テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「……分かりました。ルーイさん、貴方との取引に応じます。グレッグについて、我々が知っている情報を全てお話し致しましょう」
「うん、英断だ。君は賢い選択をしたよ」
「その代わり、約束して下さい。エルドレッド様に手出しはしないと……」
「それを決めるのはシエルレクトだよ。俺はそうならないよう手助けをするだけ」
ノアは先生の要求に応じた。それなのに先生はエルドレッドの身の安全を保証してやらない。決定を下すのはあくまでシエルレクトであり、自分は口添えをすることしか出来ないという姿勢を貫いた。
それでも先生はシエルレクトよりも身分が高い。彼のこの『口添え』でエルドレッドの行く末が決まると言っても過言ではなかった。ここまでのやり取りでノアたちもそれを感じ取っている。突き放すような言い方をされたとしても、先生に縋るしか方法がないのだ。
「エルドレッド君がグレッグと無関係であると証明されればいいんだよ。シエルだって自分の契約者を不確かなことで処分するのは避けたいはずだからね」
「……処分」
先生の放った『処分』という言葉に、ノアとカレンは2人揃って身を震わせた。エルドレッドが人質状態になっているので大丈夫だとは思うが、ノアたちが故意に間違った情報を伝えて捜査を撹乱するという可能性もまだ残っている。それを防ぐためなのだろうか……先生は我々の捜査に真摯に協力することが、エルドレッドの身を守るために最善であると強調している。
「どうして……」
「うん?」
「どうして、ルーイさんがそこまでなさるのか分かりません。神に近い立ち位置にいるという貴方が……あの程度の事件にここまで干渉なさっている理由は何なのでしょう」
ノアたちからしてみれば当然の疑問か……先生はあからさまに我々に肩入れをしている。神の力を当てにするなと言っておきながら、ご自身が一番ちぐはぐな行動をしているのだ。先生の置かれた状況を顧みれば、俺たちに情が湧いてしまうのは自然な流れかもしれないけど……
「理由か……。そうだね、君たちから見たら不思議に感じるかもしれないね。神は基本ヒトとは馴れ合わないから」
ニュアージュの民である2人の目には、殊更に異様に映るだろう。なんせ、彼の地を支配しているのはシエルレクトだ。シエルレクトと人間の関係は、双方に利益があって成り立つビジネスライク。しかもシエルレクトは与える力の対価と称して人を食う。
他国のことなので強く言及するつもりはないけど、神との関係性においては我が国とずいぶん違うと驚いたものだ。
「クレハ・ジェムラート……俺が島で起きた事件を解明したい理由はこの子だ」
「……公爵家の次女ですね。そこにいる王太子の婚約者でもある」
「そう。ノア君たちも知っているでしょ。クレハはグレッグが起こした事件に巻き込まれた者たちの1人だ。幸い怪我は無かったけど、一歩間違えば取り返しのつかないことになっていた。犯人が死んだからといって終わりにするわけにはいかない」
グレッグは死んだ。でも、奴がどうして島にサークスを放ったのか。誰を狙っていたのか。先生の仰る通り……それを解明しない限り、真に事件が解決したとは言えない。
「ルーイさんはそのクレハ嬢と特別な関係なのですか?」
「……特別ではあるね。俺はあの子に大きな借りがある。今俺がこうしてこの場にいられるのはクレハのおかげ……。だから俺は、あの子を傷つける者が許せない。島で起きた事件がクレハを標的にしたものだという可能性があるなら……それを見過ごすことは出来ないんだよ」
「つまり、コスタビューテの王太子と貴方の目的が一致しているというわけですか」
「そういうこと。俺とクレハの話をすると長くなるから、それはまた機会があればね」
普段はあまり聞くことができない、先生のクレハ様への想い。感情を真っ直ぐに表現するのが常である先生も、クレハ様に関することには照れが生じるのか、ぶっきらぼうな振る舞いをすることもしばしばだ。
それでも、先生がクレハ様をとても大切に思っているのは明確であり、それはクレハ様とて同じ。おふたりの間には我々にも踏み込むことができない強い絆がある。
レオン様の影に隠れて分かりにくかっただけで、俺たちが思っていた以上に先生は怒っていたのかもしれない。クレハ様が危険に晒されたことを……。なんせ、ニュアージュの2人の前でクレハ様がいかに特別な存在であるか、明言するほどなのだから。
「よし! 大まかにだけど話は纏まったね。それじゃ、早速で悪いけどノア君たちが知っているグレッグの話をしてくれるかな」
先生は取引の終了を宣言した。それと同時に彼が放っていた威圧感が消えた。いつもの先生だ。緊張が和らいだことで、レオン様も俺もうっかり息を漏らしてしまう。まだ気を抜くには早いが、先生のおかげでなんとかノアの協力を得ることが出来そうで良かった。
「……連れの口も自由にして貰えますか。ふたりの方がより詳しく説明が出来るだろうし……」
「そうだねぇ……」
先生は悩んでいるけど、カレンの拘束を外すのはまだ早い。彼女の目を見れば分かる。興奮により充血しており、瞳孔は開いたままだ。強い憤りが伝わってくる。拘束が外れた瞬間に襲いかかってきそうだ。
ノアと違ってまともに会話ができるとは思えない。取引中に口を出すなと言われていたけど、これは止めなければならないだろう。
「悪いけど、ダメかな。俺カレンちゃんが原因で尻に怪我したこと、まだ根に持ってるからね」
俺たちの心配を他所に、先生はノアの要望をあっさりと却下したのだった。