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蜂蜜色の髪には見覚えがあった。
隔離されている空間なのに、女神の庭園には風が吹いていた。相変わらず、界外から隔絶されている空間なのだなあと実感させられると同時に、彼女が何故ここにいるのか理解できなかった。
何度も目を擦って、本物かと疑ったがあの髪色を持つのは私の知る限り彼女しかない。そもそもに、女神の庭園には聖女とブリリアント家、そして彼らが招いたものしか入れないのだ。だから、他の人が入ることは出来ないし、入ったら出られなくなってしまう。
(なんで、トワイライトがここに?)
リースが暴走したその日に彼女は姿を消した。混沌に連れ去られたと聞いたが、それから私の眠っている数日間の間に、ラスボスのように世界に向けて宣戦布告のようなものをしたらしい。ヘウンデウン教も彼女を中心に動いているとかなんとかで。
だから、ここにいるはずが無かった。
でも、少しの期待があったから、私は一歩を踏み出す。ざくっと草花を踏みしめる音が響くと、その蜂蜜色の髪は揺れ、ゆっくりとこちらを振返った。トワイライトは変わらぬ笑みを向けていたが、その純白であった瞳は真っ黒で光が一切灯っていなかった。
「お姉様」
パッと顔を明るくして私の方に駆け寄ってくる彼女は、私の前から姿を消した時と変わらないものだった。優しくて、ヒロインって感じの慈愛に満ちた表情。
けれど、どうしてか、私は彼女に手を伸ばすことが出来無かった。
ギュッと前から抱きしめられて、私は金縛りに遭ったように動けなくなる。
(何、この違和感)
彼女の黒い瞳を見たからだろうか。それとも、別の何かが。
「トワイ……ライト?」
「ああ、お姉様。会いたかったです。お姉様」
そう言いながら、トワイライトは私を離さないとでも言うように抱きしめる。その言葉は嘘偽り無いものだと思うが、私は抱き返すことができなかった。怖くて身体が震えているのだ。
悪意も何も感じないのに、どうしてか。
そんな私の様子を感じ取ったのか、トワイライトは顔を上げ首を傾げた。私を見上げる。漆黒の瞳は、確かに私を映している。いいや、私しか映していないようだった。背後に立っている木や空など一切映していない。私を空間から切り取ったように、私しか見ていなかったのだ。
「どうしたんですか? お姉様」
「ねえ、貴方は本当にトワイライトなの?」
私は思っていた疑問をぶつけた。ぶつけざる終えなかった。
彼女の体温、声、容姿、匂い……全て彼女の、トワイライトのはずなのに、確証が持てなかった。この子は私が好きだったヒロイン、トワイライトなのだろうかと。
トワイライトは少し困ったように眉を曲げた。
「そうですよ。お姉様のトワイライトです」
と、トワイライトは私に言い聞かせるように言った。
一瞬でも偽物と思ってしまった自分が申し訳ないような。それでも、彼女を信じれなかった。
否、偽物であるかないか以前に、私の知っているトワイライトとは違うような気がしたのだ。あの子は、もっと他の人にも笑顔を振りまけるようなこだったから。足下に咲いている花にさえ、気にかけるようなこだったから。
「ごめん、トワイライト離れて貰っていい?」
「何でですか?」
「えっと……」
「お姉様は、私のこと嫌いですか?」
「そういうわけじゃなくて」
じっと、私を見つめてきた彼女は正気とは思えなかった。
「お姉様、そんなに怖がらないで」
「ねえ、なんで急にいなくなったの?」
私は再び彼女に疑問を投げる。トワイライトは一瞬だけ固まると、少し言いにくそうに、申し訳なそうにハの字に眉を曲げる。黒い瞳になっても、彼女の感情はかろうじて伝わってくる。
けれど、矢っ張り危険だと思った。
聖女の魔力がなくなったとかそう言うのではないけれど、本能的に危険だって私の身体が言っている。でも、逃げようとは思わなかった。もし、彼女が何かしらの言葉でこちら側に戻ってきてくれればいいと思ったからだ。
もう物語は破綻しているから。
「ごめんなさい、お姉様。心配かけました?」
「そりゃ心配するに決まってる。だって、アンタは私の大切な、い、妹だもん」
本当の妹じゃないけれど、それぐらい大切に思っている。
そう伝えれば、トワイライトは嬉しそうに笑っていた。
その顔を見て、矢っ張り彼女はトワイライトで、私のことをしっかり覚えていて、悪意も敵意も無いと、顔を緩めたときだった。トワイライトはクスリと笑い、再び私を包むように抱きしめた。少しの目眩と、吐き気に襲われる。嫌悪感とかそう言うのではない。
(……あの、負の感情によって形が変わった肉塊の中に入っているようなときの感覚……リースの時と一緒)
よからぬものが自分の体内に入ってきている感覚があり、彼女を押し返そうとしたがびくともしなかった。スッと意識を持っていかれそうになるのを私は必死で堪える。
「そうですよね。私もお姉様のこと、大切で大好きで、愛しいお姉様だと思っています」
「……トワイライト」
「三日も眠ってしまっていて、本当は心配だったんですよ?でも、目を覚まして良かったです」
「え?」
(何でそれを知っているの?)
