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a rainy day

4 - ――

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2024年03月12日

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Side 桃


俺が声を掛けると、胸を押さえていた男性は頭を上げた。

「すいません」と申し訳なさそうに謝ってくる。大丈夫です、と言ったけど顔色がちょっと悪いように見えた。

電車に乗り込んでくる人も増えたから、やっぱり一旦降りて落ち着くほうがいいかもしれない。

「よかったら、次の駅で降りましょう」

またうつむいていた彼は、視線を俺に向ける。そして、小さくうなずいてくれた。

「これ、見てもいいですか」

なるべく抑えた声で、ヘルプマークを指さした。把握しておくことが大事だと思って。

彼が首肯するのを見て、マークを裏返す。そこには、「心臓機能障害」とあった。そして、かかりつけの病院だろう名前と電話番号が書いてある。

相手のを見たから自分も教えたほうがいいかな、とそっとひっくり返して見せる。

ああ、というように彼もうなずく。

「似てますね」

俺は思わず微笑んだ。病院で同じようなくくりの人に会ったことはあるけど、こんな街中で偶然的に出会ったことはない。

そのとき、車内のアナウンスが耳に届いた。次の駅に着きそうだ。

停車すると、立っている俺は先に降りた。そばのベンチに座り、彼も隣に腰掛ける。

「あっ…お水飲みますか?」

かばんに入れていたペットボトルを差し出すけど、「あります」と言って彼は断った。

いざ降りると、赤の他人なのに急に言い出してしまったのを実感してどこか恥ずかしくなる。

すると、彼が口を開いた。

「ほんとすいません、お仕事ですよね。お時間、大丈夫ですか」

でも彼も自分と同じく会社員だろうから、さすがにゆっくりはしていられないはずだ。

俺は「大丈夫です」と答える。

「なんか、余計なお世話かもしれませんけど…放っておけなくて」

「いや、助かりました。薬、忘れちゃったみたいで。初めての出張なんでバタバタしちゃって」

確かに、彼のスーツは新品のようだし、新入社員くらいの年に見える。はにかんだ笑顔には、どことなく洋風で爽やかな雰囲気が滲む。

「そうですか」

そして前に向き直る。雨が止む気配はない。

「雨の日って、苦しいですよね」

気づけばそうこぼしていた。彼がこっちを見る。

「雨の日になると、決まって息が苦しくなるんです。ああ、空が泣いてるって思って。俺まで感情移入しちゃうっていうか」

俺は小さい頃からそうだった。台風の日なんかは特にひどい。空が泣いてる、悲しんでる、怒ってる。そんな感情が流れ込んできて、しまいには肺が重くなる。

「わかります」

彼はそうつぶやいた。逆に俺が驚く。

「街のみんなが傘さして、暗い顔して歩いてる。そういうのって、すごい心が痛くなる」

俺は彼を見やる。そうだ。ああいう感情で、俺は心を痛めてるんだ。そして彼もまた。

「こうやって共感してくれる人がいるの、始めてかも」

そう言うと、「俺もです」と笑みを見せた。

すると、思い出したように彼が立ち上がった。

「次の電車、何時ですかね」

時刻表を確認して、「あと5分」とつぶやいた。

「出張、間に合いそうですか?」

これで遅れるようなことになったら、何だか申し訳ない。

「多分。1本早く乗ったんで」

俺はふと空を見上げる。空はまだ号泣している。

「けっこう降ってきましたね」

そうですね、と答えがある。「でも夕方には止むらしいですよ」

「そうなんですか。ならよかった」

見ず知らずの人と、こんな他愛もない話をするのもたまにはいいな、と思った。

「こんなふうに、街の人が声をかけてくれるのって初めてで、ちょっとびっくりしてるんですけど、でも何倍も嬉しいです。ちゃんと俺を見てくれてる人がいるって」

彼の言葉が、ふいに俺の心の小さな穴にぴったりとはまった。

「一緒ですよ。職場の人は『大丈夫?』とかよく訊いてきてくれるんですけど、正直そうじゃないっていうか。普通の人に心配されたら、自分の立場が低いみたいに思っちゃって。だから、同じような方が苦しんでるのを見たら、俺が手助けできるかもって思ったんです」

そう、俺はこの人を見て、「俺なら助けられる」って思ったんだ。

必要としてくれてる。それがどれだけ嬉しいことか、今やっとわかったような気がした。

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