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「エトワール様、すみません。遅れました……エトワール様?」
「あっ、ブライト。ううん、全然待ってないから大丈夫だよ」
女神の庭園の草花を踏みしめてざくざくと、早歩きで私の元に向かってきたブライトは、言葉通り少し額に汗を浮べながらいつものように微笑んだ。しかし、私のいつもと違う様子を見てか、不思議そうなかおをする。
彼はここにトワイライトがきたことを知らないのだから無理もない。外の世界と隔離されている聖女殿の中の事なんて入るまで分からないし、確かにここで何が起っても、周りは気づかないのだ。不思議な力で守られているというのもあって尚更。
私は、彼に心配させないようにと笑顔を取り繕うとしたが、上手く笑うことが出来なかった。笑おうと思えば思うほど、頬の筋肉が固まるような感じで、息がつまってしまう。
「エトワール様どうされたんですか?」
「ねえ、ここに誰か来てなかった?」
私はそんな質問をブライトに投げた。ブライトは今着たばかりなので何も知るはずない。彼は、家の用事で追われていただろうし、本当に今着たと言ったところだった。ブライトは首を横に振る。
「いえ、神官には会いましたが、誰ともすれ違ってませんよ?」
「そう……ねえ、女神の庭園の中で転移魔法って使えるの?」
「はい、一応は。ですが、転移魔法を使う必要などないですよ。入れる人も限られていますし……」
そこまで言ってブライトは何かに気づいたようにハッと顔を上げた。
もしかして、とでもいうような、私に確認してくるような顔を向けて。
「……トワイライト様がここに?」
私は、その言葉に一回だけ大きく首を縦に振る。
ブライトは少しだけ眉をひそめ、「何故……」と小さな声で呟いた。彼がそう思うのも無理ない。ブライトも、トワイライトは囚われていると思っているため、ここに一人で来る筈無いと思っていたのだ。
私だって思っていた。でも、彼女の言葉と顔を見て、全てを知ってしまった。
あの時のリースのように、自分の欲望を願いを叶えることしか見えていない目に、私はゾッとした。
「それで、トワイライト様は」
「世界を滅ぼす……とまではいっていないけど、混沌が自分の願いを叶えてくれるから一緒にいるって。私の言葉なんて届いていなかった」
「そうですか……」
辛かったですね。みたいな顔を私に向けるブライト。辛いどころの騒ぎじゃなかったし、今も彼女の言葉と瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
私だけしか見ていない目。
それは嬉しいことのようにも思えるが、それが正気ならの場合だ。彼女の場合、混沌に負の感情というか欲望を増幅させられて、周りのことなど考えず願いを叶えようとしているのだ。慈愛に満ちているヒロインの面影は何処にもなかった。
邪悪というか、嫉妬に狂った少女というか。兎に角、あの状態では話など通じないと思ったのだ。
ブライトは、深刻そうな表情をしていた。囚われているだけならまだしも、本当に利用されているとは思っていなかったらしい。彼女が敵側にまわると厄介なことも痛いほど理解している。
「……エトワール様は大丈夫ですか?」
「え、何が? 私も混沌に飲まれてないかって?」
「い、いえ。そういう意味ではなく、何もされていないかってことです。お怪我とかはありませんか?」
「う、ううん。大丈夫。手は出されていないし、どっちかっていったら勧誘みたいな。私と一緒に来てみたいに言われただけだから。本当に」
本当だ、嘘ではない。
私は全力でそれをブライトに伝えた。ブライトは、以外にも私の言葉をすんなり受け入れてくれた。疑い深い彼は心配性な彼は「本当に?」と聞いてきそうな感じがしたのに。それほど、私は彼に信用されていると言うことなのだろうか。
ブライトも私も変わったと言うことだろうか。
(まあ、それはいいとして……私も嘘ついているわけじゃないけど、全てを伝えているわけじゃないんだよね)
トワイライトの本当の動機と欲望について。
私の為にといって、世界を私の敵を排除しようとしているなんて口が裂けても言えなかった。言ったら、私もぐるなんじゃないかとか言われそうだし、何より彼らにも危害が及ぶんじゃないかと思ってしまった。
