したのは、彼女の父親の遺産、最先端の医療と、執刀医の腕だよ」
柊さんは、吐き捨てるように言った。
彼によれば、彼女の癌は超早期発見だった。医療でも、ほぼ確実に治ると彼は踏んでいたのだ。
「ちょうど子供が生まれたばかりで、精神的にひどくナイーブだったんだよ、彼女は。藁にも縋る思いでどんな不確かな言葉でも信じてしまう状態だった」
「そこに、容赦なく付け込んだんですね」
「まぁそういうことになる。水やら石やら、原価0円の物をしこたま売ったよ」
「加賀美さん! 何を話しているの?」
母親が、待ちきれないといった様子で私たちを呼び戻した。
「……助けに来てくれたのよね? 警察の人と一緒だなんて。やっぱり、あなたの霊能力で事件を予知していたの? お願い、昔みたいにその力で息子を、息子を助けて……!」
彼女の痛々しいほどの信頼に、私の胸が締め付けられる 。
だが、私の隣に立つ男の横顔には、慈悲の欠片もなかった。
「……落ち着いてください。まず、今日ここへ来たのはただの偶然だ。それと、こんな時に酷なことを言うようですが、僕は霊能者じゃありません。今も、昔もね」
柊さんの声は、冬の夜風のように冷たく響いた。
「僕は、ただの詐欺師なんです」
母親の動きが、凍りついたように止まる。
「癌が治ったのは、あなたが運良く早期に発見され、名医に当たったからです。僕はただ、その幸運に霊能力というラベルを貼って、あなたに高値で売りつけただけだ。あなたが父親から多額の遺産を受け継いでいたから、それを奪おうとしたんですよ。実際、僕に膨大な謝礼を払ったでしょう?」
「嘘……そんなはずないわ。あの時の奇跡は、あなたの力だった……」
「奇跡なんて、この世には存在しません 。……僕は今日、霊能者としてではなく、警察のコンサルタントとしてここに来ました。別に、息子さんの居場所を何かで感じ取ったわけでもない」
柊さんは突き放すように言い、私を一瞥した。
その瞳は、過去の自分に対する嫌悪か、それとも冷徹な計算か。
「そもそも加賀美は偽名です。柊と呼んでください」
嘘を信じ続けようとする母親と、その「救い」を自ら粉々に砕いて見せた詐欺師。私は、震える母親の肩を支えることしかできなかった。
真実を暴くことが、これほどまでに残酷な不協和音を奏でるとは、思ってもみなかった。