そうトワイライトに聞きたかったが、口が開かなかった。
何故彼女がそれを知っているのか。彼女は、リースの暴走後、すぐに連れ攫われたと言った。だから、私が倒れたことも寝込んでいたことも知らないはずだ。
もしかすると、誰かが情報を流しているのではないかと恐ろしくなってしまった。そんなこと考えてはいけないし、疑いたくもないけれど。
(疑わしい人物はいる……でも、殆ど一緒にいたりするし……)
考えない方がいいだろう。けれど、モヤモヤとした思いは残ってしまう。
「トワイライト……?」
「ちっとも、お姉様は私のことを探しに来て下さらないから、私のことどうでもいいと思ってるのではないかと心配してたんです」
「それは……」
トワイライトがヘウンデウン教に連れ攫われた事は知っていたし、今すぐに助けにいきたかった。でもその気持ちを抑えたのは、ヘウンデウン教と混沌と戦う戦力が揃っていなかったから。それこそ無謀だし、感情的に動けば相手の思うつぼだと思ったからだ。
助けたくなかったわけでも、探しに行きたくなかったわけでもない。
そんな思いは伝わったのか、トワイライトは「お姉様はそんなことしませんもんね?」と笑った。
「分かってますよ。ヘウンデウン教は危険ですし、でも混沌はファウダーさんは悪い人じゃありませんよ?」
「……矢っ張り、一緒にいるんだ」
混沌、今はブライトの弟の皮を被っているファウダーという名前。しかし、完全に復活した混沌とトワイライト、聖女が一緒にいるというのは本当に見過ごせなかった。何故彼女が混沌に手を貸しているのかも理解が出来ない。
何か理由があるのか。
本当に洗脳されているのか。
「ええ、ファウダーさんは私の願いを叶えて下さると言いました」
「願い?」
「はい。私は、お姉様と一緒にいたいという願いを叶えて貰うためにファウダーさんと一緒にいるのです」
「そんな、騙されてる!」
私は思わず叫んでしまった。
うっとりと、自分の願いを夢をかなうトワイライトがあの時のリースと重なり、私はいけないと、彼女の肩を掴んだ。少し乱暴に掴んだのに、何故かトワイライトは嬉しそうだった。まるで、自分だけを見てくれていることを喜んでいるように。
(狂ってる……)
思いたくないけれど、その様子や恍惚の笑みを浮べているトワイライトは矢っ張り私の知るトワイライトではないと思った。
完全に騙され、洗脳されているのではないかと。
「私は、洗脳なんてされていません。ただ、自分の欲に素直になろうと思っただけです」
「そんな……そんな願いなら私が叶えてあげるから……ね? トワイライト戻ってきて」
「まだ、戻れません」
「なんで。一緒にいてあげるから」
「だって、お姉様の周りには邪魔な人達がいっぱいいるじゃ無いですか」
そう言ったトワイライトは笑っていなかった。殺意や嫉妬むき出しでそう口にして、私を見た。私だけが欲しいとでも言うように。
本当にあの時のリース再来だなあ何て、ぼんやり思っている場合ではなかった。
私は、トワイライトに必死に語りかけた。
「そんな、トワイライト……戻ってきてよ。そんなの、アンタじゃない。今のアンタは、何も見えていない」
「お姉様こそ、私がいればいいじゃないですか。なんで他の皆さんにも同じ笑顔を振りまくんですか?私だけ見てください」
「……トワイライト」
泣きそうに必死に叫んだトワイライトから私は手を離してしまった。
何を言っても彼女の耳には入っていかないだろう。諦めたくはないけれど、今の私じゃ彼女に何て声をかけてあげれば良いか分からない。
トワイライトは名残惜しそうに私から離れていく。
「お姉様の気持ちはよく分かりました。でも、私の気持ちは変わらないので。お姉様が、周りの人を同等に扱うのなら……私は、お姉様と二人きりの世界を創る為に動きます」
「ちょっと、トワイライト!まだ、話は――――」
「待っていてください。きっと、2人だけの世界は幸せで苦しい事も辛いこともないですから」
そう言って、トワイライトは詠唱を唱える。彼女の足下にどす黒い魔方陣が浮かび上がり、突風が吹き付ける。私は思わず目を閉じてしまった。
「トワイライト――――ッ!」
ようやく会えた妹を、みすみす逃がしてしまって、彼女にもっと伝えたい言葉があったのに、何も言葉が出てこなかった。怖かった、彼女から離れたいと一瞬だけ思ってしまった。
それよりも、何故か罪悪感と空虚感がぽっかりと空く。
何だか、前にも感じたような。でも、全く覚えていないそれに、私は胸を痛めた。