私の周りにいる人間を排除しようとしているから。それは、ブライトも例外ではないだろうし。
「それで、魔法の特訓でしたよね」
「そう! そのために、来て貰ったんだった。ごめん……なさい、忙しいのに」
「いえ、今はエトワール様に頼るしかありませんし。勿論、僕も強くならなければなりませんから」
と、ブライトはにこりと微笑んだ。
彼も彼なりに努力して、考えてそうしてたどり着いたのがそれなのだろう。
強くならなくてはいけない。
私はもう二度とあの聖女の力が暴走しないように、その力を自分で操れるぐらいまでには魔力を制御出来るようになりたかった。でも、方法が分からないし、聖女のことについて詳しいブライトに教えて貰おうと思ったのだ。単純に頼れるのが彼しかいないと言うものあったし。
「私頑張るから!」
「はい、一緒に強くなりましょう。エトワール様」
ブライトはそう口にして、私の方を澄んだアメジストの瞳で見つめた。あまりに真剣に見つめられるものだから、少し恥ずかしくなって顔を逸らしてしまった。
最も、彼が「一緒に強くなろう」と言ってきたことに驚いたというか、嬉しかったというか。彼がいつも言わないような言葉を使ったので意外性を感じていたのだ。ブライトの中で色々と吹っ切れたからだろう。
彼も彼で強くならなければいけない理由があるから。父親が行方不明で、ブリリアント家を光魔法の魔道士達を導くのは自分の仕事だと思っているだろうから。
「そ、それで……あの、聖女の力って、そもそも私って聖女なのかな」
「え?」
「へ?」
同じリアクションをとり、私は間抜けな顔をブライトにさらしてしまったような気がする。ブライトもあっけにとられたように口を半開きにしてみている。
「あ、いや、その……ほら、容姿が違うから! でも、聖女だって言う自覚はあるの! でも、なんで二人も聖女がいるのか不思議で……って前も話した気がする」
「そ、そうでしたか」
ブライトは、納得というように苦笑いしていた。
ブライトは、私のことを聖女だと認めてくれているしこんなことを聞くのは変だと思ったが、何となく何故二人も聖女が存在するのかは気になってしまったのだ。元から、エトワールは悪役だったわけだし、偽物呼ばわりされていたわけだし。聖女が二人いてもイイというなら、容姿が違っても召喚されたエトワールは聖女として扱われても良かっただろうに。そうしたら悪落ちしなかっただろうに。
こほんっ、とブライトは咳払いをして、優しい笑みを浮べた。
「エトワール様は、聖女ですよ。僕が保証します」
「伝説上の聖女と容姿が違っても?」
「魔力は聖女のものなので……容姿はレイ卿が言ったとおり女神にちかいきがしますが、それは何とも。前代未聞のことが起りすぎているので、はっきりとしたことは言えませんが」
と、ごにょごにょとブライトは言うと私をちらりと見た。
私の容姿は特別なのだろう。でもまあ、ブライトが言うのなら信じようと思う。
魔力が聖女のそれなら、きっと私は聖女だろう。もう自信を持って世界を救うしかない。
「まあ、あまりに気しない方がいいです。かといって、気にしなさすぎもあれですけど、今は『帝国内では』聖女として知られているトワイライト様が敵に回ったことで、彼女が偽物呼ばわりされていますし、エトワール様が本物の聖女だったんだと縋ろうとしている人もいるわけですから」
「……ああ、そうなんだ」
やっぱりそうか。と少し想像していた展開に、私は薄い反応をした。
散々私を偽物と言った人達もトワイライトが敵側にまわってしまったら彼女を偽物呼ばわりして、私を本物だっていって縋るんだと。本当に自分勝手だと思った。
その人達の言葉には耳を傾けない。散々私に言ってきたのだから。
「…………でも、ブライトは私のこと聖女だって言ってくれたし、私は今それだけで十分だよ。大丈夫」
「エトワール様」
「さっ、魔法の特訓!強くならなきゃいけない理由も出来たし、何より時間が勿体ないし」
「そうですね、考えていても仕方がないので。それに、エトワール様が覚醒すれば、戦況も変わると思います。そういえば、エトワール様、グランツさんがエトワール様の事を探していたのですが」
「グランツが?」
「はい、何でも話したいことがあるのだとか」
そう。と私は短く返して、私もそういえば彼に話したいことがあったのだと、一旦特訓は後にして彼の所に向かうことにした。
聞きたいことと言うのは勿論、トワイライトについてだ。